第8話 日支夫、大根やぐらを作る
タクアン作り二日目。
今日は大根を干すため、大根やぐらを作っていく。
大根やぐらを作る手順としては、まず大根を洗って土などの細かい汚れを落とす。
綺麗にしたら葉っぱ同士を紐で結び、竹などで組んだやぐらの枠組みにどんどん大根を掛けていく。
後は冬の寒風と太陽光を浴びせ、大根の重量が元の三分の二になるまで水分を飛ばす。
約二週間ほどで、旨味が凝縮した干し大根が出来上がるという流れだ。
文字にすると簡単だが、なかなかの重労働である。また寒風吹きすさぶ中に屋外で作業するため、心身ともに過酷でもある。
だが上手いタクアンを作るには、この作業は必須。だからしっかりと着込んで、日支夫たちは表へ繰り出した。
……と思っていたら、民子がいない。
「おい、なんで民子がいねーんだ?」
「馬鹿野郎、妊婦にこんな重労働をさせられっか! 民子は樽の準備しとるわ」
諸見里が日支夫にげんこつを食らわせた。
「妊婦? 誰が?」
「民子に決まってんだろ!」
「はあ? あんなババアが妊娠できんのか?」
「失礼だぞ!」
日支夫はまたげんこつを食らった。
「日支夫さん、知らなかったんですか?」
衝撃の事実を知っても、糀次はちっとも驚いていなかった。
「お前知ってたのか?」
「はい、昨日本人から聞きました。ていうか、体型でわかりませんか?」
「いや、中年特有の太り方だと思って……」
「はは、日支夫さんって本当に失礼ですよね!」
「お前もたいがいだけどな」
ここで日支夫はふと思った。
「ていうか、民子って結婚してんの?」
「たりめーだろ」と諸見里。
「すげー物好きがいるんだな。相手は誰?」
「セドリックだよ」
「誰?」
日支夫は本気でわからなかった。
「僕たちが召喚された日に、漬物石を持ってた神官の方ですよ」
「ああ、アイツか!」
顔を覚えていないが、なんとなく存在は覚えていた。
不老長寿なエルフなので年齢不詳だが、見た目は確かかなり若い男だった。
「ていうか、旦那エルフで神官かよ! やべーな。宗教的に許されんの?」
「妻帯オーケーらしいですよ」
「種族を超えた、禁断の愛だな」
「こっちじゃ一般的みたいですけどね」
「……なんでお前そんなにこっちの世界の恋愛事情に詳しいんだよ」
まったく動じていない糀次を、日支夫はまじまじと眺めた。
「昨日民子さんやスカーレット様たちと恋バナしたんで」
「ケッ、これだからイケメンはよ!」
「ほら、いいからさっさと働け!」
日支夫は本日三発目のげんこつを食らった。
「糀次も平等に殴れよ!」
そう言った頃には、糀次は屋外に出ていた。日支夫は納得いかなかった。
× × ×
早朝。まだ住民たちが寝静まっている時刻から、日支夫たちの作業が始まる。
まずは井戸で水を汲み、洗い桶を満たす。そこに大根を投下し、たわしでゴシゴシと表面を洗っていく。
綺麗になったら葉っぱを紐で結び、荷台に積んでいく。
ある程度溜まったら郊外の平野に移動させ、木で組んだやぐらに大根を掛けていく。
昨日持ち帰った大根は数百本。これを全部手作業で洗い、積んでいく。
全員が一丸となって取り組むにしても、途方もなく膨大な作業だ。日支夫はくらくらしてきた。
「なあ。水とか魔法でパパッと出せないのか?」
両手に水桶を持ちながら、日支夫が文句を言った。
すかさず諸見里が反応した。
「バカ、自然の水を使った方が上手いタクアンに仕上がるんだよ」
「でもこの水って、ただ洗うだけだろ? 味に関係なくね?」
「……それもそうだな」
「じゃあ僕、ウルルさんにお願いしてみましょうか? 彼女は無理でも、誰か魔法使いにお願いできるかもしれません」
「頼んだぞ糀次! お前はデキる奴だな」
「なんだよ、俺の手柄じゃん!」
「うるせえ! 黙って大根洗ってろ!」
さっそく糀次はウルルにお願いにいった。そばにいた王女が快諾したため、すぐに魔法使いが派遣された。
彼らはたくさんの水を用意してくれたので、洗う作業は思いのほか捗った。
「さすが糀次様。聡明でいらっしゃるのですね」
一同が作業する横で、糀次はウルルといちゃついていた。
「僕じゃなくて、日支夫さんのアイデアですよ」
「さすが勇者様。でも実行した糀次様は、なおさらスゴイ御方ですわ」
(なんで俺は名前で呼ばないんだよ!)
