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第八話 わたくしがフェルディナン殿下に相応しくないと仰いますのね


 エミリエンヌとフェルディナンの婚約に堂々と反対してきた税務大臣に、国王がすっと目を細めた。口元は笑っていたが目が笑っていない。よくある表現だが、実際に見るのとは雲泥の差である。一秒で、場の空気が凍える様に下がっていった。


「なるほど。オレの采配に不満があると」

「いえ! 陛下の采配に不満があるわではございません。ただ、より良い関係性があると申しているのです」

「それが不満じゃねえのかよ」


 はあっと大げさに溜息を吐いて、国王が玉座の背もたれに寄りかかる。腕と足を組み、完全に水を差されたと不貞腐ふてくされていた。


「で? 何が不満なんだよ」

「王太子殿下は、次期国王としてすでに決定事項となっております。クラルティ公爵家は代々国に仕えている由緒正しき、かつ誠実な忠臣。加えて、かの一家は全員才にあふれた有能な者達と評判でございます」

「そうだな。オレも助かってるぜ、ありがとよ、ミシェル団長」

「もったいないお言葉です、陛下」

「で? それが何だってんだ」

「ならば、次期国王である王太子殿下を陰日向に万全に支えることが出来るエミリエンヌ嬢は、王太子殿下と婚姻を結ぶことこそ国の利となるかと。……失礼な物言いになってはしまいますが、フェルディナン殿下と縁を結ぶのは別のご令嬢でも務まるかと」

「ほんっとうに失礼だね、てめえはよ」


 ぶわっと、国王から真っ黒な怒気が立ち上る。一瞬にして玉座の間の床を駆け抜けるその怒気に、この場にいた全員に震えが走った。平然としているのは父くらいで、エミリエンヌも少しだけ飲まれそうになった。

 すぐに怒気は仕舞い込まれたが、国王は家族を愛している。先程もそう宣言したばかりだ。その逆鱗に触れる様な発言をする税務大臣は、無能――とまではいかなくても、頭が足りない。

 ただ、恐らく。



 ――フェルディナン殿下に対する評価って、きっと大多数がそうなんですのよね。



 口にしないまでも、税務大臣に同意する様な目をしている重鎮が一定数いる。

 フェルディナンも気付いているだろう。

 だが、特に傷付いた様な顔をしていない。


 それは、きっと誰よりも彼自身が、そう思っているからだ。


 目立たず騒がずひっそりと。

 それが、第二王子フェルディナンの生き方だった。

 エミリエンヌは公爵家ではあるが、それでも第二王子の情報が入ってくることは少なかった。王太子の話は腐るほど流れてくるのに。

 理由は、フェルディナンが特に普段から何も動こうとしていないからだ。むしろ気配さえ断つ様に、日頃から常に息をひそめている。

 昨日のお茶会でもそう。

 誰もが王太子の下へと駆けて行くのに、誰もフェルディナンの姿など気にも留めていなかった。

 エミリエンヌも、父に助言をもらって人気が無い場所へ移動しようとしなければ、気付いたのはもっと後だったかもしれない。

 彼の生き方は、彼自身が願っているものだ。

 しかし。


 ――そうは問屋が卸しませんわよ。


 愛する人が馬鹿にされているこの状況。誰が看過かんかでき様か。

 故に。



「……ああ……っ、大臣……っ!!!」



 秘儀、泣き落としである。



 よろっと、エミリエンヌは上手にふらつき、ああ、っと額に右手をえて綺麗に床に倒れ込もうとした。

 だが、それをすかさずフェルディナンが受け止める。「おい!」と焦った様な顔に、エミリエンヌはどきゅんっと心臓を串刺しにされた。ときめきで。


「あ、あああああああああ、ふぇ、ふぇ、フェルディナン殿下の、お手が……! わ、わ、私の、せ、せ、せせせせせせせせなかああああああああああああああにいいいいいいいいいっ!」

