第十話 ごきげんよう、私の心の癒し
「ごきげんよう、私の心の癒し。今日という日を迎えるのが待ち遠しくて、昨夜は完徹してしまいましたわ」
「帰れ。クマが出来てるぞ」
ぎんぎんに目を充血させながら満面の笑みを見せるエミリエンヌに、護衛少年二人を引き連れたフェルディナンは開口一番帰宅命令を出してきた。
しかし、一晩眠れなかったくらいどうってことはない。エミリエンヌは公爵家の娘。完徹をすることくらい、これからも出てくるだろう。
「ああ、フェル様……。私の身をそんなに案じて下さるなんて。お会いした時から変わらず、とてもお優しいんですのね」
「いや、そんなに目の下を真っ黒にしてきたら、誰だってびっくりするわ」
心配するのが当たり前の様に溜息を吐くフェルディナンに、ますますエミリエンヌはときめきを隠せない。
例えびっくりしたとしても、相手を慮る発言は人格が如実に表れる。ここで、ただ不気味がるだけの反応をする者だっているだろう。
だが、フェルディナンはぶっきらぼうながらもエミリエンヌの体を案じている。それは、彼の昼と夜が混じり合うほどに美しい紫紺の瞳に微かに宿る色で、きちんと読み取れた。
「というかなあ! 何で! 俺がいる場所がわかったんだっ⁉」
フェルディナンががなり、悔しそうに地団駄を踏んでいる。
ほほほ、と扇子を広げ、エミリエンヌは楽し気に肩を揺らした。
「あら。私はあなたの、あなたのストーカー兼婚約者ですわよ? あなたが行き付くところを予想出来ずに、ストーカー兼婚約者を名乗れるわけがありませんわ」
「え、……こわっ」
「まあ、私が本気でかくれんぼをした場合は、決してフェル様は見つけられないと思いますけど」
「はあっ⁉ 何でだよ!」
「だって、……フェル様は私の婚約者であっても、ストーカーではないでしょう?」
「――っ」
くすっと上目遣いで微笑むと、フェルディナンは何故かぐっと息を詰まらせて押し黙った。ぷいっと明後日の方を向く彼の耳がほんのり赤い。
――あら。もしかして、脈ありなのかしら。
エミリエンヌは前世で特に恋人がいたことはない。
だが、告白されたことが無いわけでもなかった。
それに鈍いわけでもなく、何となく「ああ、この人私のこと好きなのかな」と感じてその通りだったことも何度かあった。
別に自意識過剰なわけではない。どちらかと言うと、友人の方があの性格なのに顔が良すぎてモテまくっていた。
今のエミリエンヌは絶世の美少女だ。
そして、兄も絶世の美少年である。
二人揃うと絵になるらしく、黄色い声が飛ぶことも多かった。特に兄に対するアプローチは激しく、妹ながら「大変だな」と思うことも多かった。――アプローチ全てをすげなく、にこやかに、軽やかに、完膚なきまでに叩き落とす兄の容赦のなさは見習いたいところではある。
エミリエンヌは今特に意識したわけではないが、上目遣いをされてフェルディナンも少し動揺したのだろう。例え好きではなくても、可愛いか美人だとは思ってもらえたに違いない。
ならば、脈ありだ。
全くの圏外なわけではないようだ。現に、彼は何だかんだで逃げ出そうとはしない。王命の婚約ということもあるだろうが、本当に嫌なら口を利かないという態度も取れるはずだ。
エミリエンヌとフェルディナンは、何だかんだで政略結婚である。
愛が無くても、結婚する。それは貴族なら当然のことだ。
愛は無くても、国をより良くしていくためのパートナーくらいにはなれる。二人が努力をすれば可能だ。
――まあ、私はフェル様と愛を育む気満々ですけれども!
