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第六話 恐ろしい女に捕まってしまった(王子視点)


「というわけで、フェル。お前、今日からエミリエンヌ・クラルティ公爵令嬢の婚約者な」

「何がどういうわけで、『というわけで』から始まる説明があるのですか、父上」


 急に玉座の間に呼び出されたフェルディナンは、昔からのお供兼幼馴染であるアルベールとオーバンを連れて向かうと、開口一番国王陛下である父にそう言われた。

 現シャノワーヌ王国の国王である父ヴィクトルは、豪快で粗野でけれど決断力と判断力と武力に優れた、歴史的にもかなり上位の人気を維持する人物である。

 国王らしからぬ口調で初対面の者には大抵驚かれるが、その後は気さくでフレンドリーな性格に相手の緊張もすっかり解けている。王になる前は城下で冒険者もやっていたというのだから驚きだ。ちなみに正妃も騎士団長もパーティを組んで冒険をしていたという。現代の王と王妃は型破りである。

 そんな父を尊敬しているし、正妃であるセレストにも敬意を抱いているが、フェルディナンは今日まで極力一線を画した態度で接してきた。

 目立たず、騒がず、日向ひなたに出ず。

 それが、フェルディナンのモットーだった。

 それなのに。


「何故、俺が、よりによってあのクラルティ公爵家のご令嬢と婚約なのです? 普通、兄上でしょう。公爵家ですよ? 普通、王太子を選んで支えますよね?」

「それがなあ。エミリー嬢は、どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおしてっ! もっ! お前がいいんだとよ」

「はあ? そのご令嬢、頭は大丈夫ですか?」

「それがなあ。昼間のお茶会でお前としゃべって運命のときめきを覚えたんだとよ」

「はあ? ……。……、え。あ、あれで?」


 昼間、いきなり突進してきたかと思えば、意味不明な言葉を大声で叫びながら崩れ落ち、顔だの声だのドン引きだのと文章になっていない言葉を延々と吐き出しまくっていた少女だ。

 確か、エミリエンヌ・クラルティ。十歳になったばかりの少女。

 貴族であるのだから、この年齢で婚約を結んでもおかしくはないだろう。しかも、フェルディナンとは同じ年齢。年齢を考えても何らおかしいことはない。

 そう。



 相手が、フェルディナンという第二王子でなければ。



「……父上。俺、断りますよ」

「ああ、無理だ。これ、決定事項だから」

「はあっ⁉ いや、兄上にしろよ!」

「おうおう、雑な言葉遣いが出てきたなあ。流石さすがはオレの息子。オレに似てガラが悪い悪い」

「はあっ⁉ あ、いえ、……と、とにかく。俺は」

「婚約しなかったら、お前を抹消するとよ」

「はあっ⁉ 誰が!」

「ミシェルの奴が。ああ、つまりクラルティ公爵な」

「……」

「あと、エミリーはお前と婚約しない場合はそのまま修道院行くって宣言したらしいぜ」

「はあっ⁉ この世を儚むの早すぎだろ!」

「つまり、よっぽどお前のこと気に入ったんだな。はっはっは。いやあ、あんまりにお前が一人ぼっちを好むからよ、どうなるかと心配してたが、よかったよかった。いやあ、ミシェルとは昔からの親友だが、気持ちの良いくらい率直の清々しい人物だぜ? その娘もつまりは、己の気持ちにどこまでも正直な清々しい令嬢ってこった。良かったな?」


 何が良かったのだ。


 フェルディナンはそう反論したかったが、この父は前言を撤回する気はまるで無いらしい。

 おまけに、この婚約が破談になれば、相手は即刻修道院へ駆け込むという脅し付き。どこが気持ちの良い清々しい御仁なのか。どう考えても腹黒で権力をがんがんに振り回す暴君である。


