2.
「……浅緋高の……プリンス……?」
疑心しかない目の色で、彼女は俺の頭から靴までじろじろと見つめた。
怪しさ満点なのは自分が一番わかっている。しかし、今更否定するわけにはいかない。そんなことをしたら、余計怪しまれるに決まっている。
そう思った俺は、嘘を貫き通すことに決めた。今だけ、ここだけ乗り切ればいいのだ。幸いなことに、俺の声は男にしては高い方だった。
「し……、知らないかな!? 結構有名だと思ってたんだけど!」
「……浅緋高校って女子高ですよね……。とてもそうは、見えないですけど……」
「あ、ああ、そうだね。よく言われるよ! 自分で言うのもなんだけど、男にしか見えないと評判でね。だからこそ、プリンスなんて呼ばれてるわけなんだけど……」
言いながら髪をかきあげ、Tシャツから覗く肉付きの悪い腕をさりげなく見せつける。筋トレの成果が全く出ない生っ白い腕に、この時ばかりは感謝した。
「……プリンス……」
それでも怪訝そうな声音に、俺は口元をひきつらせた。
浅緋女子を知らない人は皆、そういう反応をする。プリンスなんてばかばかしい、一体いつの時代の話だと。
俺だって最初はそう思った。だが、浅緋高のプリンスは実在するのだ。何を隠そう、俺の姉貴がそうなのだから。
俺は分厚い眼鏡をはずしてポケットにしまいながら、昴の奇行と口調を必死に思い出す。
苦手で避けているせいか、記憶の中の昴にはボヤッと靄がかかっている。細かいところは覚えていないが、イメージだけは思い出せた。
傲岸不遜。姉貴を一言で表すとすればそれだ。つまり、偉そうにしていれば、昴に見えるに違いない。俺は胸を張り、顎を上げて彼女を見下ろした。
「うん、君の疑念は正しい。初対面で信じろなんて言う方が無理だろうね。だから、僕が誰かなんて気にしなくてもいいよ。ただひとつ、君にわかってもらいたいのは、僕にやましい気持ちが微塵もなかったことだけさ」
俺は言葉を切り、適当に側溝を指さした。
「僕が君を呼び止めたのは、そこの――側溝の穴に君が気づいていなかったからさ。落ちて怪我でもしたらと思うと心配で、つい引き留めてしまっただけなんだ。でも、余計なお世話だったら悪かったね」
「…………」
「ついでに、もう一つだけ忠告させてくれ。歩きスマホは危ないよ? 足元も目の前も見えないだろうし、もしかしたら本当に変質者に尾けられていたかもしれない。そこの看板にも書いてあるだろう。周囲にも、ちゃんと注意をした方がいい」
「…………」
言いたいことは全部言ったが、彼女の反応はない。
さすがに俺がプリンスだなんて苦しすぎたのだろう。ペラペラと口走ったセリフが恥ずかしすぎる。脂汗も流れてきたし、これは早々に退散した方が良さそうだ。
「じゃ、じゃあ、僕はこれで。駅はもうすぐそこだから。気をつけて帰るんだよ」
そう言って、俺はくるりと背を向けた。
男装をしている女子のふりをした変態男とばれる前に、さっさと逃げなければ。
しかし、足早に歩き出した時、後ろでぽそりと彼女がつぶやくのが聞こえた。
「……あ、ほんとだ、側溝が……!」
(……え?)
「――待ってください、プリンスさん!」
思わず足を止めると、彼女が小走りで駆け寄って来た。




