1.
俺は決してストーカーではない。
断じて、ストーカーなんかじゃない。
俺はそう心の中で繰り返しながら、電柱に隠れつつ彼女の姿を追っている。
ふわふわボブの彼女の名前を、俺は知らない。だが、ここから二駅先にある山吹高校の生徒だということくらいは、制服を見ればわかる。
なぜ、面識のない女子の後をつけているのか。それは、この辺りが物騒なことに由来する。
俺の住む閑静な住宅街に、最近、痴漢が出たのである。街灯が少なく人通りもないせいか、昔から時々思い出したように出るのだが、そんな場所を、彼女は一人で歩くのだ。
塾に向かうときはまだしも、帰りは暗い。変態が陰に潜んでいても、近くに行くまで気づけない。
と、いうわけで、俺は仕方なく、彼女を遠くから見守ることにしたのである。
――そう。ただ見守って、無事に駅の構内に入るのを確認するだけだ。彼女の前に現れるつもりもないし、そもそも、認識されるつもりもない。彼女とどうこうなろうなどとは、考えたこともないのである。
(――あ、そういえば……!)
ふと、あることを思い出して俺は息をのんだ。
俺も彼女と同じ駅を使って学校へ行く。だから、この道はまさに通学路だ。彼女が今差し掛かろうとしている、長い間無人のままの石垣のあるお屋敷。その敷地に沿って続く排水溝の蓋が、今朝見たら壊れていたのである。
穴の大きさはそれほどでもない。だが、もし偶然、足を踏み入れてしまったら?
塾へ向かうときはまだ明るかったから、彼女は気づいたかもしれない。だが、気づいていなかったら大変だ。こう暗くては足元なんかよく見えないし、しかも彼女は、歩きスマホの真っ最中だ。大体、もし気づいていたとしても、塾が終わるまで覚えているかは不明である。
俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女はふらふらと穴の方へ寄って行った。目は、スマホの画面にくぎ付けになっている。
(まずい……!)
俺は慌てて背後まで近づいた。
どの位置なのかはっきり覚えていなかったことが悔やまれる。だがおそらく、そろそろのはずだ。
側溝に落ちたら、きっと怪我をしてしまうだろう。落ちるところまではいかなくても、足を取られたら転んでしまうかもしれない。
想像したら、心臓がきゅっと縮んだ。
(ど、どうしよう、どうしよう……!)
俺は、焦り――、とうとう、足を踏み出した。
「――待っ……、待って!」
「……え?」
「危ないから……!」
――そうしてつい、彼女の腕をつかんでしまったのだ……。
「ちっ……、痴漢!?」
案の定、彼女は驚き、悲鳴を上げた。
「いやあっ、離して……っ!」
「え? いや、待って! あの、俺は、痴漢じゃ――」
「誰か助けてっ! 警察……っ、警察を呼んでくださいっ!」
「――け、警察はやめてええ!」
パニックに陥った彼女は、俺の話を聞いてはくれなかった。手を無茶苦茶に振り回して、叫ぶ。あまりの振り回しぶりに、細い腕がとれてしまうんじゃないかと心配になったほどだ。
だったら俺が手を離せばよいのだが、そうしたら彼女は一目散に駅に逃げ込むだろう。
駅員に縋りついて俺を指さす彼女と、警察に連行される俺の姿が脳裏に浮かんだ。
(ひいいっ!)
それだけは、何としても避けなければ……!
彼女に負けず劣らずパニックを起こした俺の頭は、暴投とも言える答えをはじき出した。
「――じ、実は俺、……じゃなくて僕は、お、女なんだ!」
「――へっ……?」
「浅緋高のプリンスとは、この僕のことさ!」
史上最悪の思い付きだと、上ずった声で名乗りながら思った。




