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第5章 記録が裁く日② 告発と抑圧

今回もお読みいただきありがとうございます。


第5章②「告発と抑圧」では、ついに結鶴が提出したログと記録が“公式な検証対象”となります。

これは医療法人内での前例を覆す、大きな前進。


しかし同時に――

その動きに対して、構造が本格的な“封じ”に出始めます。

契約、特許、政略的提案……力を持つ者たちが水面下で動き出す、緊張の章です。

「君の提案が通れば、法人は不安定になる。

 理想を求めて、守るべき医療が壊れても、本末転倒ですよ」

 

 私の心は揺れなかった。

 壊すのではない。

 私は、“隠して築いた構造”を一度洗い直し、

 本当に守るべきものを取り戻すだけ。

 

 その夜、陽斗が送ってきたメッセージに、私は短く返した。

 《理事会、記録受理。久我 悠臣、動き始めた。》

 そして、ひとことだけ。

 《こっちは、ここからが本番》


 理事会の翌日。

 私は、法務室で一通の文書を受け取っていた。

 ――「記録に基づく契約再評価の一次検証、着手承認」

 差出人は、監査部次長・三輪拓也。

 提出資料が正式に“調査対象”となった証明だった。

 

 「ついに……通ったんですね」

 

 私が呟くと、隣で資料を確認していた杉原達人が眼鏡越しに頷いた。

 

 「今回の件、法的にはまだ“問題提起段階”にすぎない。

 けど、監査部が正式に動くとなれば、“法人としての自浄機能”が試されることになる」

「三輪さん、意外でした。あの人、現場に厳しい人だと聞いていたので……」

「だからこそ、“記録”に説得力があったんだ。

 結鶴さんの提出したログ、法的にはギリギリのところを突いてきた。

 でも、それだけ“本気”だと、あの人も見たんだろう」

 

 私は静かにうなずいた。

 書類の隅には、“臨床記録と法人契約ログとの突合せ調査を要請”とある。

 つまり、現場のログの正当性が、組織的に調べられるということだ。

 

 「……YUNOのログ、間違ってなかったですね」

 ふと、窓際から陽斗の声がした。

 パーカーに白衣を羽織ったようなラフな格好で、彼は珍しく少し照れているような顔をしていた。

 

 「先週の透析室。YUNOのサブセンサーが拾った微細圧変、

 ちゃんと法人側の補助記録と一致してたって。正式なデータ扱いになるってさ」

「つまり、非正規ツールが“診断補助としての信頼性”を獲得したってこと……」

「このまま臨床検証に持ち込めれば、ベンチャーのフェーズも変わるぞ。

 投資話も数件来てる。……けど」

「けど?」

 

 陽斗は少しだけ、真顔になった。

 

 「その動きと一緒に、“警告”も届いた。

 久我メディカルの旧サプライ部門が、YUNOのセンサ回路に“類似特許申請”を出してきた」

「……いわゆる潰しですね」

 

 自分たちが把握したログ構造や制御特性をもとに、

 後出しで“似たような仕様の特許”を出す。

 それは、新興技術を潰す古典的な手口だった。

 

 「今、うちの顧問弁護士が対応してる。けど、これ以上法人側が絡んできたら……」

「もう、“契約”じゃなく“特許”で封じに来てるってことですね」

 

 構造は、あらゆる形で牙を剥く。

 契約、圧力、婚姻、今度は知的財産――

 それでも私は負けない。

 

 私はバッグから、新たに準備していた一冊のバインダーを取り出した。

 

 「これ、次の理事会で出します。

 “法人による契約外の知財妨害行為の疑義”として」

「……ほんとに、止まらないな、君は」

「止まったら、“記録する意味”がなくなるから」

 

 陽斗は笑いながら頷いた。

「だったら俺も止まらないよ。

 開発も、技術の精度も、ここからが本番だろ?」

 

 その言葉が、背中を押してくれた。

 私たちは、資格と技術と記録で――

 “構造”に、正面から挑んでいる。

 

 週明け、思わぬ方面からの連絡が入った。

 桐生会とは関係のない――外部の現役医師からだった。

 

 「YUNOっていうローカルログシステム、使ってみたいという意見が出ています」

 「きっかけは、透析室の“あの件”ですね。SNSでも業界誌でも、小さく取り上げられましたよ」

 

 連絡をくれたのは、都内の公立病院で働く若手内科医・安東 あんどう・あきら

 学部は違うが大学時代の先輩で、在学当時から“現場の技術と記録”に理解があった人物だ。

 