「お、おい⁉ 元気だな! 大丈夫そ……いや、大丈夫なの、……か?」

「だ、大丈夫ですわあああああああ……っ。ちょ、ちょっと血管が切れて胸が苦しくて息切れがしているだけで」

「それって大丈夫って言わないよな⁉」

「大丈夫、です、わあああああああああっ! だってこの原因は、全て、殿下に触れられて起きたものですから……っ!」

「俺、手を離して良いか?」


 言いながら手を離さないのは、本気で手を離したらエミリエンヌが頭から床に落ちるからだろう。

 彼は何だかんだ優しい。この優しさに、またエミリエンヌは二回ほど吐血した。脳内だけで。


「う、ううううう、ふぇ、ふぇ、フェルディナン殿下との愛の語らいは、楽しみに取っておくとして」

「俺からは愛は語らわないぞ」

「そ、それよ、り、税務大臣……っ。貴方は、わたくしが、……フェルディナン殿下の婚約者には到底相応しくないとっ。そう、仰るのですね……っ!」

「え……」


 うう、っとどこからともなくハンカチを取り出し、ぼろぼろと涙を零して顔を伏せれば、ざわっと周囲が波立った。

 税務大臣も、遅れてエミリエンヌの言葉の意味に気付き、ひゅっと息を鋭く吸い込む。


「え、エミリエンヌ嬢っ。違います、私は」

「わたくしがこんなにもフェルディナン殿下を愛していますのに……っ。わたくしの力が足りないばかりに、フェルディナン殿下の足元にも及ばないっ。むしろ役立たずっ。フェルディナン殿下にはわたくしなんかよりも、もっと相応しい人がいるっ。綺麗で可愛くて頭が良くて性格も良くて穏やかで何があっても微笑みを崩さずいくら騙されても相手を思いやり、『神は全てを許します』とか両手を重ねて慈愛を等しく森羅万象に捧げる聖人の如き清らかさを兼ね備えた女性の方が万倍も何億倍も相応しいと。そう、仰るのですね……っ!」

「は、はいっ⁉ ち、ちちちちちちちちちが、ちがががががががが」

「……それ、もはや人じゃないよな。女神だよな」


 ぼそっとフェルディナンが遠い目をしてツッコミを入れてきたが、エミリエンヌは聞き流す。実際、エミリエンヌもどこにいるそんな人間、と冷めた目になってしまいそうだ。

 しかし、税務大臣はうろたえる。それはそうだろう。

 今まで、税務大臣は、『フェルディナンがエミリエンヌに相応しくない』という流れに持っていこうとしていた。

 だが。



 エミリエンヌ『が』、フェルディナンに相応しくない。



 そういう風に話を逆転させた。

 その意味合いは、エミリエンヌをおとしめている。

 是非などどうでも良いのだ。ただ、『エミリエンヌが』そう捉えたのならば、それがここでの真実になるのである。


「フェルディナン殿下は王族。対するわたくしは、ただの公爵家の娘」

「ただの」

「つまり、殿下とわたくしとでは、月とすっぽ……いいえ。全ての者が崇め奉る神となめくじくらいの違いがありますの」

「なめくじ」

「税務大臣はそれを見抜いてしまわれた。ですから、わたくし達の婚約に反対ですのね」

「ち、違いますぞ! エミリエンヌ嬢は、女神の様に美しくて才気(あふ)れるご息女とお聞きしております! 私は、ただ」

「まあ! わたくしが女神だなんて。このままでは、本物の女神様に『ばち当たりが』と、女神様をかたった罪を問われて修道院に行くしか無くなってしまいますわ……っ!」

「しゅ、修道院⁉」

「そうですわ。わたくし、この婚約が実現しない場合は、すぐさま修道院に行くと神様にも女神様にも教会で宣言しておりますの。このままでは、わたくし、修道院に行く未来しか残されていないことになってしまいますわ……っ」

「う、ぐううううう……っ」

「……」


 こいつ、俺達にしてきた脅しと同じ脅しをしてやがる。


 そんなツッコミがまたも頭上の麗しきフェルディナンから降ってきた気がしたが、エミリエンヌは聞き流した。こういうのは言ったもの勝ちである。

 それに、今でもエミリエンヌを抱きかかえて支えてくれているフェルディナンの優しさのためならば、鬼にも悪魔にも魔王にもなろう。



 フェルディナンは、エミリエンヌの人生を賭けるだけの価値がある。



 こんな失礼で無礼でストーカー気質で強引で人の話を聞かずにどんどん話を進めていく相手にも、フェルディナンは気遣いを忘れない。それは、天性の資質だ。

 優し過ぎるのかもしれない。

 だが、その優しさこそが人を救う力を持つ。それを、エミリエンヌは知っている。――前世で、友人がどんな時でも友人でいてくれた様に。


「税務大臣……。もし、お許しがいただけないのであれば、わたくしは今この時をもって公爵家を出、修道院に行こうと思っております」

「い、いや! それは……!」

「ですので、陛下。わたくしの我がままをお許し下さい。……お父様。十の年まで育ててくれたこのご恩、決して忘れはしませんわ」

「エミリー。……いいのだよ。お前が修道院へ行くというのであれば、私達公爵家も全員で修道院へ行くからね。私は牧師に、母はシスターに、そして兄も巡回牧師として各地を回ることとなるだろう」

「ああ、お父様……っ!」


 ひしっと抱き合うエミリエンヌと父に、周りはもはや苦笑いである。フェルディナンもすでに遠い目になっていて、もはや同情の欠片かけらも見当たらない。

 だが、茶番は茶番であっても、本気ではある。



 ここで二人の婚約を認めないのならば、公爵家は今後一切この国を見限る。



 その重大な決断を、たかだか一介の税務大臣が下せるはずもない。国王がそんな部下を放置するわけがないからだ。

 そうして、税務大臣以下数名はぐっと拳を握り締めて歯ぎしりをした後。


「……申し訳ございませんでした。異論、ございませぬ。……フェルディナン殿下。エミリエンヌ嬢とのご婚約、誠におめでとうございます」


 引き下がるしかなかったのである。



「これが秘儀、泣き落とし! ですわ!」

「泣き落としか? これが? 泣き落としか?」

「そうですわ。ちゃんと泣いていたではありませんの」

(……俺に変態の目を向けていたことしか思い出せねえ……)


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