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第五話 私、決めましたわ


 お茶会で衝撃の出会いを体験したその日の夜。

 エミリエンヌは、夕食の席で和やかに宣言した。



「お父様。私、第二王子の婚約者になりますわ」



 ぐっふう。



 父の方から何かに詰まった様な音が聞こえてきた。ごほごほと咳き込んで胸を叩く父の背を、母が甲斐甲斐しくでて慰めている。

 兄の方は、おやおやと苦笑しながら見守る態勢だ。基本、彼はエミリエンヌの自主性を尊重してくれる。


「……いきなりだねえ。フェルディナン殿下のことだろう?」

「ええ、そうですわ。お茶会で、一人ぽつんといらっしゃったテーブルで劇的な出会いをしましたの」

「そうかい? 何だかいきなり地面にうずくまって身悶えしながら叫んでいた気がするんだけどねえ」

「そうなんですの。ですが、そんな私を殿下は心配して下さいましたわ」

「ああ。お前の頭の心配をしてくれたとは、陛下を通して聞いたがねえ」

「顔も好み。声も好み。名前も好み。服のセンスも好み。おまけに言葉選びも好み。これだけ好みが揃ってしまったならば、答えは一つしかありません。結婚です」

「うん。早いよー。エミリー、お前はまだ十歳だよー。お願いだから、もう少しだけ父さんの娘のままでいておくれー」

「もちろんですわ。今は婚約。そして、学園卒業と同時に結婚。これが最適解、というやつですわ」

「エミリーは、まだ十歳なのに本当、物覚えが早いよね。言葉選びがすでに大人だよ」


 よしよしと頭を撫でて褒めてくれる兄に、存分にエミリエンヌは頭をこすり付けてその優しさを享受きょうじゅする。兄の甘やかしを隅々まで受け入れるのは、妹の特権だ。


「しかしねえ。王太子じゃなくて良いのかい? フェルディナン殿下は第二王子。天下は取れないよ?」

「お父様。天下とは、国の覇者で在ることではありません。天下を取るとは、如何いかにして地獄の晩餐の如き壮絶で陰惨ですぐ死ぬんじゃない? 的な絶望より深い奈落の底の様な環境を、夢心地最高のふわふわした幸せに包まれ、輝かしき光に照らされたここぞ天国! と全ての者達が泣きながら崇め奉る場所に変えてみせるか、でございますわ」

「なるほどねえ。それが、フェルディナン殿下との結婚、と」

「はい。あの国宝級のすべすべした肌、さらさらの濡れる様な艶を放つ漆黒の髪、昼と夜が混じり合うあの、一日の中でも一瞬しか見れないほどに綺麗な深い紫紺の空の瞳、更には耳をとろけさせるほどに心を震わせるイケメンボイス。外見と声だけを見ても、王太子とは月とすっぽん」

「つきとすっぽん?」

「は! すっぽんはいなかった。……ええっと、……満天の星々の輝きとなめくじくらいに違う、ということですわ」

「なるほどねえ。エミリーがとんでもなく王太子に対して不敬罪をかましている、ということだけはわかったよ」


 あっはっは、と父が豪快に笑う。実に愉快そうな笑い方には、特にエミリエンヌをとがめる空気は見当たらない。

 父は、エミリエンヌに王太子を選ばなくても良いと気遣ってくれていた。どこまでもエミリエンヌの味方で在ろうとしてくれているのだろう。

 そう。例え。


「ただ、……フェルディナン殿下は、あまり人々との交流に積極的ではないですから。お父様にご心労をおかけするかもしれませんが」

「ああ、構わないよー。殿下が臣下達にうとまれているのなんて、蚊が飛んでいる程度のわずらわしさだけだから。ぞんぶんにいちゃいちゃしてアピールしてくれて構わないよー」

「まあ。いいのですか?」

「もちろん。じゃあ、陛下には愛しい愛しい娘が、フェルディナン殿下との婚約を即決したよー。断ったらもう二度と口きかないって今から知らせておくね」

「まあ! ありがとうございます、お父様! 大好きですわ!」

「うぐっ。娘の愛しの言葉で、わたしは幸せな昇天を迎えてしまいそうだよ……」

「まあまあ、旦那様。愛しの妻を置いて先に死んだら承知しませんよ?」

「もちろんだとも。君の愛で瞬時に生き返るとも。……さあ、アリー。今夜は覚悟しておくんだよ?」

「あらまあ。旦那様ったら」


 エミリエンヌにお手本を見せるかの様にいちゃいちゃし始める父と母。兄は「いやあ、僕もいつかはあんな風にいちゃつける人を見つけたいね」と穏やかに平然と笑って見守っている。

 エミリエンヌは前世でも家族仲は問題なかったが、今世では更に輪をかけて仲良し度がアップしている。お互いにお互いを愛し、誰かに傷付けられようものなら、普段のにこにこ笑顔の穏やかさが鳴りをひそめ、にこにこ笑顔の苛烈な反撃を執拗しつように繰り出す。

 このクラルティ公爵家の性格を知っている者達は、誰もが彼らに逆らうなどという愚かな真似はしない。逆鱗に触れたら最後、没落するどころか灰も残らずに滅せられ、生きながらの地獄を味わわされると知っているからだ。



 それほどまでに、エミリエンヌの生家のクラルティ公爵家は、この国では裏の支配者と看做みなされている。



「フェルディナン殿下、無事に受け入れて下さるとよろしいのですが」

「もちろん、受け入れてくれるとも! 他ならぬエミリーが所望したのだからねえ」

「そうですよ。エミリー以外、誰もフェルディナン殿下に手を出せない様にしましょうね」

「そうだね。もし、万が一、本当に万が一、億が一にもフェルディナン殿下が婚約を拒否したら……お兄ちゃん、ちょっと魔法剣が王城で火を噴いちゃうかもしれないね」

「まあ。でしたら、ぜひともフェルディナン殿下には私と婚約をしてもらわなければなりませんわね」


 あはははははは、と実に和やかに、穏やかに、平和に夕食は進んでいく。周りの使用人達も、微笑ましそうにエミリエンヌ達家族のやり取りを温かく見守っていた。


 それがとてつもなく非常識で、恐ろしい晩餐だという認識は、残念ながらクラルティ公爵の屋敷には誰一人として存在しなかった。



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