政略結婚だろうが何だろうが、どうせなら恋愛で結ばれたい。
ましてや、これほどまでのどストライクな好みをした相手ならば尚更だ。
それに。
「……やってみなければ、わからないだろ」
ぼそっと拗ねた様に不満を零すフェルディナンに、エミリエンヌはにんまり笑う。
これほどまでに素直で可愛い彼を、ただただ周りに侮られたままになどしておきたくはない。
余計なおせっかいだろう。もしかしたら、本当に日が当たる場所にはいない方が彼のためなのかもしれない。
だが。
〝失礼な物言いになってはしまいますが、フェルディナン殿下と縁を結ぶのは別のご令嬢でも務まるかと〟
好きとか嫌い以前に、あんな風に子供を相手に馬鹿にする様な物言い。断じて許しておくわけにはいかない。
どんな理由があろうとも、フェルディナンは王族だ。例え側妃の子であろうとも、それで卑下して良い人物ではない。
国王はフェルディナン親子を愛し、そして幸せになって欲しいと願っている。
家族には、幸せになって欲しい。
それは、エミリエンヌも小さい頃からずっと抱いている、確固たる芯に当たる部分だ。
「……それでは、やってみますか?」
「は?」
エミリエンヌを見つけてみせる。
そう声なく宣言したフェルディナンに、提案をしてみる。
これは、普段は部屋に閉じこもりっきりであろう彼を外に連れ出す良い機会だ。彼の背後で控えていた少年二人が、その提案に驚きで目を見開いていたが、よほど珍しいことらしい。
だからこそ、この好機を逃しはしない。
フェルディナンを、人目に触れさせる。
それが、彼を取り巻く噂を払拭する第一弾の策だ。
「よろしいですわよ? では私は今からこの城内のどこかに隠れますから、見事華麗に軽やかに見つけてみて下さいませ」
「……本気かよ」
「ええ。まあ、玉座の間など、入ってはいけない場所もそれなりにありますから。場所は結構絞られるとは思いますけれど」
「俺が、これ幸いとお前を探さないって可能性は考えないのか?」
「あら。でしたら、フェル様は負け犬と、陛下や王妃殿下や王太子殿下、私の両親や兄にもそう言って高笑いをすることに致します」
「はあっ⁉」
「ですが、『負け犬のフェル様』という名前も良い響きですわ……。フェル様は、何をどう呼ばれても素敵な響きにしかならないのですわね。さすがは、私が見込んで惚れ込んだ名前を持つ男です」
「……馬鹿にされてる気しかしねえっ」
ぶんっと一度大きくフェルディナンが右腕を回す。
そして、挑発的な目でエミリエンヌを睨み据えてきた。
「いいだろう! 絶対! 見つけ出してみせるからな!」
「あああああああ……っ! フェル様……っ! すっごく! 勇ましいですわあああああっ! カッコ良すぎですわあああああっ! 凛々しくて眩しくて、私の目がフェル様の果てしない輝きで潰れてしまいますわあああっ!」
「お前、絶対馬鹿にしてるだろ!」
「うう……っ。フェル様に信じてもらえない悲しみ……っ。ですが、それすらも私に棘の様に抜けない冷たさを打ち込む、尊きご褒美……っ」
「やべえ。もうこいつ、本当にこわい。やばいから、さっさととっとと始めるぞ!」
「ええ、ええ……っ! では、五分ほど下さいませ。完璧に隠れて、見つけられなくて焦るフェル様を遠くから観察するご褒美をじっくり堪能させていただきますわ……!」
「……ぜってえ! 見つける!」
唸り声の様に吠えるフェルディナンの姿に心臓を何度も貫かれながら、エミリエンヌは心を鬼にして魔法を使って気配を消した。
フェルディナンはその日、夜になるまで必死に駆け回ったが、ついぞエミリエンヌを見つけることは叶わなかった。
「むしろ、夜まで探し回るのは凄いねえ」
「はっはっは! 流石はオレ様の息子! 根性だけはあるだろ!」
「そうだねえ。エミリーを任せるなら、根性だけは欲しいよねえ」
「お? 根性だけでいいのか?」
「あとは、顔と声と性格と名前と服のセンスと強さとツッコミ属性と苦労性とエミリーを楽しませる反応と」
「……お前、エミリー嬢が言うことなら何でも許すんだなあ……」
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