第6話 日支夫、大根を掘る
おっかさんに会った翌日。早朝から本格的なタクアン作りが始まった。
「しかしタクアンってどうやって作るんだ? ただ大根をぬか床にぶち込んでおくだけじゃねーの?」
一同が揃う朝の朝礼で、日支夫が尋ねた。
「馬鹿野郎! 漬物道はそんなに甘くねえぞ!」
「だからなんだよ、漬物道って……」
まだ眠い日支夫にとって、朝からハイテンションな諸見里にはウンザリだ。
「いいか。まずお前さんたちには、一番の基礎となるタクアンを作ってもらう。他にもシバ漬けとか色々作ってもらうんだが、今は時期じゃねえ。それはおいおい教えてやるから覚悟しとくんだぞ」
「タクアンだけじゃないのかよ!」
「たりめーだろ! タクアンは女神様への供物だが、他の漬物は回復薬として王宮に収めるんだからよ」
「回復薬? 漬物が?」
「オイラたちの漬物はすげえんだぞ! 体力が全回復するだけでなく、保存性・携帯性に優れた最高の回復薬さ。それに腹も満たされて、戦場では引っ張りだこなんだぜ」
戦場で深手を負った兵士たちが、漬物をボリボリと貪る。
そんな姿を想像して、日支夫は 思わず吹き出してしまった。
「話を戻すぞ。いいか、タクアンの作り方だが、まず大根を天日干しする作業から入ってもらう」
「天日干しなんて、ずいぶん本格的ですね」
「さっすが糀次! よくわかってるじゃねえか」
「なんかスゴイのか?」
「その点お前さんはダメだねえ。勉強不足だねえ」
諸見里は頭が痛いとばかりに、額に手を当てた。
「うるせえジジイ!」
日支夫と諸見里が睨み合っていると、糀次が説明した。
「昔ながらのタクアンは、天日干しで作るんです。でも今は塩干しで作るのが主流で、手間がかかる昔ながらのタクアンは、ほとんど作られていないんですよ」
「その通り! 環境や気候もあるし、何より手間がかかる。商売でやるんじゃ、とてもじゃないが割に合わねえってことよ」
「へー」
日支夫の冷めた反応に、諸見里は深いため息をついた。
「お前さんは本当に物を知らねえな」
「ヘイヘイ、わかりましたよ。で、肝心の大根の天日干しってのは、どうやるんだ?」
「なに、そう大変じゃねえよ。葉っぱんところをチョイと結んで、大根やぐらを作るだけさ。召喚やらで作業が遅れちまったし、神殿への納品時期を考えると、明日中には大根束を完成させたいもんだな」
「なんだかわかんねえが、わかったよ」
「じゃあ今日もよろしく頼むぜ、皆々様よぉ!」
「よろしくお願いします」
一同が挨拶して、朝礼が終わった。
早速作業開始かと思いきや、諸見里が糀次を手招きした。
「お前さんは民子さんを手伝ってくれ」
「わかりました」
「おい、なんでこいつだけ別行動なんだ?」
「民子さんは、今からぬか床に使う調味料を用意をするんだ。配合とか色々と覚えてもらわねえとな」
「そっちの方が楽じゃねーか! 俺にやらせろよ」
「馬鹿野郎! 一番大事な作業を、お前なんかに任せるもんか!」
「だったらなおさら<漬けの才>一〇八の俺に任せた方がいいだろ!」
日支夫と諸見里がヒートアップしていると、糀次が日支夫をなだめた。
「まあまあ。民子さんの方が終わったら、僕も天日干しを手伝いますから。それに次作る時は、日支夫さんに調味料の係はお任せしますから。ね?」
「うん、まあ、それなら……」
日支夫は納得し、少し冷静になった。
「まあ私は糀次くんがいいし、適任だと思うけどね。だいたいアンタ、調味料の違いとかわかるわけ? みりんとみりん風調味料が違うって知ってる?」
「ぐぬぬ……」
「キャベツとレタスの違いとか、絶対わからないでしょうね!」
「馬鹿にすんな! 千切りにすんのがキャベツだろ!」
「いいから黙って、お前は大根を運んでろ!」
諸見里は日支夫の首根っこを掴んだ。
「納得いかねー!」
諸見里に連行されて、日支夫は工房を後にした。
× × ×
工房の外に出てもなお、諸見里は歩みを止めない。
王宮の玄関口に向かって、ぐんぐん進んでいく。
「一体どこに行くんだよ。このまま畑にでも行くつもりか?」
「およっ、お前さんにしては鋭いねえ。そうさ、これから大根農家のところに直行さ」
「は? 普通、農家が持ってくんじゃねーの?」
「馬鹿野郎! 農家さんにそんな面倒かけさせられるわけねえじゃねえか。こっちからもらいに行くのが筋ってもんよ」
「マジで馬鹿かよ! 世界平和をかけた大プロジェクトなんだから、全部持ってきてもらえよ」
「お前さん、国内にどんだけ大根があると思ってんだい。全部運び込んだら、王宮全体が 大根に埋まってしまうっつーの」
「どんだけ異世界で大人気なんだよ、大根」
「それに自分たちが漬ける野菜は、自分たちで吟味しないとな」
「やってらんねー!」
悪態をつく日支夫だが、諸見里の腕力に敵わず、ズルズルと馬車まで引きずられていく。
王宮の玄関口に着くと、馬車だけでなく、物々しい軍隊が控えていた。
「おいおいおい、なんだよこの兵士たちは! 大根もらいに行くだけだろ?」
「まあ行けばわかるさね」
諸見里に軽くいなされ、日支夫は馬車に押し込められた。最初はギャーギャー騒いでいた日支夫だが、馬車の慣れない揺れに酔い、すぐに大人しくなった。
× × ×
走らせること数時間。郊外の小さな農村にやってきた。
道の途中から畑が見えるなど、農業一色の村である。
まずは村内に入り、村長に挨拶。
村の小さな教会で勇者来訪と収穫祈願の神事をすると、一行は畑へと向かった。
教会で休んだおかげで、日支夫は酔いからすっかり回復した。
だから一面に広がる畝と、そこから生える大根の葉を見て、素直に感動していた。
「すげーな!」
「だろぉ? 毎年この光景が見られんのは、勇者の特権だな」
「しょぼい特権だな」
とは言いつつ、日支夫は興奮していた。
「んで、大根はどこにあるんだよ?」
「馬鹿、お前、目の前にあんだろうが」
「いや、収穫した分だよ。倉庫とかで保管してんだろ?」
「いいや?」
「は? じゃあどこで保管してんだよ」
「だから目の前だって」
ここで日支夫は最悪な事態に思い至った。
「まさか、これから抜くとかふざけたこと言わねえよな?」
「そのまさかだぜ」
「馬鹿だろ! マジで馬鹿だろ!」
「何が馬鹿だ。畑直送の新鮮な大根が使えるんだぜ」
「干すんだから、新鮮な意味ねーじゃん!」
なんてわめいてみても仕方ない。だって大根は地中に埋まっているのだから。