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第7話 日支夫、異世界の洗礼を受ける

 ここで一つ豆知識を。

 タクアンには“白首大根”という品種が使用される。一般的な大根は青首大根なのだが、タクアンには辛味が強く歯ごたえがある白首大根が適している。


 両種の違いは味だけでなく、生え方にもある。

 青首大根は一部が地上に露出しているため、比較的簡単に抜ける。

 しかし白首大根は地上に首を出さず、土をどけてから抜くしかない。


 つまり「抜くのが面倒くさい」ということだ。



 日支夫は小さなスコップを手に、とある畝の前に立ち尽くしていた。


 諸見里や大根農家、近隣住民が一丸となって、これから大根を掘る。

 その周囲を兵士たちが取り囲んでいる。かなりシュールな光景だった。


「なんなんだよ、これ……」

「こら日支夫ぉ! いいから手を動かせぇ!」


 隣の畝から諸見里の怒声が届く。

 仕方なく、日支夫も大根を掘り始めた。


 土をどかしてもすぐには抜けず、体重をかけて大根を少し揺さぶる。上手く抜ける時もあればビクともしない時、逆にポッキリ折れる時もあって、日支夫は四苦八苦した。



(兵士たちも手伝えばさっさと終わるのに!)


 そう思っていると、突如ギャーギャーと騒がしい鳴き声が聞こえた。

 カラスの声にしては声が低い。


(異世界カラスとか、亜種がいるのか?)


 ほくそ笑みながら空を見ると、ヘリコプター並みに巨大な怪鳥が畑に大挙していた。


「ギャー!」

 日支夫は尻もちをついた。結構強く尻を打ち、痛みでしばらく立てない。


「なななな何だよあれ!」

 日支夫は取り乱すが、諸見里は平然としている。


「ああ、魔王軍の刺客だな。毎年こうやって邪魔しにくるのよ」

「ににに逃げなきゃ」

「馬鹿、何のために兵がいるんだよ。魔法使いが結界貼ってるし、気にしなくていいぜ」


 諸見里が言ったことは本当のようで、怪鳥がある程度まで近づくと、光の壁にぶつかって押し戻されている。口から火を吐いても、熱さすら伝わってこない。

 みんな信用しきっているようで、収穫組は何食わぬ顔で畑に向き合っていた。


「おいおいおい、正気かよ……」


 巨大な鳥の怪物に襲われながら大根を抜くなんて、普通だったらできないだろう。 日支夫は確かにそう思っていた。



 だが慣れないのは最初だけで、案外すぐに慣れた。



 爆音や奇声は延々と続くが、音だけなら大した被害はない。まあ多少不快ではあるが、一心不乱に大根を抜いていれば、雑音も気にならなくなった。


(どうせ安全なんだし、だったら気にしない方が楽だな。それに、さっさと終わらせればいいだけだ!)

 そう切り替えられたら、日支夫は大根を抜く作業に集中できた。


 同じ作業の繰り返しが瞑想として作用し、一種のトランス状態になっていたのかもしれない。ただ目の前の大根をひたすら抜いていたら、いつの間にか収穫が終わっていた。その頃には、我ながらびっくりするほど大根抜きがうまくなっていた。



「いやー、今年も大収穫だねえ!」

 うず高く積まれた大根を見て、諸見里は愉快そうに笑った。


「ここからタクアンにちょうどいい大根を選ぶぞ。三分の一くらいに縮むから、小さすぎるのはいけねえ。あと味が染み込みにくいから、大きすぎるのも外しとけよ」


 諸見里は見本となる大根を一本選び、日支夫の前に置いた。これに似たものを探せとの指示だ。


「そんな都合いい大根あるかよ」


 だが不思議なことに、ダメな大根を抜いていくと、ある程度それっぽい大根が手元に残った。

 最初は諸見里がダブルチェックしたが、すぐに一人で選別できるようになった。



 黙々と大根を選別していると、だんだん気持ちが腐ってくる。だから日支夫と諸見里は、とりとめのない雑談をしながら大根を仕分けていった。


「そういやあの鳥の化物って、毎年襲ってくるのか?」

「そうだよ。魔王軍も本当に懲りねーよなあ」

「でも大根畑って、ここだけじゃないんだろ? 国中の全大根畑に攻撃するなんて、魔王軍も案外暇だな」

「いや、襲ってくるのはここだけだぜ」

「は? 他の畑は襲われねえの?」

「そうさ。きっとここがタクアン作りに欠かせねえ重要な大根畑って連中は知ってんだよ。ダメになっちまった時の保険も兼ねて色んな産地の大根を使うんだが、女神様に召し上げられんのは、いつもこの村の大根を使ったタクアンなのよ。きっと最初に奉納したのが、ここの大根だったからだろうな。女神様から見ても、よっぽど上手いんだろうぜ」