なんてブスくれながら、日支夫はせっせと大根を洗った。
ある程度の大根が溜まったので、糀次が洗いを担当し、諸見里と日支夫が大根やぐら予定地へ移動した。
もちろん荷車いっぱいの大根を携えて。二人がかりで押したが、なかなかの重量である。
「こういうのこそ、牛馬に任せろよ!」
「馬鹿野郎、オイラが操縦できると思うのか?」
「だったら誰かに頼めばいいだろ!」
出発前にギャースカとうるさい日支夫と諸見里。
見かねた糀次がこう言った。
「あの、僕がお願いしてみましょうか?」
糀次がウルルにお願いすると、兵を連れたオリヴィアがすっとんできた。
「力仕事とあらば、お任せあれ!」
積み込みや荷車の牽引など、屈強な兵士たちはやすやすとこなしてくれた。
「オリヴィアはいらないんじゃない?」
ウルルがオリヴィアのそばで呟いた。
「何を。陣頭指揮する者が必要だろうが!」
「だいたい姫の護衛はどうしたのです。最も重要な役目のはずですが?」
「それは大丈夫だ。姫様もこちらにいらっしゃってるからな」
オリヴィアが指さした。
糀次の隣に、スカーレットが寄り添っている。
「あなた、姫をそそのかしたのですか!」
呆れるウルル。しかし姫がスッと手を差し出して制止した。
「いいのです。タクアン作りを見守るのも、姫の勤めですもの」
「姫、なんておいたわしい……!」
ウルルは感動で瞳を潤ませた。
「さあ皆さん。それぞれの業務に励みますわよ」
「はい!」
と、なんかイイ感じにスカーレットは〆た。
だが三人は糀次のそばから離れようとしない。
(結局イケメン目的じゃねーか!)
日支夫は四人の中に乱入してやりたかった。しかし諸見里がうるさいので、渋々荷車と一緒にその場を離れた。
場外に出たら、やぐらを組んでいく。
やぐらの材料は歴年の枠組みがあるので、組み立てるだけでオーケー。しっかり紐で固定してから、大根を掛けていく。
いちいちチマチマと紐を結ぶ作業は、日支夫にとって苦痛だった。指先が太いので、細かい作業が苦手なのだ。
「こら日支夫! サボりたいからって、ゆっくりやってんじゃねーぞ!」
もたついていると、諸見里の怒号が飛んできた。
「うるせえジジイ! 俺は細かい作業が苦手なんだよ!」
「紐すら結べないなんて、とんでもねえ不器用だな!」
「うるせえジジイ、パワハラだぞ!」
寒風で心まで荒み、もはや不平不満が止まらない。行き場のないイラつきをお互いにぶつけ合っていた。
結局日支夫と糀次が交代した。
糀次は指先が器用なので、結びの作業はむしろ捗った。
日支夫はヒイコラ言いながら大根を洗いまくった。
一日が終わる頃、日支夫の手は真っ赤になり、必要以上にズキズキと痛んだ。
完成した大根やぐらは二週間ほど放置する。風雨や鳥獣の汚損に備える必要があるが、警護は部外者でも対応可能。ここからは兵士たちが二十四時間体制で監視してくれるので、日支夫たちは大根に手がかからなくなった。
ここで日支夫は解放された。とはならなかった。