第七話 この胸の高鳴りに嘘を吐くことなど出来ませんわ
「と、いうわけで。昨日からオレのところの息子、フェルディナン・ドール・シャノワーヌは、ここに登城してくれたクラルティ公爵家の長女エミリエンヌ・クラルティと正式に婚約を結んだ。みんな、それなりに知っておく様に」
国王としては「それどうなんだ」と思うほどの粗雑な言葉で、二人の婚約が適当に重鎮達に紹介された。
それで良いのか、とエミリエンヌは思うが、父が「相変わらずだねえ」とのんびり微笑んでいたので良いのだろう。
だが、それに我慢ならなかったのか、フェルディナンが一応挙手をして問いを投げかける。やはり、彼は初対面の印象からツッコミをせずにはいられない性格の様だ。苦労人決定だ。ますますエミリエンヌのツボである。
「父……陛下。教会で宣誓をあげるはずでは?」
「あ? そんなの昨夜のうちに、大司教に許可取って宣誓書作成したに決まってんじゃねえか。言ったろ? 昨日、『今日から婚約した』って」
「は、はあっ⁉ あれ、そういう意味だったのかよ⁉ ああ、いや、……だったんですね」
「あっはっは。感情が昂ぶると敬語がすっぽ抜ける癖、オレに似たよなあ、ほんと」
「なら、今の陛下は万年感情発露ただ漏れ迷惑人間ということですよね」
「まあなあ。感情を抑える? そんなもの、この世の何の役に立つよ。オレから家族への愛を奪ったら、オレはオレでなくなるからな」
そういう問題だろうか。
国王としてそれはどうなんだと、またしてもエミリエンヌは思ったが、父が「まああいつ、昔から愛を抑えることは無理だったからねえ」とのんびり回想にふけっていたので、良いのだろう。この国の行く末が心配だ。
エミリエンヌの隣で膝をついて一応の敬意を示しているフェルディナンは、頑なにエミリエンヌを見ようとはしない。
恐らく不服なのだろう。それは、そうだ。半ば脅しに近い言葉を父は国王に届けさせたと言っていたから。
しかし、エミリエンヌはそれでも、どうしてもこの婚約を成立させたかった。
王太子よりも遥かにフェルディナンに魅力を感じた。外見、声、言葉選び、服、何もかもが好み。これ以上の好みの塊が世の中に二人といるとは思えない。
おまけに、昨夜補足で父がほのめかした、フェルディナンが抱える薄暗い過去。詳細は何も語ってくれなかったが、明らかに「何かあった」とわざわざ匂わせてきたのだ。これはもう、エミリエンヌの大好き人物像である。
故に、エミリエンヌは逃がすまいとしっかりと外堀は埋めることにした。具体的には、父と権力を頼ることにした。成功して何よりである。
その感謝を示すため、エミリエンヌは優雅にカーテシーを披露した。そこかしこから、ほうっと感嘆する様な溜息が漏れる。
「国王陛下。このたびは、わたくしの我がままをお聞き入れ下さり、まことにありがとうございました」
「おう、エミリー嬢。相変わらずすました顔は天下一品だな。さすがはミシェルとアリーの娘。将来は世の男性全てを惑わせる魔性の美人に成長しそうだなあ」
「もったいないお言葉ですわ、陛下。ですが、わたくしの心は死ぬその時までフェルディナン殿下のもの。例え世の男性が全てわたくしの美貌に惑い狂おうとも、わたくしの身も心も全て殿下に捧げました。故に、その他大勢は、わたくしと殿下の駒として教育して差し上げましょう」
「……何か恐いこと言い出したぞ、この女」
ぼそっと隣から冷や汗たっぷりの声が聞こえてきたが、エミリエンヌは無視である。
これは、陛下からの「何があろうとフェルを愛し通せるか?」という声無き問いかけなのだ。ならば、誠心誠意をもって全力の答えを打ち返すのが礼儀というもの。
フェルディナンを馬鹿にしてくる輩がいたら、全て返り討ちにしてみせよう。
エミリエンヌのこの言葉には、裏にその様な意味合いも含まれている。
国王は正しく読み取ったのだろう。にっと目を細め、顎をひと撫でしてから満足げに頷いた。
「良い。ならば、オレから言うことはもう何も無い。後は若い二人で存分に愛を語り合え」
「へ、陛下っ⁉」
「まあ、嬉しいお誘いですこと。わたくしにかかれば、フェルディナン殿下に愛を囁くのは一晩を尽くしても足りないというのに。……初日から夜を共にしても良いだなんて。陛下は寛大過ぎますわ」
「はっはっは! ならば、一日でも二日でも一カ月でも一年でもやってくれ! さあ、お前ら、散れ散れ! 二人の輝かしき未来の第一歩を、大人が踏みにじるようなことはしてはならないからな!」
集めたのはあんただ。
そんな声無き声が重鎮達から漏れ出ていた気がするが、エミリエンヌにはどうでも良かった。
朝から大臣やそれぞれの職場の長を全員一堂に集め、国王が誰に相談することもなくいきなり勝手に二人の婚約を発表し、極めつけに邪魔だから解散しろと命令する。