「じゃあ全部の収穫が終わるまで、兵士たちが村に常駐すんのか?」

「いや。襲ってくるのは大抵初日だけだ。だから明日には兵士も帰るだろうぜ」



 そこで日支夫は素朴な疑問が浮かんだ。

「なあ、それって勇者が狙われてんじゃねーの?」

「あんだと?」

「だって収穫初日に、この村だけが襲われるんだろ? 本当に妨害するなら、収穫前に畑をダメにすりゃいいだけじゃねえか。それなのに、なんで面倒なことするんだよ。なんか収穫前に仰々しい神事とかしてたし、狼煙みたいなの焚いてたし、それが魔王軍への合図になってんじゃねーの? じゃなきゃピンポイントで、初日の収穫時だけを襲えねえよ」

「けど、大切な伝統で……」

「ジジイさ、農家への迷惑云々とか言ってたけど、俺たちが来ない方が、よっぽどこの村の迷惑にならないんじゃね?」


 不平不満をぶつけたわけではなく、日支夫は純粋に疑問に思っただけだった。

 しかし尋ねられたきり、諸見里は黙ってしまった。


「どうでもいいが、大根の旬って向こうの世界と一緒なんだよな。最初来た時驚いちまったぜ」

 諸見里が露骨に別の話題を始めたので、日支夫も合わせておいた。

 どうせ深掘りする疑問でもなかったし、諸見里に言って解決する問題でもない。つまりどうでもよかったのだ。


    ×    ×    ×


 目ぼしい大根を荷台に乗せて、一行は城へ帰った。朝早くから始めたが、村を出たのは夕暮れ時。

 蔵に帰ると、糀次と民子が先に夕食を食べていた。


「遅かったね」と民子。

 こたつに入り、サバ味噌煮定食を食べている。


 こたつがあるのも日本食があるのも、漬物作りに必要な設備として、王国側が用意しているのだ。



 だがそんなことより、日支夫は別のことが気になった。


「おい糀次、その女子たちはどうした?」


 糀次に寄り添うように、女子が三人侍っている。

 一人は日支夫にも見覚えがあった。謁見の間で王様のそばにいた、王女スカーレットだ。

 後の二人は姫の護衛である女騎士オリヴィアと、女魔法使いウルルだった。


「人が汗水垂らして働いてる間に、お前は女子とお遊びかよ。マジでいいご身分だな!」


 日支夫が詰ると、オリヴィアが立ち上がった。


「無礼者! 姫様の御前で、なんたる態度だ!」

「よろしいのです、オリヴィア。あなたこそ勇者様にその態度は良くなくてよ」

「失礼いたしました、姫様」


 オリヴィアが反省したのを確認すると、スカーレット姫はこちらに向けて頭を下げた。


「勇者様、大変失礼いたしました」

「いや、いいんだよお嬢ちゃん。全部この馬鹿が悪いんだから。なははは!」


 日支夫に対して言ったのに、なぜか諸見里が受け答えして笑っていた。

 オリヴィアは日支夫の態度の悪さを指摘したのに、諸見里の適当な発言には破顔して笑っている。みんな笑っていて、とても和やかな雰囲気だった。


「おい糀次。なんで姫がこんなところにいるんだよ」

 ぶすくれた日支夫が小声で糀次に尋ねた。


「見学にいらしたんですって。今日から新人勇者がタクアンを作るって聞いたので、どんな具合か確認しに来たらしいですよ」

「それって姫の仕事なのか?」

「さあ。僕にはわかりませんが、国の大事な仕事ですし。ありえるんじゃないですかね」

(絶対そうじゃねーだろ)


 糀次は姫が純粋に見学に来たと信じ切っている。だが日支夫は違った。

 だってどう見ても、姫の目にはハートマークが宿っているからだ。なんならオリヴィアとウルルも、同じような熱っぽい視線を糀次に送っている。


「ちぇっ、どいつもこいつも、そんなにイケメンがいいかよ!」


 日支夫は悪態をついたが、誰も返事をしない。

 みんな糀次のことや今日の作業について話すので、日支夫の愚痴は虚空に消えてしまった。


「クソッ、こうなったら誰よりもすごいタクアンを作って、目に物を見せてやる!」


 日支夫は高らかに宣言したのだが、またもや誰も聞いていない。


 仕方ないから日支夫はこたつに入って、一人で黙々と夕食を食べた。

 なんだか今日のサバ味噌煮は、いつも以上に塩辛い気がした。

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