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プロローグ どうやら私、異世界に転生したようですわ


 ごっつんっ!



 そんな爽快で痛快な打撃音が、エミリエンヌの頭上で鳴り響いた。

 次いで、ごっとんと分厚い辞書が床にばらばらめくれながら倒れ伏す。

 きゃー! お嬢様ー! というメイド達の悲痛過ぎる悲鳴が聞こえてきたが、エミリエンヌはそれどころではない。がんがんに鳴り響く激痛が、頭の中を物凄い勢いで駆け巡る。

 このまま、どったりと恥も外聞もなく床に倒れ込んでしまいたいが、エミリエンヌはもう十歳。意地でも耐えてみせると変な見栄を張り、何とか頭を押さえながら意識を保った。

 だが、涙はこらえ切れなかった。ぽろぽろと無様ぶざまに零れる涙が悔しくて、こんちくしょう、とダメージを与えてきた分厚い辞書を力の限り睨み付ける。


「大丈夫ですか、お嬢様!」

「す、すぐに医者を!」

「せんせーい! せんせーい! お嬢様が! 凶器の辞書に食べられました!」

「せっかくのかわいい頭が! 早くしないと割れてしまいますっ!」


 まだ割れていない。


 そんなツッコミも追いつかないまま、エミリエンヌは更に頭痛が酷くなっていく。

 ああ、これはもしかして死ぬのだろうか。そんなありえない――けれど現実味を帯びた妄想まで広がっていった。

 しかし。



『ねえねえ、エミ! これこれ! 見て見てー!』



「――っ⁉」



 突如とつじょ、頭の中に、恋に恋する女の子の様なはしゃいだ声が鳴り響く。


 しかも、聞いたことがないはずなのに、何故か聞き覚えがあった。

 何だ、と目を見開いて、エミリエンヌは降って湧いてきた記憶を凝視する。――あまりに、かっ! と目を見開きすぎてしまったため、メイド達が更に「お嬢様ー!」「まさか、衝撃で可愛らしい目までもが外にお零れに⁉」と変な方向で心配されてしまったが、今はそれどころではない。


『このキャラ、カッコ良いでしょー! すっごいカッコ良いでしょー! さいっこうでしょー! これ以上良い男なんていないよねー!』

『周りで聞いているクラスの男子が泣いているわよ』

『でねー! 聞いて驚いて! このキャラ、王太子なのよ! サミュエルっていうんだけどね、その名前もカッコ良いでしょー! 地位もあって、名前まで品があって、しかも優しいのに好きな人にだけはぶっきらぼうで不器用っていう、そのギャップがまたいいのよねー! もう、さいっこう! カッコ良い! 愛してる! きゃー!』

『はいはい。良かったねー』

『もう! エミはいっつもクールなんだから! この「――――――――」っていう少女漫画、今すっごい流行ってるんだよ!』

『そうなんだ。私、ゲームの時間だから帰るね』

『まだ! 学校終わってない!』


 もーう、と興奮気味に騒ぐ少女に、エミと呼ばれた己は、また始まったかと呆れて溜息を吐くばかり。

 何故、エミと呼ばれた少女が自分だと思ったのか。エミリエンヌは疑問に思ったが。



『はーあ。エミも、少しは少女漫画に興味を持ってくれればいいのにー。いっつも趣味が違うんだから』

『RPG最高。RPGのキャラで騒いでくれるなら、話をしてあげる』

『私、ゲームは苦手なんだもん。……あ、でもこの前エミがプレイしてた黒髪の子はカッコ良かったー』

『当然でしょ。あれは私が鍛え上げた最強で最高の魔術師。あれだけ手塩にかけて育てた彼がカッコ良くないわけがない』

『うん。エミに普通のカッコ良さを求めた私が馬鹿だった』


 失礼な。


 ジト目で抗議する己に、「でもそんなエミが面白いんだよね」と臆面おくめんもなくはにかんでくる少女。


 ――ああ。私はこの子を知っている。


 性格も好みも何もかも正反対の自分達。

 それでも一緒にいると面白くて、いつしか親友になっていた。

 エミ。それは、エミリエンヌの昔の名前。――エミリエンヌになる前の、前世の名前。

 そして、彼女はルミ。名前は一文字違いだねと笑い合った記憶がある。


 そうだ。



 ――私は、異世界転生っていうやつをしたんだ。



 エミリエンヌがいるこの世界は、剣と魔法が存在する。

 そのファンタジーの様な世界が、地球のはずがない。

 ああ。

 そうか。



『――エミ……っ!』



 エミは、死んだのだ。

 あの日。ルミと一緒に歩いた帰り道で。コンビニに向かって突っ込んできた車にぶっ飛ばされて。



 サミュエルという王太子がいるこの世界。

 ルミが大好きだと言っていた少女漫画に、エミことエミリエンヌは異世界転生したのである。



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