10.
「……えっと。こんにちは……」
「こ、こんにちは……」
「…………」
「…………」
ぎこちない挨拶を交わし、ぎくしゃくしながら歩き出す。
千和さんの顔が見られない。頭の中が、昴の言葉でいっぱいだった。
――誠心誠意謝ってこい。お前は、彼女のためにしたんだろ。
それは間違いない。最初は確かにそうだった。
だが――……。
あの時、千和さんに落ち着いてほしくて、俺はプリンスだと嘘をついた。しかし、それ以降も、ずっと嘘をつき続けたのだ。
打ち明ける機会は何度もあった。本当のことを話しても、彼女はもう俺を警察に着き出そうとはしないだろう。そう思えるくらいの時間は過ごしたはずだった。
だが、そうしなかったのは……、千和さんのためではない。
償いだ何だと言ったが、結局、嫌われるのが怖かったのだ。
この関係を、壊したくないから。
たとえニセモノでも、彼女と話ができるのが嬉しいから。
嫌われるより、罪悪感に耐えていた方が楽だから。
だから、ずるずるとここまできたのだ。
その怖さを克服するだけの勇気が、俺にはない。
(……やっぱり、もうしばらく、このままで……)
何度となく繰り返した結論に傾いた、その時だった。
「――え……?」
ふいに、千和さんの驚いたような声が聞こえた。
考えに没頭していてうつむいていた俺は、顔を上げて彼女の方を見たが遅かった。
「危ない……っ」
俺を押しのけるようにして道路側へ飛び出した千和さんの姿を呆然と追う。
そこでようやく気が付いた。薄闇に紛れて接近していた人影が、一気に俺へ向かって来ていたことに。
わざとぶつかりにきたとしか思えない行動だった。
だが、千和さんがみせた行動の方が、俺には衝撃だった。彼女はあろうことか、俺をかばおうと影と俺の間に割り込んだのだ。
(――千和さんっ!?)
息が止まった。体が硬直し、目を見張ったまま突っ立っていることしかできない。
――しかし、間一髪、黒づくめのその人物はとっさに方向転換をした。
俺の脇をかすめるようにして走り抜けながら、「あぶねえな! 超絶のろま!」と押し殺したような声でマスクの裏から叫んでいった。
「――……」
どこか聞き覚えのある声を、俺はぼうっとして見送った。
何が起こったんだ。
今の一瞬で、何が。
「……はあ……っ」
背後で千和さんが小さく息をついた。俺はようやく我に返って、振り返る。
「千和さん! 大丈夫!?」
千和さんはしゃがみ込んでいたが、胸に手を当てて立ち上がった。
「あ、はい、私は……、ちょっと、びっくりしただけです。山上さんこそ、大丈夫ですか?」
「――っ、俺は、大丈夫だけど! なんで、そんな庇うようなこと……!」
逆ならわかる。俺が千和さんを庇うのなら。……だが。
千和さんは、ほっとしたように顔をほころばせた。
「だって、山上さんも女の子じゃないですか。だめですよ、山上さん。道を歩いているときは、周りに気を付けてくださいね」
からかうようにそう言われ、俺は愕然とした。
俺は一体、何をしているのだろう。
彼女を守りたいのではなかったか。そのために、送り迎えをしているのではなかったのか。
考え事に気を取られ、しかも、眼鏡がないから周囲も良く見えない。
危険に気づかず、その上、女子だからと守りたい人に守られて……。
「――え、山上さん……っ?」
自覚する間もなく、ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。
千和さんが、ぎょっとしている。泣き止まなければと思うのに、止まらない。
「ど、どうしたんですか、山上さん……? どこか、怪我を……?」
「……違うんだ、千和さん……」
こんなの、本末転倒だ。
やっぱり、俺が間違えていた。
俺は、震える声で、言葉を紡いだ。
「ごめん。全部……嘘だったんだ……!」




