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第2章 異端の資格者③ 言葉で世界を変える

いつもご覧いただきありがとうございます。


第2章③「言葉で世界を変える」では、ついに主人公・桐生結鶴が「名前を明かして」立ち上がります。

法と技術、そして意志。

資格者として、内部者として、彼女は“静かな告発”を公然の行動へと変えていきます。


理事会の決定。企業の反撃。内部の裏切り。

そのすべてを越えて、「言葉」という武器で世界を動かそうとする彼女の一歩を、ぜひ見届けてください。

「この契約、メーカー側が一方的に握っているような構造じゃないか」

 理事の一人が唸るように言った。

 だが、別の医師理事が食ってかかった。

 「そもそも機器の安定性やブランド力を考えれば、久我を選ぶのは当然の判断だ。

  契約の細かい文言に過敏になるより、実績を信頼すべきではないのか?」

 そこで、また一人。現場上がりの理事が静かに口を開いた。

 「過敏じゃない。これは、“予見できた事故を放置した”と後で責任を問われるレベルの話だ。

  とくに“点検偽装の痕跡”と“保守不履行の記録”が事実であれば――これは、危険すぎる」

 

 会議室の空気が、揺らいだ。

 “技術の話”が、“法的リスク”へと拡張された瞬間だった。

 

 資料には、あえて専門用語のすぐ後に解説をつけた。

 たとえば:

PEEP(呼気終末陽圧)

 → 人工呼吸器で、肺を潰れにくくするために呼気の終わりに少し圧をかけておく設定のこと

独自プロトコル

 → スマホでいうと、アンドロイドとiPhoneが別々の充電器しか使えないような状態

保守契約の承諾条項

 → “故障しても、勝手に修理できない”という一方的な制限

 

 専門性と説明が並列されていたからこそ、多くの理事が“読めてしまった”。

 それは逆に、誰もこの資料の“意味”から逃げられない構造を生んでいた。

 

「……この提案、検討に値する」

 祖父・桐生清澄が、ついに口を開いた。

 その声は、淡々としていたが、明確だった。

「久我との提携案は、一旦、保留とする。

 リスク分析を追加で実施し、現場の意見を再度集約せよ。

 その上で、再提案を求める」

 

 ――勝った。

 決定ではない。だが、最悪の未来が“いったん止まった”。

 資料が届いた。言葉が届いた。

 そして、構造が、わずかに“軋み始めた”。

 

 私はその日のうちに、YUNOの端末にアクセスしてログを確認した。

 匿名通信で一通、短いメッセージが届いていた。

 > よくやったな。次は、こちらから“仕掛ける”番だ。

 > ――阿久根

 

 戦いは続く。

 だが今、私は確かに、この医療機構の構造の“内部”に、足を踏み入れた。


 理事会での提携保留決定から数日。

 私の周囲の空気は、明らかに変わりつつあった。

 大学院では、教授陣からの視線が妙に増え、学内の一部関係者には「桐生会の“波風娘”」と呼ばれているらしいと、風の噂で聞いた。

 けれど、それよりも気がかりだったのは――YUNOに対する不穏な異変だった。

 

「……データ、止まってる?」

 画面上のリアルタイムログが突如フリーズしたのは、午後三時すぎ。

 市立病院と接続されていた端末群が、一斉に通信エラーを起こした。

 ネットワーク遮断。

 アクセス拒否応答。

 ログ上書きの痕跡。

 「これ、外部要因じゃない……誰かが、YUNOに“手を入れた”」

 

 私はすぐに市立病院に連絡を入れたが、戻ってきた返答は驚くべきものだった。

 > 「本日より、久我メディカル社がネットワーク保守を全面的に担うことになりまして……」

 > 「それに伴って、外部接続についてはいったん見直しが入りました」

 > 「おたくのシステムは、正式契約ではないですよね?」

 

 喉の奥が焼けつくような感覚。

 ──これが、“反撃”だった。

 理事会では提携が保留された。

 だが、その裏で水面下の調整が続き、既成事実として“久我の現場入り”が始まっていた。

 

 陽斗が怒りをあらわにする。

「ふざけんなよ。正式採択されてもないくせに、先に現場を押さえるって、どういうことだよ……!」

「権限じゃない、“手回し”だよ。

 久我は理事会を止められても、“現場側のライン”から押さえに来てる」

 

