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第十五話 戦神とは、彼のような人のことを言うのかもしれませんわね


 団長の父と次期公爵である兄が組んだら、この騎士団で敵う者はいない。

 それほどまでに突出した二人を相手にして、エミリエンヌも勝てるとは思ってはいなかった。

 しかし、それでも善戦する自信はある。問題は、フェルディナンがどれほどエミリエンヌと協力してくれるかが肝ではあるが。


「……エミリエンヌ」

「――」


 フェルディナンから、静かに、とても良い声で名前を呼ばれた瞬間。



 エミリエンヌは、ばったーん! と地面に仰向けに倒れ伏した。



「⁉ お、おいっ⁉」

「は、はじめ、ての、なま、え……よ、び……っ。我が人生に、一片の悔いな、し……」

「待て! お前、これから訓練するんだぞ⁉ しっかりしてくれ! 名前呼びくらいで死ぬな!」

「ああああああああ……っ。フェル様、それは無理というものですわ……。愛しのマイラブに大好きな声で名前など呼ばれてしまった日には、こうして卒倒しない方が無理というものですわ……」

「……おまえ……。今までよく生きてこられたな……?」

「フェル様に会ったことが、私の幸福しかない人生の始まりでしたわ……」

「……そうか」


 もうこいつ、俺が何を言っても喜びそうだな。


 フェルディナンの遠い目をした苦笑に、エミリエンヌはもう一度死んだ。彼の表情はいちいちツボを突いてくるのである。

 だが、このままでは彼の実力を拝むことが出来ない。

 仕方なしに、エミリエンヌはむくりと起き上がった。何事も無かったかの様に平然としたエミリエンヌの表情に、「こいつ、演技してないか?」とツッコミが入ってきたが全て無視した。これは心の鍛錬の賜物である。公爵家令嬢ならば当然の才能だ。


 さて、そんなことはさておき。訓練だ。


 普通ならば、十歳組ペアに対し、十六歳と三十六歳のペア――ましてや騎士団長と将来有望な魔法剣士では結果は目に見え過ぎている。あっさりと拍子抜けするほどにすぐに勝負が付くと思っているだろう。現に、騎士達もそこまで期待はしていないのか、少し笑いながら歓談しているのがちらほら散見される。

