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第十二話 ストーカー、こわい(王子視点)


「……どうしてこうなった」


 与えられた部屋の一室で。

 フェルディナンは机の前で頭を抱えていた。そばにいた従者兼友人二人が顔を見合わせて溜息を吐く。


「フェル様が単純だからではないですか?」

「誰が単純だ! 誰が!」

「フェル様ってば、六歳の頃からつっぱるのに必死だったけど、根が単じゅ……優しすぎるから」

「オーバン。お前も単純って言おうとしただろ」

「……まあ、事実だしね。まんまとエミリエンヌ嬢に乗せられて、全力でかくれんぼなんてしちゃうから」


 ぐさっとフェルディナンの心臓を正確に刺してくるオーバンに、ぐうの音も出ない。

 そうだ。三日前、フェルディナンはエミリエンヌと顔を合わせない様にするために隠れたところから、全ては始まった。

 自慢では無いが、フェルディナンは隠れる天才である。この四年、如何にして義母や兄にさえ見つからない様にと工夫してきたか。おかげで最低限の顔合わせだけで済んでいるのは、紛れもなくフェルディナンが気配消しに長けていたからだ。



 それなのに、あの少女はあっさりと発見してきた。



 気配は断っていた。友人も近くにはいなかった。中庭の木々や背丈の高い葉っぱで姿も完全に隠れていたはずだ。

 それなのに、「みーつけた♪」と満面の笑みで見下ろしてきた。あまりに無邪気な笑顔に、どこかホラー味を感じて、フェルディナンはひゅっと震え上がってしまった。

 しかも、堂々とストーカーだから簡単に見つけられるのだと誇ってきた。ストーカーを誇る女は初めて見た。

 そして。



〝フェル様は私の婚約者であっても、ストーカーではないでしょう?〟



 だから、自分を見つけることなど出来やしない。

 あの笑った目の裏では、明らかに馬鹿にした様に挑発を叩きつけてきていた。

 乗せられた。理解はしている。フェルディナンはあの時、冷静ではなかった。誰にも負けないと思っていたかくれんぼで簡単に見つかってしまい、ショックを受けていた。

 けれど。



「……なんっで! ほんっとうに! 見つからないんだよ!」



 だんっ! と机を叩きつけて、フェルディナンは突っ伏す。

 あれから城中を駆け回った。それこそ草木の根を分けてでも探し出してやると、怒りと怒りと怒りのままに本気を出した。

 それなのに、夜になるまで見つからなかった。

 彼女の父親も迎えに来て帰る頃になった時。



〝フェル様が遠くで駆け回る姿。眼福でしたわあ〟



 ひょっこりと、そこら辺の草木から姿を現し、エミリエンヌはそんなことを言い放った。

 まるでストーカーの様な発言をしながら、フェルディナンからは綺麗に身を隠す。その技術に何故か燃え上がる様な熱が、体を内側からあぶっていった。

 彼女には、簡単に自分は見つけられたのに。



 何故、フェルディナンは彼女を全く見つけられないのか。



 そのことに何故か苛立いらだった。無性に腹が立った。むしゃくしゃして、感情を抑えるのに必死だった。

 そんなフェルディナンの感情さえもお見通しなのか、「悔しがるお顔までカッコ良いとか……この世の至宝を余すことなく手に入れた気分ですわ……っ」と満足げに倒れていったことにも更に腹が立った。

