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第十四話 私の中で至高の存在は国王ではなくてフェル様ですから


 何故、こんなことに。


 エミリエンヌの横から、絶望よりも真っ暗な底なし穴を連想させる声がのたうち回っていたが、もちろん気にはしない。フェルディナンをこうして無理矢理にでも表舞台に引っ張り出せたのだから、当初の目的はクリアだ。

 後は、彼が何とか少しでも力の片鱗を見せてくれれば良いのだが。そこは、父と兄に任せておこうと全てを丸投げする。

 観客の数も上々。騎士達も、普段滅多に姿を見せないフェルディナンを見て、目を丸くしている。一人、「おや」と何かに気付いた様な顔をしている騎士もいた。恐らく、彼がフェルディナンの剣の師匠なのだろう。


「では、始めますわよ! フェル様の輝かんばかりの雨上がりのきらきらした虹の如きオーラをまといし姿、つまりは遥かなる天より降臨した神の如き凛々しき勇姿、この目にしかと焼き付けますわ……!」

「……もうお前が何を言っても、だんだんどうでも良くなってくるのは何故だろうな」

「まあ! それはつまり、私の言葉が真実だと認めて下さっているということですわね! やはりフェル様の勇姿を少しでも多く残していくため、今度からは絵描きを用意しなければなりませんわね」

「やめてくれ……」


 げっそりと、たった数分でやつれたかの様に見えるフェルディナンは、どこか憂いを帯びた色香をまとっている。少し視線を遠くの方へと放り投げた横顔は黄昏の様に淡く、光に溶けてしまいそうなほどの儚さを帯びていた。

 そんな眩き光の塊の様な存在に、エミリエンヌは無事に胸を押さえて崩れ落ちた。とてつもなき美の化身に、心臓は毎秒ぐさぐさにときめきで串刺しにされている。


「フェル様……っ。フェル様の輝きが酷すぎて、私、悶え死んでしまいそうですわ……!」

「すぐ回復するんだよな?」

「そうですわ! そして、また死亡する。……フェル様、罪なお人……」

「お前限定でな」

「まあ! 私がただ一人の人だとお認め下さるのですわね……! これ以上の名誉はございませんわ。例え国王に『王になれ』と命令されても、全く心が動かないほどに名誉なことですわ……」

「お前、結構色々遠慮が無いよな。例え方が」


 仮にも国王だぞ、とフェルディナンが突っ込むが、それすらもエミリエンヌのときめきにしかならない。フェルディナンはどこまでもエミリエンヌキラーである。


「はあ、はあ。……フェル様にときめき殺しをされるのは、後に取っておくとしまして」

「誰も殺そうとはしてないんだがな」

「さあ! いよいよ私とフェル様のラブラブアタックを見せつける時ですわ! ここでお父様とお兄様にラブラブファイアーソードをぶちかまし、騎士団の人達に、自他ともに認める素晴らしき婚約だと立証いたしましょう!」

「ら、らぶらぶあた……? ふぁいあー……いや、立証するつもりもないぞ」

「……フェル様。何だかもうエミリエンヌ嬢に振り回される未来しか見えないよな」

「そうだなー。まあ、フェル様、今まで人付き合いけてきたから。ここまで押しの強い子に出会ったことなかったし。いいんじゃない?」


 近くでエミリエンヌ達のやり取りを見守っていたアルベールとオーバンが、適当に二人の婚約を認める発言をし出した。「おい!」とフェルディナンが怒っていたが、エミリエンヌはにこにこ顔にしかならない。


「はっはっはー。エミリー、どうやら殿下とはとても良い関係を築けているようだね?」

「もちろんですわ! 日々、フェル様には『愛しているよ』と言葉と態度で示して頂いていますの」

「どこがだよっ⁉」

「今のツッコミがですわ」

「はあっ⁉ いや、誰も愛してるって言ってねえ!」

「うん。なるほど。殿下とエミリーは相性が良さそうだね」

「て、テオフィル殿⁉」


 兄の淡々とした分析に、フェルディナンが信じられないものを見たかの様に勢い良く振り向く。兄のお墨付きももらえて、エミリエンヌはこれ以上ないほどにご満悦になった。流石は兄。妹への援護射撃が素晴らしい。


「お兄様。お兄様が相手とはいえ、手加減はしませんわよ?」

「もちろんだとも、妹よ。全力でかかっておいで」

「お前達! わたしを忘れてはいないかい? もちろん、お父様も全力でやるよ!」

「ふふ、嬉しいですわ、お父様。久々のタッグマッチ。腕が鳴りますわあ」

「……そうか。この家族、戦闘狂しかいないのか……」


 エミリエンヌ達が家族で盛り上がる中、フェルディナンは既に諦めムードに到達していた。はあっと溜息を落ちる様に吐き、どんよりといっぱいに影を背負っている。

 一応木剣は手にしているが、やる気を出してくれるかは分からない。

 だが。


「フェルディナン殿下。僕も、貴方には手加減をするつもりはありませんよ」


 にこっと兄が穏やかに笑いかける。

 だが、その瞬間、ぴりっと空気が焼ける様にひりついた。

 兄に覇気を向けられていないエミリエンヌでさえそう思ったのだ。フェルディナンは直撃を受けて、咳き込む様に胸を押さえている。


「僕から貴方へ手加減することは、侮辱に値すると思ったからです」

「……。そうか」

「ですから」


 ぼっと、兄が持つ木剣が瞬く間に炎に包まれた。真っ赤に輝く炎は神々しい光の様に辺りにきらめめき、見る者全ての心を吸い込む様な美しさが揺らめいている。



「もし、貴方が全力で応えなかったその時は。僕は侮辱されたと受け取ります」

「――」

「そのことを、ゆめゆめお忘れなきように」



 にこっと柔らかく微笑む兄は、妹のエミリエンヌから見るととても優しくて抱き締めてくれる様な温かさに満ちている。

 だが、きっとフェルディナンから見ると違うのだろう。現に、少々顔からは血の気が引き、ぎゅっと木剣を握り締める手が力を込めながらも震えていた。


「――では、始めましょうか」


 ふっと、肩の力を抜く様に、兄が一旦距離を取る。同時にフェルディナンの体も、どっと力が抜けた様に弛緩しかんしていたので、ぶつけていた覇気を引っ込めたのだろう。

 兄の強力な発破のおかげで、フェルディナンも手を抜くことは出来なくなった様だ。手を抜けば最後、恐らくこてんぱんに叩きのめすだろう。――恐らく、王太子や王妃をも(想像上で)巻き込んで逆上させるに違いない。兄はそういう人だ。


 ――さて。お手並み拝見ですわ。


 父がそれなりに興味を示していたフェルディナンの実力。

 単純にフェルディナンの存在を外にアピールするのが目的ではあるが、それを置いても楽しみではあった。



「フェル様とのラブラブアタック! 楽しみですわ!」

「なあ、そのらぶらぶ……? あたっく、って何だ?」

「それはですわね。私とフェル様の愛の結晶攻撃ですわ! 具体的にはまず、私がフェル様のときめきでいっぱいに満たされたこの」

「もう良い。わからないけど、わかった」



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