「……父上。ご存じでしょうが。俺は、宰相以外の重鎮達にはあまり良く思われていないんですよ」

「なんだよなあ。セレストもあんなに『フェルは本当、可愛いわあ。サミュを巻き込んでお茶会したい』って方々《ほうぼう》に言いまくってんだが」

「実際に実現してないからでは?」

「お前が逃げまくるからだろうが。……ったく。お前だって養母として慕ってんだろうに。セレスト、結構淋さみしがってんだぜ?」


 豪快に笑っていた父の瞳に、少しだけ影が落ちる。

 一瞬だ。父は国王として本音や弱音を表ににじませることは無い。出すのは、家族以外では宰相、そして親友だという公爵相手くらいなのだろう。

 フェルディナンも分かってはいる。血のつながりは無いとはいえ、サミュエルの実母であるセレストがフェルディナンのことも可愛がってくれていること。三歳の時に実の母を亡くしたフェルディナンに「カミーユの分まで存分に甘やかすわ」と事あるごとに抱き締めてくれていた。

 ただ。


「……迷惑をかけるわけにはいきません」

「……フェル」

「兄上が八歳の時に起きた事件をお忘れですか。……俺は、もう二度と権力闘争はごめんです」


 ぐっと拳を握り締め、フェルディナンは視線を床に落とす。ぴかぴかに磨き上げられた大理石に微かに映った己の顔は情けないほど惨めに歪んでいた。

 しかし、そんな感傷は父には全くもって関係なかった。



「何言ってんだお前。だから、婚約するんだろうが」

「はあっ⁉ 人の話聞いてました⁉」



 せっかく心の傷を少しだけ開いて拒絶をしたのに、「何それ? 美味しいの?」と言わんばかりのあっけらかんとした言葉である。我が父ながら、フェルディナンには彼の思考がまるで読めない。


「聞いてた聞いてた。だーかーら、お前から婚約破棄は出来ねえからな」

「はあっ⁉ いやいやいやいや、おい! このくそ親父! ちょっと一発殴らせろ!」

「ふぇ、フェルさまあああああ!」

「ちょっと待ってよ。落ち着いて! 殴りたくなる気持ちはわかるけど! ここで殴りかかっても、どうせあっさり足払いされて転ばされて頭を押さえつけられて、がははがははって笑われるだけで終わるよ!」

「オーバン、長年こいつと一緒にいるだけあってよくわかってんじゃねえか! そうそう。まあ、仮に拳が入ってもフェルの力だとまだまだ痛みすら感じねえけどな」

「こんのおおおおおおおおおおおくそおやじいいいいいいいいいっ!」


 今まで静かに呆れながら見守っていたアルベールとオーバンが、必死になってフェルディナンを両側から押さえ付けてくる上、父が憎たらしいほどからからと笑ってくる。

 この状況が腹立たしい。そして、オーバンの言う通り、父に殴りかかっても軽くあしらわれて終わりだというのも頭では理解していて更に悔しかった。完全に父のてのひらの上である。


「……はあ、はあ……っ。……くっそ。俺から婚約破棄出来ないとかおかしくねえの。俺、王子なんだけど、これでも」

「相手は本気出したら、一国相手取って戦争出来るくらいの化け物だからなあ」

「は?」

「まあ、とりあえず公爵家の怒り買ったら、オレらは終わりだ」

「は?」

「まず、直接公爵からお前が踏み潰され、公爵夫人からの陰謀で王族の周囲をじわじわ絞って逃げ道を無くされ、次期公爵からトドメに反旗をひるがえされて、国、滅亡だからな」

「は?」

「だからよ。相手が婚約破棄したいって言わない限り、結婚相手だから。諦めろ」


 公爵家、どんだけ魔境なんだよ。


 そんなツッコミを入れたかったが、父が冗談だと笑い飛ばさなかった。

 それ自体が事実なのだと豪語している証。

 フェルディナンは己の身に降りかかった災厄ひのこを思い、「以上、解散」という父の軽い合図に目の前が真っ暗になったのだった。



「私達、魔境と化していますわね」

「はっはっはあ。ヴィクトルもわかっているねえ」

「わたくし達のかわいいかわいい娘を泣かせたら、許すはずがないわよー」

「まあ、後は王子殿下次第かな?」


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