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第十六話 素っ裸になって光の中へ飛び込むのですわ


 ぱちっとエミリエンヌが目を覚ますと、見慣れぬ豪華な天井が視界に飛び込んできた。

 ぼんやりと二回、ゆっくり瞬きをすると、磨き抜かれた様な真っ白な天井に天使の様な荘厳な絵画が彫られているのが確認出来る。

 これだけの意匠を凝らしてある建物など、一つしかない。


「……お城で眠れるなんて。豪華ですわあ」

「……お前、ほんっとにタフだよな」


 隣からぶっきらぼうな声が降ってきた。

 驚いて声のした方角へ視線を向けると、むすっとしたフェルディナンの顔が至近距離で飛び込んできた。きょわ、っと思わず乙女としては失格な悲鳴が上がってしまう。


「おい。人の顔見て何だその反応は!」

「か、神のご尊顔が……っ! 私の、目の前に……っ! ここが天国……っ!」

「勝手に死んでろ。いや、大スキャンダルになるから、城では死ぬなっ。俺のせいでお前が死んだなんてことになったら、兄上達が……、……」


 そこまで言いかけて、フェルディナンは口をつぐむ。

 その言葉でエミリエンヌは確信した。



 ――ああ、フェル様は、本当にご家族が大好きなんですのね。



 目立たず騒がれず透明人間に。

 何もしようとしないから、一部を除いて重鎮達にはあまり良い顔をされない。

 けれどそれこそが、フェルディナンの本懐ほんかいなのだろう。

 父はまだ詳しく話してはくれないが、過去に何かあった。だからこそ、彼は家族と距離を取る。

 だが、それが正しいかどうかは、今の国王のむすこへの在り方を見れば一目瞭然だ。


「……フェル様」

「ああ? 何だよ」

さらけ出しましょう」

「は?」

「今回の訓練の様に。そう……素っ裸になって、光の中へ飛び込むのですわ」

「俺に変質者になれって言ってんのか?」


 あっという間に不機嫌顔が無になった。

 こいつの変質者発言は今に始まったことではない。そう言いたげな顔だ。彼はとても分かりやすい。

 否。



 彼の壁を強引にぶち破って踏み込んだエミリエンヌだからこそ、この彼の心を映し出した鏡の様な表情が見られるのだ。



 恐らく、この顔が見られるのは、後は家族とそばで控える従者二人だけだ。

 彼の噂は、エミリエンヌもほとんど聞いてはこなかったし、彼に会うまでは集めようともしていなかった。それだけ彼は息をひそめ、なるべく気配を断ち、ひっそりと過ごしてきたのだ。

 父も、エミリエンヌに彼のことを話してこなかった。関わらせるかどうか迷っていたのだろう。

 だが、エミリエンヌがフェルディナンを望んだから。

 どこまでも愚直に突っ走り、体当たりすることを決めたから。

 だから、協力しようと思ってくれた。そのことに感謝しかない。


「フェル様は、ご家族が大好きなんですのね」

「はっ⁉ ……ば、っか! 別に好きでもなんでもない!」

「私が死んで、自分のことよりお兄様達に迷惑がかかることを真っ先に考えました。それの、どこが好きでも何でもないんですの?」

「っ、……違う、俺、……俺、は……っ!」

「フェル様。恐れて自分を消しても、大切なものを守ることは出来ませんわ」

「……っ」


 完全に影に徹することは、彼には無理だ。どう足掻あがいても、父親である国王が、兄である王太子が認めない限り『王家の影』の様な役割に留まることは出来ないだろう。

 影は己の存在を殺し、ひたすら王族の傍に身を潜め、いざという時のために情報収集をしたり、護衛をしている。それこそ、普段は公に『個』というものは明かされない。

 だが、そんな役割を家族がフェルディナンに求めるはずがない。だからこそ、エミリエンヌとの婚約を認めたのだ。


「お、前に。何がわかるって……!」

「貴方が侮られ、誰にも認められなければ。いざ陛下や王妃殿下、王太子殿下が危機に陥った時、駆け付けるのは難しいですわよ」

「……は?」

「だって、重鎮達が許さないですわ。……戦力外に見られている貴方を、誰が危地に送り込みます。貴方は腐っても王族。実力も他の能力も認められていない貴方に、彼らが何かを託すとお思いで?」

「――」


 痛いところを突かれた様だ。エミリエンヌの言った意味を正しく理解し、顔を苦しそうに歪める。

 常に傍にいられるならば、まだ良い。

 だが、視察に出向く国王達にフェルディナンが騎士にならずに付き従えるかと言われれば、答えはNOである。お荷物と看做みなされていれば、護衛対象を増やすことを上が良しとするはずがない。

