第九話 ロマンスの花は、ある日突然咲くものですわ
「というわけで、フェルディナン殿下。改めまして、あなたの、あなたの婚約者、エミリエンヌ・クラルティですわ」
「ああ。『というわけで』を意味不明に使う人間を、父以外に初めて見たぞ」
物凄く即行で光の速さの如くツッコミを入れてくるフェルディナンに、エミリエンヌは心臓を強く射抜かれた。どきゅっと全身で脈が高鳴り、エミリエンヌは無事に感極まって涙を流した。
「ああ……これほどまでに私の好みに合った人がいるなんて。私、この世に生まれてきたことを死ぬまで感謝いたしますわ……」
「大げさだな……。いや、お前、そもそも俺と会ったの昨日が初めてだよな?」
「ええ。ですが、運命というものは、会った回数ではありませんわ。フィーリングです。つまり、直感。第六感。とにかく、一目見たその時に死ぬまでの人生が決まるのですわ。よって、私は最後まで貴方に寄り添い、死ぬのです」
「こええよ。十歳でそこまでの覚悟を決めて、人の人生まで無理矢理決めつけてくる少女、こええよ」
もはや王子らしい言動というものはかなぐり捨てた様だ。
この、粗野な言葉遣いもクリティカルヒットである。耳朶を震わせるとろける様な声も相まって、エミリエンヌは無事に崩れ落ちて涙を流した。
「お、おい?」
「ああ……っ、ああ……っ!」
「おい、ちょっと。大丈……」
「もう、もう、……最高ですわ……っ! その声、その言葉遣い、そのドン引きした視線っ。私に必要だったのは、その声と言葉遣いと視線だったのです……」
「……。そうか。俺は今、心の底からお前の前で声を出したことを後悔している」
「ですが、貴方はもう私の婚約者。破棄などさせませんわ。腹をくくって生涯甘い言葉を囁……かなくてもよろしいので、存分に思ったことをそのまま包み隠さずあけすけにお話下さいませ」
「……。……どうするよ、こいつ。もう頭が手遅れだ」
――率直な物言いも、最高過ぎますわねっ!
早速思ったことをそのまま包み隠さずあけすけに伝えてくれるフェルディナンは、素直で可愛らしい。カッコ良くて可愛らしくて優しくて顔と声と名前と服のセンスと諸々が好みとか、まさしく理想のパートナーではないか。
相手の気持ちはガン無視している状態だが、愛とはゆっくり育むもの。
エミリエンヌの想いと長所と短所と性格と有能さといつまでもあなたの味方ですという宣言は、これからじっくりたっぷり伝えていけば良い。
「そんなわけで、毎日貴方にお会いするため、お城に来ようと思っております」
「もはやストーカーだな」
「ストーカー! ……良い響きですわ。あなただけの、あなただけのストーカーでございます」
「……こいつ、本当にどうすればいいんだ?」
何を言ってもダメージが与えられねえ。
そんな本音がしっかり零れ落ちたフェルディナンに、エミリエンヌは満足だ。ここまではっきりと己の意思を口にする彼を目にし、エミリエンヌは第一関門を突破したことを確信する。
彼は、今まで家族の陰に隠れて生きてきた様なものだ。
こうなったことには原因があると、父が一度だけ婚約したいと話した夜に教えてくれた。詳しく教えてはくれなかったが、十中八九馬鹿な重鎮達のせいである。
それは、昨日の父親である国王との会話を見て確信した。
あの二人の仲の良い会話を聞くに、フェルディナンは特に家族に対して隔意を抱いているわけではなさそうだ。義理の母親と兄との関係性はこれから探っていくつもりだが、父とあれだけ言い合いが出来るのならば問題は無さそうだ。父も、家族仲については特に心配していない様だったから間違いない。
そして、エミリエンヌの目標は、周囲のフェルディナンへの目を変えることだ。
いずれ否応なく、表舞台に出なければならない身。ならば、少しでも良い方向に――誰もが逆らえないほどの威圧感を二人で出せる様に育っていくだけだ。
「フェルディナン殿下。……ああ、何度口にしても素敵な響き。お名前まで素敵とか、この世の全てのツボを兼ね備えていますわね……!」
「ああ、……ありが、とう?」
「ですが、よそよそしすぎますので、フェル様、とお呼びしても?」
「素敵と言ったそばから、即行で切り捨ててきたな」
「出会って三日目でもうはやお互いに愛称呼びをし始めたならば、周りは『おお、あいつら、そんなに仲が良いのか……』『ひどい! 狙っていたのに!』『だが、あの二人を引き裂くなんて俺にはできない……!』『きーっ! 悔しい! でも、あれだけべたべたな溺愛をお互いに向けていたら、割って入れば血を見るのは必然……』と解釈して、私達を引き裂いたりはしませんわ」
「そうか。そうだな。血を見るというあたり、お前が日頃からどんな報復を企んできたのかがよく分かる表現だったぞ」
「ですので、私のこともエミリーとお呼び下さい。もちろん、呼び捨てでお願いしますわ」
「まるで話聞かないぞこいつ」
諦めずにツッコミを入れるフェルディナンは、付き合いが良い。恐らく苦労性の道を辿ることとなるだろう。兄のサミュエルがボケ属性だったら、もはやフェルディナンの運命は決まったも同然である。
フェルディナンのこの苦労性さえも、エミリエンヌのツボを押さえている。これほどまでにストライクで好みのキャラがいるのならば、本当に漫画を読んでおくべきだった。
彼は、友人曰く『不遇の王子』である。
ならば、その不遇を、右に出る者もいないほどの幸運王子に塗り変えて進ぜよう。
「フェル様。ロマンスの花は、ある日突然咲くものですわ」
「そうか。俺はまだ咲いてねえけど」
「まだということは、いずれ咲くということ。私にも希望が燦々《さんさん》と輝くほどに見えてまいりましたわ」
「何を言っても、お前の都合の良いようにしか解釈されないっていうことはわかったぞ」
「ええ。ですので、どうか諦めて私に向き合う努力をして下さいませ」
「はあ……。……」
「では、今日はこの辺で。フェル様にも覚悟が必要でしょうから」
「え? は? あ、……ああ」
押して押して押しまくった後に引く。
今までの濃厚なまでのラブコールの後に、さらりとあっさりと引いたエミリエンヌに、フェルディナンは拍子抜けしたと言わんばかりの顔になった。
そのどこか抜けた様な表情でさえ、彼の色香を薄めるには及ばない。エミリエンヌはどこまでもフェルディナンと出会えた奇跡に感謝した。
「それでは、ごきげんよう。明日は、朝にはお伺いいたしますわ」
「はやっ! ……ああ、そうだな」
答えながら、フェルディナンは何かを思いついた様に口元に手を当てた。
きらっと、彼の瞳が悪戯っぽく光ったのをエミリエンヌは見逃さない。最高に年相応の可愛らしい笑みだった。
「――無事に俺を見つけられたら、……相手してやるよ」
にっと挑戦的に笑うフェルディナンは、恐らくかくれんぼをするつもりなのだろう。
しかし、エミリエンヌにはどうでも良かった。
ただただ、初めて見た少年らしい挑戦的な笑みに、エミリエンヌは脳天を突き抜ける様な衝撃を味わい、無事に床に倒れ伏した。
その後、大慌てでフェルディナンが両親達を呼び、事なきを得たのは実に幸運なことだった。
「お前、一日に一回は倒れねえと気がすまねえの?」
「いやですわ、フェル様。あなたが、あなたが私の心臓をクリティカルにときめきで刺してくるからですわよ?」
「……」
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