 何をしても、何を言っても、何を失敗しても。



 彼女は、フェルディナンを肯定する。



 それは。



〝――あなたが悪いのですよ〟



「……」



 それは――。


「……。俺は、今のままでいい」

「フェル様……」

「母を亡くした後も、優しく愛情いっぱいに育てようとしてくれた彼らの邪魔にはなりたくない」


 そうだ。フェルディナンは、この王家には邪魔である。

 別に、引いている血が、というわけではない。


 亡き母は、内乱で国自体が滅亡してしまった、とある小国の貴族の生き残りだった。


 その後、昔から踊ることが大好きだった母は幸運にも旅一座に加えてもらい、各地を放浪する旅に出ていた。

 その踊りを、偶然にも当時王太子夫妻だった父と王妃が目にして運命は変わった。

 父が母を一目で気に入ったことも大きかったが、特に凄かったのは王妃の方だったという。



〝あなた! あれは絶対に! 手放してはいけないわ! あんなにみんなの心に響く素敵な踊りを踊れる人! 他にはいないわよ!〟



 王妃は母の大ファンになった。

 そして、何故か王妃が熱烈に口説き落とし、父の側妃となったのである。側妃も父に少しずつ惹かれ、何より親友となった王妃の支えになりたいと強く思ったそうだ。

 家族仲は良かった。普通なら正妃と側妃などばちばちの戦をしそうなものだが、二人は父をそっちのけで熱く語り合うほどに仲良しだった。

 フェルディナンが三歳の時に母は病で亡くなってしまったが、王妃が「私が彼女の分まで愛を注ぎまくるわ!」と高らかに宣言し、先に生まれていた兄と一緒に優しくも厳しく、そしてめいっぱいの愛情を持って育ててくれた。


 フェルディナンはそのことに感謝している。あまり覚えていない母よりも、王妃であるセレストを母の様に慕っていた。


 兄も穏やかで、けれど実は悪戯が大好きで。一緒に父の椅子に変な音が鳴るクッションを置いたりと、遊んだりしたのを覚えている。

 兄は剣にも秀でてはいたが、どちらかというと魔法の才や政務の方に能力が寄っていた。

 ならばそれを補うために、フェルディナンが剣術を鍛え、彼を守り、民の声を届ける役目を担おう。幼心にそう考えていた。

 けれど、フェルディナンが六歳になったあの日。



〝……、兄上?〟



 苦しそうに床に倒れ込む兄を見て、フェルディナンはそれが間違っていることに気付いた。


「……俺は、このまま、誰にも認められることなく静かに放逐されたい」

「……」

「だから」

「じゃあ、フェル様は。どうして、今まで剣を捨てはしなかったのですか」

「――」


 痛いところを突かれた。

 アルベールの指摘に、フェルディナンはぐっと奥歯を噛み締めて固く口を閉ざす。

 そうだ。フェルディナンは今でも夜中に剣の稽古をしている。

 剣を捨てよう。何度もそう思った。


 けれど、いつか兄が窮地に立たされた時、守れるだけの力も欲した。


 矛盾している。

 けれど、フェルディナン自身が力を付けて目立つ様なことはしたくない。

 その葛藤にさいなまれて、持てあました心のままに夜中に一心不乱に裏庭で剣を振るっていた時。


〝やあ、綺麗な月夜だね〟


 話しかけてきた青年は、とてつもなく怪しかった。

 一見すると普通の姿をしているが、強いのは一目見てすぐに察知した。暗殺しようと思われればすぐに殺される。そんな危険な状態にあることを、フェルディナンは正しく悟った。

 けれど。


 それで己という障害物がいなくなるのなら、それでも良いかもしれない。


 だから、警戒するのを止めた。殺すなら殺せば良いと自暴自棄になっていた。

 しかし、青年はとんでもない提案をしてきた。



〝君が今でもこっそり訓練したいなら、二日に一度、この時間に剣を見てあげよう〟



 何て怪しい誘いなのだろうか。まさか、フェルディナンを傀儡かいらいにして、兄を蹴落とそうと企んでいるのではないだろうか。

 そんな猜疑心から最初は断ったのに、彼は性懲しょうこりもなくきっかり二日に一度、必ずフェルディナンの前に姿を現した。しかも、フェルディナンが一応毎日場所を移して訓練していたにも関わらず、だ。

 それからフェルディナンは観念して、素直に青年に指導してもらうことになった。

 青年は驚くほど丁寧に問題点を指摘してくれて、フェルディナンも一歩一歩着実に強くなっていることを感じ取れたくらいだ。

 いつの間にか、青年を師匠と呼ぶ様になって。



 怪し過ぎる邂逅かいこうから始まった訓練は、四年経った今でも続いている。



 そういえば。


「……俺の居場所を突き止めた奴は、二人目だな」


 師匠なら話は分かる。あれほどの御仁だ。それに、フェルディナン自身も剣を振るって訓練していたし、本気で隠れようとはしていなかった。

 しかし、エミリエンヌは、本気を出して隠れたフェルディナンをいともあっさり見つけた。赤子の手をひねるよりも簡単でしたわー、愛の力ですわー、とふざけたことを抜かして。