 王城なら誰に許可を取らなくともどこにでも駆け付けられるが、都合良くそんなケースばかり勃発ぼっぱつするわけがない。



 つまり、彼らを本気で傍で守りたいと願うのならば、ある程度でもフェルディナンは周囲に認められなければならないのだ。



 遠くで家族が絶体絶命の危機にさらされている時、助けるための軍の編成で筆頭に――筆頭ではなくとも戦力の一つとして真っ先に数えてもらえる様に。

 王族ならば、尚更なおさらそれ相応の――周囲が期待する以上の実力を見せつける必要がある。

 だからこその、今回の第一歩だった。


「フェル様のそんな奥ゆかしくて控えめで家族を大切にする憂いを帯びた顔もとっても愛らしくて可愛らしくて凛々しくて大好きですが」

「適当なことを言われている気がしてきたな」

「ですが、貴方が表立って家族を大切だと言えないこの状況は、何よりも家族が泣いてしまいますわ。……私も、もし兄が私や両親の身をおもんぱかって距離を取ってきたら悲しくて悲しくて……ボディブローをかましてタックルをしてがくがくと両肩をつかんで揺さぶって往復ビンタを繰り返しながら説教をしてしまいますわあ」

「……俺、今、お前が家族じゃなくて心の底から良かったって思ったぞ」


 ほうっと頬に手を添えて憂えれば、本気の本気でフェルディナンが引いていた。そんな正常な感性の持ち主である彼も最高である。倒れたい。

 だが、倒れる前に更に説教だ。


「フェル様は、本当に大切な時に、ただ死にゆく家族を見守っていたいんですの?」

「――っ! それは!」

「過去に何があったかは、父からも聞いてはいません。ですから、想像と想像と想像しか出来ませんが」

「……妄想でないことを祈るぞ」

「ですが、……実力を付けつつある今だからこそ、過去に悔やむことがあったその場面で、出来ることが増えたのではないのですか?」

「……」


 エミリエンヌは、真っ直ぐに彼の紫紺の瞳を射る様に見つめる。

 彼は一度もエミリエンヌと目を合わせなかった。

 ただただ、深く深く、湖の底よりも深く沈み込む様に口を引き結んで考え込んでいる。

 すぐには切り替えなど出来ないだろう。

 だから、今はここまでだ。


「出過ぎたことを申しまして、すみませんでしたわ」

「……」

「ですが、ただ自分さえ引けば良い。そんな甘い考え、王族に生まれた以上は通用しませんわ。……本気で守りたいものがあるのならば、使えるものは全て使えば良いのです」

「……全て?」

「そうですわ。まずは、……このあなたのストーカー、このストーカーの婚約者、エミリエンヌ・クラルティを陥落させ、私の家族を従え、傀儡かいらいとし、どんな命令にも『イエスイエスイエス!』と考えなしに頷きまくる様に調教すればよろしいのです!」

「こわっ。お前本気で恐すぎるわっ」

「まあ! 私、貴方の命令ならば、イエスイエスイエス! と頷きまくっても後悔など微塵もありませんわよ? 婚約破棄と貴方に関わるなとしゃべるな以外でしたなら」

「それ、考えなしに頷いてねえじゃん」

「そんな。誤解ですわあ。イエスイエスイエス」


 胸に手を当て、イエスイエスイエスと頷きまくってからエミリエンヌは天を仰ぐ。

 フェルディナンに「ひざまずけ」と命令されたところを妄想し、興奮がはちきれて心臓が爆発した。冷たくさげすむ様に見下しながら淡々と命令するフェルディナンは、さぞ絵になるだろう。見たい。


「フェル様、ちょっと『跪け』って仰ってくれませんか? 全身全霊を込めて跪いて地べたを這ってみせますわ……!」

「嫌だよ。こええよ」

「まあ、残念」

「……。ほんっと、お前って、……」


 きらきらと――ぎらぎらと、エミリエンヌが両の拳を握って迫れば、フェルディナンは寒そうに震えて後ずさる。

 けれど。


「……。……はあっ。……いちいち悩む暇もねえな……」


 額を手で押さえて、ほんの少し――本当に少しだが、フェルディナンが微笑む。

 その微笑み方が、今まで見たことのない心から零れ落ちた笑みに思えて、エミリエンヌは無事に昇天した。



「お前、俺に会うたびに最低三回くらい倒れてねえ?」

「まあ! 仕方がありませんわ。だって、フェル様から隠し切れない輝きが常に垂れ流されているのですもの。その光に当てられたら、死んでしまうのは当然ですわ」

「……ぜんっぜん嬉しくねえ……」



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