 だが、エミリエンヌは普通ではない魔法使いだ。

 だからこそ、少しくらいならば抵抗は可能と考える。


「フェル様。どうか、私の魔法を信じて下さいませんか?」

「は?」

「今から、フェル様に魔法をかけますから、そのまま愚直に真っ直ぐ兄に突っ込んで下さいませ」

「……はあっ⁉ お前、俺に死ねって言ってるのか⁉」

「まさか! フェル様が死んだ時が、私の命が潰える時です。まかり間違ってもフェル様を殺す様な真似はいたしませんわ」

「……。……本音だったら嬉しいなー」

「まあっ! もちろん本音ですわ。ですから、突っ込んで下さいませ。私の魔法がかかったら」

「……。どうせ拒絶しても無駄なんだろ。わかったわかった。やってやるよ。――」


 腰を低く落とし、剣を斜め下に構えてフェルディナンが臨戦態勢に入る。

 いつでも軽やかに地を蹴れる様なその体勢は、一朝一夕で身に付く様なものではない。相当訓練されていると、剣にそこまで通じていないエミリエンヌでさえ見て取れる。

 彼の剣の構えは、さやは無かったが、居合抜きの様なものに思えた。なるほど、通常の騎士とは違う。彼の師匠はなかなか面白い剣を教えたものだ。

 そして。



 先程までのわたわたした姿は鳴りを潜め、一転してフェルディナンの空気が鋭く変わる。



 彼からにじみ出る覇気は陽炎の様に揺らめき、辺り一面をじわじわと侵食する様に己の気配に染め、支配するかの様な動きを見せた。

 父と兄も、そのフェルディナンの闘気に好戦的な笑みが浮かび始める。

 やはり、相当の修練を積んだ戦士との戦いは奮い立つものがあるのだろう。現に、二人を取り巻く空気が躍る様に燃え立ち、際限なく舞い上がっている。

 エミリエンヌも、これなら本気を出しても大丈夫だろう。

 故に、真っ直ぐ前を見据えたまま、短くフェルディナンの木剣に向けて魔法を放った。


「――『ブレイク』」

「――」


 瞬間。



 どんっと、地面が激しい音を立てて弾ける。同時に、フェルディナンの姿が一瞬で掻き消えた。



 寸分遅れて、兄の場所で割れる様な音が爆発する。



 エミリエンヌは、全く目で追えなかった。

 次に視界に入ったのは、兄とフェルディナンが後方へ飛び去り、距離を取ったところだ。

 二人の剣は、真っ二つに割れていた。遅れて、とっ、と無残に砕けた破片が二人の間で虚しく転がる。

 エミリエンヌがフェルディナンにかけた魔法は、文字通り『魔法さえも壊す』魔法だ。魔法剣は使い手の腕が良ければ良いほど、どんな金属よりも硬く壊れにくいものとなる。逆に言うならば、剣を交えた相手の武器を砕きやすくなるということだ。

 父ほどではないが、兄も今騎士団に入ったとしても、もはや遅れなど取らないほどの熟練の腕の持ち主だ。普通にフェルディナンがぶつかったら吹っ飛ばされてしまう。

 そう思ってエミリエンヌは、兄の剣にかかった魔法を相殺するための魔法を放った。

 そして、見事にフェルディナンは兄と互角の剣を交えた。

 たった、一撃。

 されど、一撃。



 己の剣ごと兄の剣を折ったフェルディナンの腕は、十歳としては類まれ過ぎるほどの実力だという証明に他ならない。



「……戦神とは、彼のような人のことを言うのかもしれませんわね」



 数秒で爆散するほどの破壊力を叩き込んだ気迫。

 そして、兄も思わず距離を取るほどの腕前。

 互いに、視線を逸らさずに間合いを図る息遣い。


 ――ああ……っ! ぞくぞくしますわ……っ!


 本当ならば、このまま二人の戦いを見ていたい。

 だが、これは一対一の模擬戦ではなかった。



「――わたしのことを忘れてもらっては困るなあ」

「――っ! 『ライト』!」



 かっ! と激しい光が瞬間的に破裂する。フェルディナンの背後に回り込んでいた父の行動を、少しだけ封じられた。

 もちろんエミリエンヌは目をつむったが、魔法の選択をミスったかと焦る。フェルディナンにはまるで合図をする暇が無かった。

 しかし。



「――はああっ!」

「――! ほうっ!」



 すぐさま反転し、折れたままの剣を振るうフェルディナンに、父が面白そうに笑って声を上げる。聞くだけで弾んだ父の声は、本気でフェルディナンの剣に惚れ込んだ様だ。

 兄の時と違い、連続で息吐く間もなく打ち込んでいくフェルディナンを、軽くステップを踏みながら後方へ下がりつつさばいていく父。一見すると追い詰められている様に見えるが、当然誘い込む罠だと分かる。


「フェル様! ――『剣よ』!」

「! 助かるっ!」


 折れた剣の先から、魔法で作られた剣身を伸ばす。

 エミリエンヌの魔法ならば、よほどのことが無い限り折られる心配はない。はずだ。――父は規格外だから折れるかもしれないが、その時はその時だ。

 続いて、エミリエンヌはフェルディナンの斜め横に肉薄した兄に向け、突風をいくつも放つ。

 足元に向かったものはけられてしまったが、あらゆる角度から飛ばした風の刃には、兄も流石に逃げきれずに対処してきた。同じく折れた剣の先から炎の刃を生やし、あっという間に風を霧散させていく。


「エミリーも成長したね」

「お兄様にはまだ敵いませんわ!」

「うん。それはね。――だから」

「――っ!」


 しゅっと、兄がいきなり目の前に現れた。間髪容れずに、しゃっと空気を綺麗に切り裂く様に一撃が頭上から叩き込まれる。

 エミリエンヌは咄嗟とっさに防御魔法を展開するが、威力が足りない。ばきばき、っとあっという間に透明な防御の魔法壁がひび割れて砕けていく。


「……! エミリエンヌっ!」


 フェルディナンが気付いて兄の背後に斬り込むが、遅い。


「おやおやあ。よそ見をしてはいけませんよ、殿下?」

「――」

「チェックメイトだね、エミリー」


 兄がエミリエンヌに、父がフェルディナンに。

 それぞれ一撃を叩き込まれたところで、二人は一緒に意識を失った。



「うーん。フェル様の、エミリエンヌ呼び……我が人生に一片の悔いなし……! ですわ!」

「俺は、この訓練に悔いだらけだがな……」

「まあ! 私もまた、一緒にお兄様やお父様と戦いたいですわ!」

「……。まあ、たまになら」



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