第十七話 過去など気にしません――なんて、愛する者を前にして言えるはずがありませんわ
フェルディナンの前だからこそ、カッコを付けたエミリエンヌではあったが。
「やっぱり気になりますわああああああああ……」
彼の過去に、何があったのだろうか。
あれだけ頑なに目立つことを避けてきたのは、やはり家族のためな気がする。
エミリエンヌが自分のせいで死んだとしたら、己の名誉ではなく兄の名誉を考える。彼は、真っ先にそう考えていた。
――恐らく、本気でその様な事態に陥ったら真っ先にエミリエンヌの心配をするのだろうが、あの時は冗談だったからこそ、エミリエンヌではなく兄の心配をしていた。とことん彼は人が良い。あれだけ突っ張っている演技でさえ可愛らしい。
「ああ……やはり、わたくしの最高のパートナー。フェル様はわたくしと共に生きるために生まれてきましたのね……」
「うん。エミリーのその、何でもポジティブの物事を変換するところ、兄としてとても好きだよ」
「ありがとうございますわあ。お兄様も、いつでもわたくしを優先して率先して肯定して下さるところ、とっても好きですわ」
「ありがとう。エミリーに好かれているなら、全世界の人間を敵に回しても勝てる自信があるよ」
兄がにこにこと世界規模に喧嘩を売っていたが、通常運転なので気にはならなかった。エミリエンヌも家族やフェルディナンのためならば世界規模で戦えるので、何ら問題は無い。
今は城から屋敷に戻り、のんびりと兄と共にお茶をしている最中だった。その間に昼間のフェルディナンとの訓練や会話に思考が飛んでしまい、申し訳なかったと思う。
「申し訳ありませんわ。わたくし、ちょっと気になることがありまして」
「殿下のことだよね。彼、本当に強かったね。将来が楽しみだな」
「まあ。お兄様に認めてもらったのならば、本当にフェル様は凄いのですわね」
「うん? エミリーもそう思ったから訓練場に連れてきたんじゃなかったのかな?」
「そうなのですけれども。わたくしは、剣については素人ですから。やはり、お父様やお兄様に見てもらった方が手っ取り早いと思いまして」
「ふふ。そういう現金なところ、好きだよ。そうだね……」
うん、と顎に手を添えて兄が考え込む。穏やかに微笑みながら視線をテーブルに落とす兄の顔は、横の窓から差し込む柔らかな日差しの効果もあって光り輝き過ぎていた。フェルディナンとはまた違う方向での美少年である。目が潰れそうだ。
「エミリーは、本人から直接聞きたいんだよね?」
「ええ。今の貴方を愛しています。だから、過去など気にしませんなんて、そんな美し……くも何ともない偽善な言葉を吐けるほど、わたくしの愛は浅くはございませんわ」
「そうだね。過去を気にしないのは難しいね。丸ごと受け入れることは出来るけど、気にしないっていうことは、つまり今のその人自身も結局は見ていないってことだからね」
兄の穏やかで辛辣な言葉に、エミリエンヌは全力で頷いた。
その過去が人に知られたくないものであっても、今のその人を作った礎であることに違いはない。
過去を話したくないのならば、別にそれで構わない。無理に暴いて傷を大きく深くするのは本意では無いからだ。
だが、その人の過去が気にならないなんて、そんなのは真っ赤な嘘である。
好きだからこそ、興味があるからこそ、その人を知りたい。
相手の全てを知れるはずもない。何故なら己のことでさえ、全てを知っているなんてことは言えない。むしろ、相手の方が己を知っていることさえあるくらいだ。
それでも、少しでも相手を知りたくて過去が気になる。不必要に暴くことはなくても、気にしないなんて綺麗ごとは言えない。それが本当の意味で相手を思っている証なのではないだろうか。
「ふふ。いつか話してもらえると良いね」
「ええ。……ですが、いつ話してもらえるか。気の長い話になりますわ」