 「結鶴。お前が、記録で医療を変えようとしてるって聞いて……素直に、痺れたよ。

 俺も、患者の顔を見てる以上、ああいう技術を使えたらって思うからさ」

「ありがとうございます。……でも、それを“構造が許さない”のが現実です」

「なら構造ごと見せてもらうよ。お前が記録を投げてくれるなら、こっちは声を挙げるから」

 

 味方が増えていく感覚。

 それは、小さな炎が風を捉えて揺らめき始めたような感触だった。

 

 そして翌日。

 医療メディアのニュース欄に、YUNOの技術に関する小さな記事が掲載された。

 > 「ローカルログ解析が命を救う?

 > 桐生会で導入中の補助診断技術“YUNO”が検出した異常波形とは」

 

 記事は短く、実名も伏せられていた。

 だが、現場の技士や看護師に共有されたその一文は、

 確かに“耳を傾ける価値のある技術”としてYUNOの名を刻んだ。

 

 だがその数時間後、私は理事長秘書室から呼び出された。

 

 応接室に現れたのは――

 鷹谷 航と、一人のスーツ姿の女性。

 

 「紹介しよう。“葉山 碧人”氏の代理である法務統括補佐・藤村です」

 「葉山氏はグローバル医療戦略投資ファンド“Vera Axis Japan”の次期代表として、

  YUNOへの出資検討を行っています」

 

 私は瞬きもせず、その言葉を聞いた。

 Vera Axis――

 それは、医療AI、遠隔診断、予知メンテナンスといった分野で急成長する投資ファンド。

 外資でありながら、日本の医療法人への“提携型投資”を打ち出し、

 “技術と人材を一括で引き抜く手法”で知られていた。

 

 「桐生さん。私たちは、あなたの技術と視点に興味があります。

 この法人で抑圧されるのであれば、別の舞台で自由に展開されるべきかと」

「つまり、“法人を出ろ”と?」

「いえ、選択肢を“広げる提案”です。

 あなたが真にやりたいこと――それが“制度の中”で叶わぬのなら」

 

 そこに、鷹谷が言葉を継ぐ。

 

 「久我 悠臣氏が副院長となれば、構造の安定化が図れます。

 桐生会の中であなたが動く余地は、結果的に限定される。

 ならば別の環境で、独立事業として展開するのも一つの道かと」

 

 そのとき私は、静かに笑った。

 

 「あなた方は、“私はここから出て行く”前提で未来を描いているんですね」

「未来は、静かなほうが長続きするものです」

「でも、現場は静かじゃない。

 記録も静かじゃない。

 ……だから私は、ここで続けます。

 すべてが明らかになるその時まで」

 

 藤村は礼儀正しく頭を下げた。

 しかし、その目は明らかに次の一手を計算していた。

 

 政略も、投資も、封殺も。

 けれど結鶴は、“ここ”で闘うことを選び続けた。

 

 その週の金曜午後、研究棟の一室に呼び出された私は、

 そこにいた人物を見て、一瞬だけ目を見張った。

 

 「初めまして。葉山 碧人はやま・あおとです」

 スーツ姿にさりげない高級腕時計。

 眼差しは冷静で、どこか距離を測るような雰囲気を持っていた。

 だが不思議と、それは不快ではなかった。

 

 「先日の藤村からは聞いています。

 直接あなたにご挨拶したくて――YUNOの思想と、あなた自身に」

 

 私は軽く頭を下げた。

「ご興味いただき光栄ですが、現時点ではお受けする理由がありません。

 私は、桐生会の現場で、必要なことを続けたいだけです」

「必要なこと――それは“戦い続けること”ですか?」

 

 その問いは、あまりにも真っすぐだった。

 思わず、言葉が詰まる。

 

 「あなたは今、構造に抗い続けている。

 その姿勢は尊敬に値します。ですが、正義の代償に、

 あなた自身の時間や幸福をすべて差し出す必要はないとも思うのです」


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。


記録が評価された瞬間、それを潰そうとする動きも始まります。

後出しの特許、資本による誘導、表面上は「提案」でも本質は“囲い込み”。


しかし、結鶴はそれでも“ここで闘う”ことを選びました。

彼女が信じるのは、「現場で使える技術」と「現場に残る記録」。

だからこそ、外に逃げるのではなく、組織の中で声を上げる道を選んだのです。


物語は、次章でさらに重大な局面を迎えます。

どうか見届けてください。

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