乙女ゲー世界に転生してしまったので、本格的な恋愛バラエティ番組を配信し始めたら、いくらなんでも大ヒットし過ぎたのですが
「ぎゃぁぁあああ!!!」
あの日、僕はトラックに轢かれて無様に死んだ。高校二年生の冬だった。
受験勉強をしなくて済んだのは良かったなと思う反面、あれ人生終わったから別に何も良くなくねと思った。
いや、そんな事はどうでも良くて。
なんでトラックに轢かれて死んだのにも関わらず、そんなことを考えれるのか───答えは一つ。
死んだと思ったはずが、生きていたのだ。
正確には異世界に転生していた。
というか、生前にガチでやり込んでた乙女ゲーの住民になっていたのだ。
いやなんでだよ。おかしいでしょ。
なんたよ乙女ゲーの住民に転生って。
そうツッコミたくなったし、夢かと思った。が違ったようである。頬を引っ張っても叩いても痛いだけ。これは紛れもない現実だった。
「全くさ、困ったもんだぜ」
しかも、結構位の高い貴族の息子にときた。この世界の元なったであろう乙女ゲーでも一応登場するが、モブであるキャラだ。
とはいえ、貴族。
さぞかし贅沢な暮らしが出来るぜと当初は思ったものの、いや貴族ってめんどくさいな。
と、最近気がついた。
貴族としての威厳を保つルールやら、細かいマナー、ノブレスオブリージュ。日本で庶民として生きていた僕にしてみれば、常識はずれのことばかり。
ゲームの世界に貴族として転生したと舞い上がっていた昔の自分が馬鹿みたいだ。
「アルマ、お前は私の仕事を継いで、このロングウッド家の当主となり伝統を守るのだぞ」
「えっ」
「既に婚約相手は決まっている。ロングウッド家と代々付き合いのあるメレー家の令嬢だ」
こんな風に。
将来結婚する相手は勝手に決められているし、いや困るって。誰だよメレー家の令嬢て。
庶民ではなく貴族は、上が決めたレールに従って人生を歩んでいく。
それって、つまらないよなあ。
それにトラックに轢かれて死ぬ前、僕には夢があった。自分は平凡な普通の高校生だったが、普通なりに夢があった。それは『小説家』だ。
いや、小説家じゃなくても良かった。
漫画家でも、脚本家でも、監督でも。
とにかく誰かを感動される物語を創造したかった。
そんな夢を持っていたのだ。
でもその夢が叶うことはなく、僕は道半ばで死んだ。道に一歩踏み出る事さえ出来なかったとさえ言えるかもしれない。
それが、あちらの世界に残した唯一の心残り。
「お父様」
「なんだ、将来に対して決心がついたのか」
「申し訳ないのですが、僕は家を継ぎません」
「……なんだと?」
「身勝手かもしれないですが、僕にはやりたい事があるのです」
とはいえ。
どれだけ後悔したところでもう遅いのだ。だから、その夢を──コチラで叶えることにした。
舞台は乙女ゲー世界。本当にお嬢様やお姫様、王子様がいるようなファンタジーな世界。
そして作るのは感動する物語。
土台は盤石だった。
「──それは許さん」
「ならば家を出て行きます」
「……そこまでか。では聞くが、何をするつもりだ」
「人を感動させる仕事をします」
「人を感動させる仕事、だと?」
思わずオウム返しをする父。
この世界に来てから約十年以上が経過していた。だから彼の性格はよく知っている。
ゲームではモブすぎてほぼ情報がなかったが、この世界の住人となった今、僕はそれを知っている。
彼は貴族の中でも地位を築いている所の当主なだけあって、頭のキレは確かだった。
頭ごなしに怒鳴るタイプではない。
怒鳴りはするし、それで何回か精神年齢は大人な自分にも関わらずギャン泣きしたことあるけど。
「人を感動させる仕事です。物語を作ります、いや、"作らせる土台を作ります"」
「……というと」
「ずばり、僕がやりたいのは──」
この世界の技術力ではアニメとかは難しい。一番手っ取り早いのは小説なのだろうが、せっかくの乙女ゲー。
魅力ある人物がたくさんおり、それらの性格や人並みを理解している自分がいるのだ。
ただそんな事をするのは勿体無い。
この世界を最大限活用して、人の心に響く物語を作るとしたら──それはつまり。
「恋愛バラエティショーです」