 今日も、ここに来るのだろうか。


「……あれから毎日、隠れてもすぐに見つけられるし。本当のストーカーって、こんなに恐いものなんだな」

「フェル様。ストーカーは恐いものだよ。むしろ、今までのストーカーだって恐かったはずなのに、麻痺しちゃってるよ」


 オーバンの冷静なツッコミは華麗にスルーし、はあっとフェルディナンが溜息を吐いていると。



「ええ、このストーカー中のストーカー、エミリエンヌ・クラルティ。ただいま参上いたしましたわ!」

「う、わああああああああああああっ⁉」



 いきなり背後から明るくストーカー宣言をされ、フェルディナンは恥も外聞もなく飛び上がった。それはもう天井をぶち破っても良いくらいに飛び上がった。実際は天井までは飛び上がれなかったが、人生で一番高い位置までジャンプをし、思い切りベッドの端まで逃げ去った。


「お、お、おおおおおお前……! い、い、いつの間に……!」

「ああ、フェル様ってば。そんなに怯えた顔さえも可愛らしくてカッコ良いだなんて。天は二物も三物も十物も与えるのですわね……!」

「質問に答えてくれっ⁉」

「あら。簡単ですわ。メイドが普通に中に入れてくれましたわ。アルベール様がお返事して下さったので、不法侵入ではありませんわよ?」

「おい、アルベール⁉ 主人の許可なく入れるなよ!」

「どうせ、あの手この手を使って入ってきますから。婚約者なら潔く腹をくくるのが良いかと思いまして」

「主人を崖から叩き落とす様な真似するなよ⁉」


 アルベールといい、オーバンといい、まるでフェルディナンに寄り添ってはくれない。袋小路に追い詰める天才だ。友達甲斐が無い。

 だが、そんな風に遠慮なく接してくれる人物だからこそ、フェルディナンは唯一手元に置いている。つまり、自分で蒔いた種だ。頭が痛い。


「ごきげんよう、フェル様。あなたの、あなたのストーカー兼婚約者兼フェル様をどこまでも褒め讃え崇め奉れ涙を流しながらひざまずけ会の会長、エミリエンヌ・クラルティですわ」

「おいまて。何か今、聞き捨てならない単語が最後に出てきたぞ」

「ちなみに、会のメンバーは現在、私を筆頭に陛下、王妃殿下、王太子殿下、アルベール様、オーバン様が入っていらっしゃいますわ」

「お前、何言ってるんだ?」

「陛下や王妃殿下、王太子殿下は、父を通して『入ったぞ!』とサムズアップして下さったとお聞きしました」


 嘘だろ。


 そんな頭がおかしい会にあの家族が――いや、ありえる。あの父と義母、兄ならありえる。あの人達はフェルディナンがかたくなにけ始めてからも懲りずに、頭がおかしいまま接してこようとしていた。

 そこにエミリエンヌが付け入ったならば、存分に嬉々として参加しただろう。頭が痛い。


「……俺の静かな余生ライフの計画が……がらがらと音を立てて崩れていく」

「まあ、フェル様。ついに輝かしき後光が差した第一歩を踏み出す決心をしたのですわね」

「何をどう解釈したらそうなるんだ?」

「と言うわけで、フェル様、行きましょう!」

「どこにだよ!」

「もちろん、騎士団の訓練場にですわ」


 何が「もちろん」なんだ。


 そうツッコミたかったが、もはやこのストーカー少女には何を言っても無駄だと本能で理解してしまった。泣きたかった。



「ああ、私のことをストーカーと認めて下さるフェル様っ。一歩前進ですわあ」

「ストーカーと認められて喜ぶのは、お前くらいだろうよっ」

「フェル様に認められるならば、例えなめくじと言われようと嬉しいものですわよ?」

「……」


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