「そうかな。あれだけ叫びまくる殿下を見るの、僕は初めてだったよ」
「え」
「だから、エミリーには随分と打ち解けているんだなあと思ってね。……父上経由だけれど、国王夫妻も喜ばれているそうだ。息子が、たくさん叫んで自分を出している、って」
贔屓目に見ても、はああああっと叫んでいるエミリエンヌに対して、怯えたり恐がったり理解不能と叫んでいる様にしか見えないのだが。それでも、周りの目には打ち解けている様に見えるらしい。
だが、当然かもしれない。
エミリエンヌは前世の記憶を思い出すまで、第二王子であるフェルディナンについてほとんど情報を持っていなかった。記憶を思い出しても情報は無かったが。
それだけではなく、恐らく家族の誰もがあまり彼のことを口にしない様にしていたのではないだろうか。彼の思惑通り、彼は影の様に生きてきた。だから、通常ならば公爵家が集めた様々な家の情報は自然とエミリエンヌの耳にも入ってくるのに、彼のことだけはほとんど聞いたことがなかった。
フェルディナンの要望だとしても、何と淋しい生き方だろうか。
別に目立ちまくれと言うわけではない。
王族として足枷もたくさんあるだろう。公爵家であるエミリエンヌでさえそうなのだ。不自由なことも多く、制限はどうしたって纏わり付く。
だが、自分の本当の望みさえ握り潰さないで欲しい。
彼は家族が大好きだ。大切にしている。真っ先に己よりも家族の心配をするくらいに。
そして恐らく、彼の家族も彼を大切に思っている。あまり交流出来ないことを淋しくも感じている。
気兼ねなく、共に話をして欲しい。それが、エミリエンヌの願いだった。
「殿下も、むかしむかし、本当に小さい頃はよく家族と共に笑っていたと父上は言っていたよ」
「まあ。そうなのですね」
「うん。ただ、……ある時を境に、必要以上の接触をしない様になったんだ。僕は原因を聞いているし、普通に調べようと思えばエミリーも調べられる程度の事件だよ」
「そうなのですか……」
「こそこそと調べるか、堂々と調べるかはエミリーに任せるよ。まあ、お前なら堂々と調べる方を選ぶと思うけれど」
「ええ。もちろんですわ。正々堂々、フェル様に宣言して隅々まで調べさせて頂くつもりです。……フェル様が本気で止めない限りは、ですが」
「流石はエミリー。それでこそクラルティ公爵家の人間だよ」
うんうん、と朗らかに頷く兄に、エミリエンヌも誇らしくなる。十歳のエミリエンヌを当然の様に公爵家の一人前として扱ってくれる。それはなかなか出来ないことではないだろうか。
「ですが、そうですか。やはり、傷になるくらいの事件はありましたのね」
「まあね。王族だから付き物とはいえ、殿下は当時幼過ぎた。だから、よけいにショックだったのだと思う」
「そうですの。では、まずは……」
やることは一つ。
「まずは堂々と事件を調べ、フェル様を傷物にし、更に今の今まで癒えぬ傷跡を付けた輩どもをぼっこぼこのめっためたにして塵も残さずに灰すら許さずあらゆる苦痛を与えてから抹消することを誓いますわ」
「うん。それでこそエミリーだね。僕にも出来ることがあったら、言ってね?」
「ありがとうございます、お兄様。その時はよろしくお願いしますわ」
ふふふ、あはは、と実に和やかに兄との茶会は過ぎ去っていく。
使用人達が「相変わらずだなあ」とのほほんと微笑ましく見守っているこの光景は、恐らくフェルディナンが見たら「こっわっ。やっぱりこの公爵家こっわっ」と恐怖するだろうが、エミリエンヌ達は全く気付いてはいなかった。
「やっぱりお前の家、全員恐くねえ?」
「まあ! そんなことはありませんわ! 全員頼もしくて素晴らしい、私にはもったいないくらい素敵な家族です!」
「……。家族についてそう言えるところは、いいと思うんだけどなあ……」
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