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第5話 日支夫、おっかさんに懇願される

 工房の二階は、勇者たちの居住スペースになっていた。

 相変わらず漬物臭いが、住環境としては申し分ない。ただ襖や畳といった純和風な造りなので、日支夫はどうにも感動できないでいた。


 諸見里に連れられ、日支夫と糀次、民子もやってきた。


「いいか。これから会うのは、今いる勇者の最年長、おっかさんことトヨさんだ。だいぶ弱ってるから騒ぐんじゃねえぞ。特に日支夫、しっかりしろよ」

「わかってるわ!」

「だから騒ぐなって!」

 諸見里に軽く頭をはたかれた日支夫。



 落ち着いてから、諸見里は二階に上がってすぐの部屋の襖に声をかけた。


「おっかさん、入るぜ」

 返答を待たず、諸見里は勝手に襖を開けた。


(ずいぶん失礼だな)

 そう思いながら続く日支夫。だが室内を見て、だいたいの事情を察した。


 室内には布団が敷かれ、シワだらけの小さな老婆が横たわっていた。目はほとんど開いていないが、口元がショボショボ動いている。起きているらしいが体はほぼ動かないようで、日支夫たちが入ってきても、顔をわずかにこちらに向けるくらいしかできなかった。


(え、かなりヤバイんじゃね?)

 そういえば王様に会った時「先々代の勇者が死にそうだ」と言っていた。ずいぶんな言い方だと思ったが、おっかさんを見たら納得した。


「ほら、ご挨拶して」

 民子は布団のそばに移動すると、おっかさんの手を布団から出した。そして手近にいた糀次に、その手を握るよう促した。



 糀次が両手で手を握ると、おっかさんはわずかに反応した。

「綺麗な手だねえ。ずいぶん若いでしょお」

「はじめまして、糀次です」

「十七です」

「あらあら。親元を離れて不安でしょお」

「いえ、大丈夫です」

「すまないねえ」

「トヨさんが謝ることじゃないですよ」

「こっちの暮らしは大変かもしれないけど、楽しいこともあるから。頑張ってねえ」

「はい」



 民子に促され、今度は日支夫がおっかさんの手を握った。

 ゾッとするほど冷たくて、握り返されても手から力を感じなかった。


 一方のおっかさんは、おおっと嬉しそうに呻いた。

「いい手だねえ」


 おっかさんは目をショボショボさせて、嬉しそうに笑った。確かめるように、感触を楽しむように、何度も日支夫の手をニギニギと触った。


「日支夫です。どうも」

()()()くん、すごい<漬けの才能>だねえ」

「日支夫です」

()()()くんの作った漬物は、かなり美味しいだろおねえ。女神様も喜ぶねえ」

「あの、ひさおじゃなくてヒシオです」

「私も日支夫くんの漬物、食べたかったねえ)


 今この場だけ、日支夫はひさおでいいやと諦めた。


「おっかさん、気を強く持ちなって。ただの風邪じゃねえか。さっさと治して、日支夫の漬物食おうぜ。こいつが一人前になっても、毎年食ったらいいさ!」


 諸見里は努めて明るく言い放った。でもどこか痛々しく、無理しているのが丸わかりだった。


「私はこんなんだけど、自分のことは自分がよーく知ってるんだよお。ひさおくん、何も教えらんなくてすまんねえ。口は悪いけど、モロちゃんはスゴイ漬物職人だから、たくさん教えてもらいなねえ」



 日支夫は困った。いきなりこんな環境に投げ込まれて、漬物作るなんて馬鹿げている。

 糀次は主人公っぽく快諾していたが、普通はイエスと言えるはずがない。むしろ嫌いな漬物になんて、関わりたくないと日支夫は思っていた。


 だがおっかさんの手は、幼少時に死別した父の手を思い出させた。


 実は日支夫の父は、若くして亡くなっている。生来頑健な人だったが、病に伏せ、末期には老人のように瘦せ衰えていた。当時七歳だった日支夫は、その激変ぶりに強いショックを受けたたものである。

 最期に手を握った時は、本当にこれがあの強くて大きな父の手かと疑った。まるで老人の手だったからだ。


『しっかり生きろよ』

 そう言われたことを思い出した瞬間に、日支夫の胸中にブワーッと熱いものが込み上げた。日支夫の漢気スイッチを連打して、やる気が漲ってくる。



「わかったよ、おっかさん。俺やるよ。安心して任せてくれ」

 日支夫は小さな手を、強く握った。


「ありがとねえ。これで安心して逝けるよお」

「おいおいおっかさん、そういう冗談はよしとくれよ」

 諸見里が笑い飛ばしたので、その場の重い空気が変った。


 それから数日後。おっかさんは……なんと全快した。そもそもただの風邪だったので、死ぬとか考えるほど深刻な状態ではなかったのだ。

 だが年齢的にも限界だし、身体も弱っているので、貴族御用達の療養所に身柄を移送された。


 後に日支夫は語っている。「俺の一大決心をどうしてくれるんだ」と。

 しかし知った頃には引くに引けない状況だった。そのため日支夫は、仕方なく漬物を作る羽目になったのだった。

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