第二話 興味が無かったのだから仕方がありませんわ
少女漫画の題名を思い出せない。
とりあえず、仕方がない。所詮、タイトルなど取るに足らないもの。例えそこに重大な意味が込められていようと、伏線が張られていようと、思い出せなくても最悪何とかなる。
大事なのは、中身だ。
よって、次に考えるのはエミリエンヌの立場だ。
そう。友人は何て言っていただろうか。
エミリエンヌはヒロインか。悪役令嬢か。はたまたただのモブか。
さて。
「……」
ぼりぼりぼりぼりさくさくさくさく。
母お手製のクッキーを食べながら、エミリエンヌは脳を振り絞った。
振り絞り、振り絞り、振り絞り。
――そういえば。あやつの口から、エミリエンヌの「エ」の字も出てこなかったな。
そう。友人が叫んでいたのは、王太子が如何にカッコ良く優しくぶっきらぼうで不器用で地位も品もあって素晴らしいかということだけだった。正直、他のキャラの名前など聞いたこともない。具体的な内容も語ってきたことはない。
ただただ、サミュエルという王太子のことしか語らなかった。それはもう一カ月近く語ってきていた。サミュエルのことだけを。
流石は友人。自分の興味のあることしか語らないのは、エミリエンヌと同じである。
香ばしく、甘じょっぱく、更に軽やかな味わいが口の中に広がることに幸せを感じながら、エミリエンヌは頭を切り替えた。
知らないのだから仕方がない。もし、モブなら万々歳だ。
例え悪役令嬢であったとしても、王太子に近付かなければどうとでもなるだろう。友人曰く、「悪役令嬢はだいたいメインヒーローの婚約者で当て馬で処刑コース」だからである。
ただ、一つだけ。王太子のことを語り尽くした後に、ぼそっと友人が珍しく王太子以外のことを零していたことがあった。それを何とか頭の隅まで絞り切って思い出す。
その内容は。
『そういえば、王太子には弟がいるんだけどさー。不遇なんだよねー。かわいそー』
実に適当な感想であった。思い出して、虚無になる。
取って付けた様に王太子以外のキャラのことを話したのは、友人のラブキャラ王太子の引き立て役だからだろう。友人はとことん友人街道を突っ走っていた。
だが、一応有益と言えば有益な情報だ。
つまりは、王太子には弟がいるということである。
それが、この世界の情報の全て。
以上。
お皿に山の様にあったクッキーを半分ほど平らげながら、エミリエンヌは悟りを開く。
――異世界転生なんて漫画の様な体験をしても、所詮現実はこんなものですわよね。
漫画のタイトルも分からない。
転生した己のポジションも分からない。
分かるのは、王太子の名前と暫定の性格と王太子の弟の存在。それだけである。
つまり、何も知らないのと同じだ。これほど前世の知識が役に立たないことは、無い。
「――美味しかったですわ。最高過ぎました」
尚も考えながら、遂に全てのクッキーを平らげ、エミリエンヌは満足げに息を漏らす。母が「食欲があって良かったわ」と喜んでいたことに、エミリエンヌもにっこり笑顔になる。
とりあえず、我が道を行くことにしよう。それが良い。
物語に振り回されるのはごめんだ。
転生しようと、もはやエミリエンヌの人生は己のもの。好きに生きるのが一番である。
ついでに、黒髪黒目か青目、更には黒服に名前の好みが合致する様な人物がいれば言うことは無い。気長に探そう。
そうと決まれば、まずは腹ごしらえだ。
「お父様、お母様、お兄様。ご飯にしましょう! お腹がすきましたわ」
「おお、もちろんだ! 今日はエミリーの好きなポトフとローストビーフだぞ!」
「今日のポトフは僕が作ってみたんだ」
「まあ! お兄様のポトフ、楽しみですわ!」
「ぐうっ。テオ、羨ましい。……父さんも料理を習おうかな」
「うふふ。じゃあ、今度一緒に作ってみましょうね」
「……アリー! ありがとう! 共同作業でエミリーを陥落させよう!」
「そうねえ。一緒に作るの、楽しみだわあ」
「私もだ。……二人の時間は、必要だからな」
「まあ、旦那様ったら……」
さっさと割り切り、エミリエンヌは家族と夕食を食べるためにベッドから起き上がった。家族で和気あいあいと食堂へ向かう。夫婦は二人の世界に突入していたが、いつものことなので微笑ましく見守る。
とりあえず、例えエミリエンヌが悪役令嬢のポジションだったとしても、別に構わないと思う。
何故なら、家族はこんなにも優しく、温かく、とても仲が良いのだから。
例えヒロインが別にいて、友人曰く「最近はヒロインが悪役令嬢みたいになって、逆に悪役令嬢をいじめてくることあるんだよねー」「しかも、評判落として蹴落とそうとしてくんの。性格わるーい」という、流行りらしい典型的な性格をしていたとしても。
公爵家の全権力と全人脈を使って、返り討ちにしてやれば良い。
この考え方が既に悪役令嬢の気がしないでも無いが、元々エミリエンヌウィズ前世のエミは、やられっぱなしは性に合わない質である。
何故、やられたらやり返してはいけないのか。
自分はもちろん、大切な者を馬鹿にされたら、倍返しどころか十倍百倍にして返すのが流儀というものだろう。
そんなエミリエンヌは前世を思い出し、更に性格が過激になった。
別に誰かを貶めたいとか、全ての頂点に立ちたいとか、何としても誰かを亡き者にしたいとか、そういう願望は無い。
ただ、大切な家族と共に仲良く幸せに笑って暮らせればそれで良い。
故に、それを邪魔する者はすべからく排除する。
エミリエンヌにとっては、ただそれだけなのである。