どれだけ暴君なのかと不満が募りそうなものだが、そこは国王。「またいつものか」と大半は呆れ気味に肩を竦めるだけだ。普段はそれなりに辣腕を振るっているので、ある程度は自由にさせるのが一番と心得ているらしい。
実は以前、あまりに「国王らしく!」「もっと言葉に重みを持たせて!」といらぬ心配をした一部の重鎮達から口うるさく言われた結果、国王は行方を綺麗にくらませ、ストレス発散のために本気で一カ月も消えたことがあった。
普通の国なら、「この間に王を蹴落として王子を傀儡にし、自分が権力を握る」と企てそうなものだが、この国はどこまでも普通ではなかった。
まず、国王が消えたことで他国との協議が面倒になった。
国王は一見すると国王らしくないが、その振る舞いによって相手を惑わせ、切り崩し、一気に攻め込んで懐に入ったかと思えば、一歩引いて相手の立場を慮った様に持ち上げる。
敵意も抱かれるが、それを上回るほどに手腕も認められている。
国王がいないのならばこの取り決めは保留で、と多数の国から言われる様になってしまったのである。
これがシャノワーヌ以外の国が相手だったら、相手も「今のうちにこっちに有利になる様に暗躍しよう」と考えるのだろうが、彼らは知っている。今の国王ヴィクトルが、若い頃に如何に冒険者として勇名を轟かせていたかを。
冒険者時代の彼によって、救われた国が多過ぎるのだ。
国王になる前に培った人脈が、彼を国王として押し上げている。
おかげで他国と性急に取り決めなければならなかった契約が滞る様になり、更には民からの陳情を捌くスピードも大幅に下がった。宰相や文官達だけでは残業しても到底国王がいた頃のペースには戻せず、一時期はエミリエンヌの父が騎士団長であるにも関わらず文官の手伝いに駆り出されることになったのだ。
そうして一カ月、国王から逃亡という名のお仕置きを下され、反抗的だった重鎮は押し黙る様になった。
どうせ王太子の時代になればどうにでもなると考えていそうだが、エミリエンヌは甘い考えだとも思う。
王太子は確か、友人曰く「顔! 好み! 最高! 優しい! 穏やか! イケメン!」というミーハーな単語ばかりを叫んでいたが、時々「この腹黒なところもまたギャップがあって良いのよねー」と言っていたことがある。
つまり、王太子はしっかりと、父である国王から教育と覇王の資質を受け継いでいるのだ。
故に、とりあえず次世代まではこの国も安泰だろう。エミリエンヌは一応そう踏んでいる。
だが、そんなことはエミリエンヌにはどうでも良かった。
「フェルディナン殿下っ。また、お会い出来てこのエミリエンヌ、最高の胸の高鳴りを覚えております……っ、はああああああああああああ……っ」
フェルディナンを改めて視界に入れて、エミリエンヌは荒ぶる鼓動の高鳴りに、無事に胸を抑えて悶絶した。
蹲って悶えて意味不明な唸り声を上げるエミリエンヌを前に、フェルディナンはドン引きしていた。
流石はフェルディナン。いつでもそんな風に率直な反応を返してくれる彼が、最高に好きだ。
「フェルディナン殿下のその『こいつちょっとやばいよ。俺、本当にこいつと婚約するの?』っていう怯えた紫紺の瞳! 最っ高! ですわあああああ……っ!」
「ま、待て。何で俺の心を読んだ⁉」
「ああ、フェルディナン殿下。そんな、やばいよこいつ、と認定している私とそれでもお話をしようとしてくれるその優しさに! 私は一目で惚れ込んでしまったのです……!」
「い、いやっ。あの時俺達、ほとんど話してなかったよな」
「何を仰います! 顔と声と服を褒め称え、それに照れくさそうに『そうか? ありがとう』と頬を染めてお返事をして下さったではないですか! 私、昨日の出来事は一言一句違わずに覚えておりますわ!」
「ほ、ほほは、そめてない。だんじてそめてない」
「まあ、殿下。そんなシャイなところも素敵です……っ」
「やばい。本気で話が通じない。どうしよう」
きゃっ、と両手を両頬に添えて恥じらうエミリエンヌに、フェルディナンはどこまでもドン引きした目と表情で見つめてくる。目を逸らさずに見つめてくるあたり、彼の律儀な性格が出ていた。普通、本気で避けたい相手ならば、まともに取り合おうとはしないだろう。
父はそんなエミリエンヌ達を見て「若いねえ」とほのぼのと微笑み、国王は「はっはー。あのフェルがやり込められてるなんてなあ。いいぞ。もっとやれ」と応援を送ってくる。みんながエミリエンヌの味方だった。
そう。
「お待ちください、陛下」
ぎりり、と歯ぎしりを鳴らしながら進み出てきた、税務大臣その他数名以外は。
「クラルティ公爵家のご息女ならば、王太子と婚約をするのが通例のはず。将来のことを考えるのならば、私はこの婚約に反対です」
「命知らずですわね」
「まあ、いつでもどこでも馬鹿な者はいるからねえ」
「……この親子、どうしよう。俺、本当に家族にならざるを得ないのか……」
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