ここはファンタジー。当然、魔法が存在する。投影魔法や撮影の魔法があるので、番組を作ることは問題ない。
「恋愛バラエティショー。それはなんだ。劇みたいなものか?」
「そうですね、劇を映像に残して、小説みたいに連載する感じです」
僕は父に説得するように説明をするのだった。
悪役令嬢やら、清楚系やら、様々な令嬢をまず用意する。そして同人数か、少し多い王子や貴族家系の御曹司を呼ぶ。
で、同じ屋敷に住まわせる。
その屋敷の中では好きに会話し、好きに過ごせる。
時々イベントが発生して、お出かけしたりする。
その中で"演者"には自由に恋愛をしてもらう。そこには貴族のしがらみなどは存在しない。
好きに選び、好きに断る。
一体誰がくっつき、どんな悲恋が、どんなハッピーエンドが待ってるのか。
それを細切りにして映像として残し、小説のように連載する。
それが、
「それが僕の考える、僕のやりたい恋愛バラエティショーです」
「…………」
父は腕を組んでいた。
目を瞑る、険しい顔をしていた。
……これは、ダメなやつか。
やっぱり、この夢は無謀すぎた───、
「素晴らしい! 我が息子アルマ。ちょっと待て、お前天才すぎるぞ」
「……え?」
え、今なんて言ったこの親父。
「やばいうちの子天才すぎ。待ってヤバい! ウソでしょー!?」
聞き間違い、じゃないよな?
父は声を荒げながら、ハイテンションにジャンプしていた。
「な、なっ……っ!?」
待て待て待て、こんなリアクション情報にないぞ。僕が十数年かけて築いてきたデータが一瞬にして崩れ去る。
「アルマ、やろう。お前は好きな事をするんだ。金は俺が出す。俺が出したい! 出す他ない! 他の暇を持て余してやがる貴族連中にも出資させてやる!!!」
「お、お父様、それは言い過ぎですよ……」
思わず謙遜してしまう。
何か言い返されたら、キッチリ反論してやろうって思ってたのに。
思っていたのに!
思っていたのと違うよ!
父さん!!!
「いくぞアルマ、ついてこれるか───」
「ついてこられるか……じゃねぇ! テメェの資金こそついてこいッッ!!」
某ゲーム(これはギャルゲーなのだが)を彷彿とさせる会話をするぐらいにはその場は盛り上がっていた。
ま、まあ……予想していた展開とは大きく外れたけれど、結果オーライだろ。
父さんは資金を出してくれるし。
あとは僕が頑張るだけだった。
やってやるぜ!!
◇
それから一年後のことである。
アルマ・ロングウッドが監督を務める新体験型連載劇、つまるところ恋愛バラエティショーは瞬く間に国中に広まった。
メインの登場人物は全員で7人。
男4人に、女3人という構成である。
第一部は金に困窮したギャラ目当ての弱小貴族の令嬢や子息しか出演してくれなかったものの、ドロドロとした恋愛や夢を追いかける必死な人間の成長劇が民衆の心を居抜き、大ヒット。
おかげで第二部からは、第一部で有名なった令嬢や子息だけではなく、国の中でも有数な貴族の人たちが出演してくれた。
投影魔法付きの板───まあつまるところ、魔法版テレビも独自に販売を開始し、それも飛ぶように売れた。
少なくともバーなどの大衆居酒屋に行ったりすると、テレビが置いてあり、そこではうちの恋愛バラエティショーが放映されている。
大衆の娯楽にまで発展してくれた訳である。
夢が叶った訳である。
そんな大ヒット恋愛バラエティショーの名は、
『誰かの恋人になりたい人生でした』。
略して『誰恋』。
それは、この世界そのものであり、僕が昔やりこんでいたこの世界が舞台の乙女ゲーのタイトルであった。
もうすぐ、第三部が始まろうとしている。
国民のみんなが期待している。
僕も、そのうちの一人だった。
第三部のキャッチコピーは『君が主人公』。
そして正真正銘、乙女ゲーの主人公であった『少女』が第三部には演者として登場する。
一体彼女が、どのような恋愛を披露してくれるのか。
彼女はこの物語でも主人公になりうるのか。
それは分からない。
だが、
この物語は誰でもない、"君"らがそれぞれの主人公なのだ。
僕は監督して、それを見守り続けるだけ。
さあ始めよう。
最高の恋愛バラエティショーを。
暇つぶしになれば嬉しいです。