 私は手を震わせながらPCのコードを叩いた。

 通信ポート、プロトコル、認証キー――すべての経路が塞がれ、YUNOはただの箱になっていた。

「これじゃ、センサーも稼働記録も全部“ブラックアウト”」

 陽斗が画面を覗き込み、眉をひそめる。

「……見て、アクセスログ。

 昨日、YUNOのデータベースに“新しいアカウント”が作られてる」

「誰?」

「管理者権限で“上書き操作”が入ってる。しかもIPが法人本部……つまり、内部の誰かが、久我に“鍵”を渡したってことだ」

 

 私は、目を見開いた。

 桐生会の中に、久我と繋がっている“裏切り者”がいる。

 それも、理事会が止まった今なお、YUNOを潰そうと動いている誰かが。

 

 私はその場で決意した。

「全ログをバックアップして、内部監査に持ち込む。

 このままじゃ、YUNOだけじゃない。現場の人命すら、誰かの都合で握られる」

「おい……大丈夫か? 下手すれば、もう逃げ場ないぞ」

「最初から、逃げるつもりなんてなかったよ」

 私は静かに言った。

 「ここが、“戦場”だって、最初から分かってたから」

 

 すでに穏やかな解決の余地はなくなった。

 だが――それでこそ、私がこの世界にいる意味がある。

 資格も、技術も、言葉も、

 守るためじゃない。突き崩すためにある。

 

 “構造の闇”が牙を剥いた今こそ、

 私は、“桐生結鶴”として、真の覚悟を持って立ち向かう。


 翌朝、私はスーツに袖を通し、髪をきちんと結った。

 白衣ではない。医師でもない。

 けれど、これは私の“正装”だった。

 手にしたのは、バックアップされたYUNOのログデータと、契約書類の写し。

 そしてもう一つ――司法書士として、自分自身で作成した法的意見書。

 表題はこう記した。

 「外部事業体による情報インフラの独占的掌握と、それに伴う医療法人の法的リスク」

 難解なタイトル。けれどその中身は、明確な“警告”だった。

 ・非公式な管理権限の譲渡

 ・同一法人内での操作記録の不正改変

 ・契約上の説明義務の不履行

 ・結果として起こりうる“患者の被害”と法人の法的責任

 

 私はその書類を携え、桐生会本部の監査部門へと足を踏み入れた。

 受付で名前を告げると、担当者が一瞬だけ眉を上げた。

「ご本人が、来られるとは……」

「資料は、匿名で送るべきものでした。でも今はもう、名前を出さなければ伝わらない段階に来ています」

 私は、机に書類を置いた。

「これは、技術者としての報告であり、司法書士としての意見であり、そして桐生会の一員としての“内部告発”です」

 その言葉に、室内の空気が一瞬、止まった。

 

 誰かの娘、孫、家族ではなく、

 私は、今この瞬間、自らの名でこの組織と向き合っている。

 

「貴女は、戦う道を選ぶのですね」

「ええ。

 でも、それは誰かを傷つけるためではありません。

 見えないところで“壊れている構造”を、正面から問い直すためです」

 

 司法書士――それは契約と責任の管理者。

 臨床工学技士――それは命を支える“無言の装置”を守る職。

 そして私は、その両方を持っている。

 

 数時間後、私の提出した資料は正式に“監査対象として受理”された。

 そのことを知らせるメールを受け取ったとき、私は一人、屋上の風を浴びながら、ゆっくりと目を閉じた。

 静かな空。

 だが、私の中には、はっきりとした“音”が響いていた。

 

 それは、YUNOのセンサーが拾い損ねた、

 誰の耳にも届かない、“革命の鼓動”だった。

 

 ここからが本当の始まりだ。

 私は、資格で戦う。

 技術で守る。

 そして、意志で構造を変えていく。

 

 ――名を伏せずとも、恐れずに。

 私は、“異端”ではなく、“旗印”となる。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


この章は、物語にとってひとつの転換点となります。

「匿名」から「実名」へ。

資格者として、ひとりの人間として、結鶴が組織と真正面から対峙する“宣戦布告”の回でした。


見えない力に抗うのは、決して派手な戦いではありません。

それでも、誰かの声が、構造を揺るがす起点になると信じて――


次回、さらに深まる攻防と、結鶴自身の覚悟を描いていきます。

引き続き応援よろしくお願いいたします!

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