表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

第4話 日支夫、素敵な仲間と出会う

 ジジイに引っ張られ、日支夫と糀次は王宮内を歩いていた。

 豪奢な廊下から中庭を抜ける。季節は冬で、寒風が突発的に三人を襲ってくる。寒いというより、痛いとさえ思った。


「どこ行くんだよクソジジイ」

「うるさいねえ。まずはそのクソジジイって言うのやめてもらおうかい。オイラには“諸見里”さんっていう素敵な名前があるんだからよお」

「僕は室糀次と申します。よろしくお願いします」

「おう。お前さんはずいぶん可愛い奴じゃねえか。よろしくな。んで糀次よ、このクソうるせえのはどちらさんだい?」

「俺は佐藤日支夫だ。日支夫さんって呼べ」

「あーそうかい」


 糀次との明らかな扱いの差に、日支夫はムッとした。


「ところで僕たちは、どこに向かってるんですか?」

「俺たちの戦場さ」

「え。僕たちも戦うんですか?」

「ははは。比喩を信じるなんて、糀次もまだまだ勉強が足らねーなあ。まあ平たく言えば、オイラたちの仕事場さ」

「だったら最初からそう言えっつの」


 日支夫が悪態をついたので、諸見里は日支夫を掴む力を強めた。日支夫は苦しがった。


「漬物の製造所ってことですよね? この近くにあるんですか?」

「あたぼうよ! 漬物工房はこの国の重要機関だからな。城内にあるぜ」

「なんちゅうところで漬物作ってんだよ」


 また日支夫が悪態をつくと、諸見里は今度は高笑いした。


「それはお前さん、オイラたちには信じられないくらいの根性を見せてるってもんよ!」

「意味わかんねー」

「まあ見ればバカのお前さんでもわかるやい。ほら着いたぞ。ここが俺らの戦場だ!」



 王宮の外れにやってきた三人の前には、立派な蔵があった。日本の昔話に出てくるような、白漆喰仕上げの土蔵だ。中世ヨーロッパを思わせる世界に、一際異質な存在感を放っている。


「なんでここだけ江戸時代なんだよ!」

「ははは、驚いたか。タクアンの効果を最大限に高めるために、この蔵の中は日本を再現してんだぜ」

「意味わかんねえ! 中身まで江戸時代になってんのかよ」

「そうじゃねえよ。温度や気候、湿度とか、そういったもんがそっくり全部再現されてるんだ」

「蔵型の温室ってことですかね」

「やっぱ糀次は理解が早いねえ!」

「やっぱり 意味わかんねえ!」

「はー。お前さんは本当に馬鹿だよ。馬鹿はつべこべ言わず、さっさと入んな!」

「どわっ!」


 諸見里がドアを開けて、日支夫を押し込んだ。

 中に倒れ込むように入室する日支夫。顔を上げるなり叫んだ。


「なんじゃこりゃ!」


 蔵の中は諸見里の言うとおりだった。室内はむっと暑く、少しジメジメしている。外のカラッとした空気とは全く違うのを肌で感じた。例えるなら、こたつの中で空気が蒸されたような、あんな感じだ。謁見の間も快適な室温だったが、どちらかと言えばエアコンで温めたような感じだった。


 だが気候だけなら、日支夫は驚かなかっただろう。日支夫が最も驚いたのは、蔵の中を埋め尽くす無数の漬物樽だった。


「くさっ!」

 日支夫は鼻をつまんだ。


 蔵の中は熱気以上に、ぬか床の匂いが充満していた。嗅ぎ慣れない匂いかつ、叫んだ拍子に思いっきり空気を吸い込んでしまったため、日支夫は強い吐き気を覚えた。


「うわー、ずいぶんたくさんあるんですね」

 一方、糀次は楽しそうにはしゃいでいる。


「お前、この匂い平気なのかよ?」

「僕は割と好きですよ。漬物とかよく食べますし」

「俺、漬物ダメなんだよ。どうも匂いが受け付けなくてさ」

「なんだとゴラァ!」


 諸見里が日支夫の胸ぐらを掴んだ。


「世の中には、漬物が食いたくても食えねえやつがごまんといるんだよ。それなのにお前さんは、なんて贅沢なんだ!」

「漬物なんて、そんな大層な食い物じゃねえだろ!」

「もういっぺん言ってみやがれ、クソガキが!」

「もうおよしよ」


 突如女性の声がして、二人は怒鳴り合うのをやめた。

 見ると二人のそばに、活発そうなおばちゃんが立っていた。


「モロちゃん、その子が今日召喚されたって子だろ。今時の子は漬物食べないって言うし 、仕方ないんだよ。わかっておやりよ」

「でもよう。こいつ自分が何言ってるか、絶対にわかってないんだぜ。お前さんがどれだけ恵まれた立場なのかってことをよお」

「まあ、それもおいおいわかってくるでしょ。今はいいじゃないの。見守ってあげましょうよ」


 おばちゃんがそう言うと、諸見里は素直に頷いた。二人の間で、話がついたようだ。


「ごめんね、びっくりしたでしょ。この人、漬物作りには本当に真剣なのよ」


 笑顔を向けるおばちゃんに、日支夫が何かを呟いた。

「……じゃん」


「ん? 何?」

「ババアじゃん!」

「何だってえ!」

「いや、普通こういう異世界転生ものってさ、美少女がわんさか出てくるんじゃねえの? で、主人公がチート能力を持ってて、女子にモテまくってウハウハになるのがセオリーなんじゃねえの? それなのに何だよ、この状況! 異世界で初めて会う女がババアだなんて、クソシナリオじゃねえか! ここは美少女とキャッキャウフフする展開だろうが! 俺は認めねーぞ!」

「失礼だね! 私はまだ四十八だよ!」

「立派なババアじゃねえか! まごうことなきババアじゃねえか!」

「そんなこと言って、世の女性を敵に回したね!」

「お前の老け具合のこと話してんのに、勝手に主語をデカくしてんじゃねえよ! お前がババアなんだよ、お・ま・え・が!」

「ムキーッ! モロちゃん、やっぱりこの子はダメだわ!」


 おばちゃんは諸見里以上に切れていた。もう切れすぎて、自分でも何が何だかわからなくなっているような状態だ。さすがの諸見里も、ちょっと引いている。


「あの、連れがすみません」

 糀次が深々と頭を下げた。


「ちょいと、あんたが謝ることじゃないでしょ」

「いえ。日支夫さんは絶対に謝りませんから、代わりに僕が謝ります。だからどうか許してください。それで、色々と教えてもらえませんか?」

「いいから、頭をお上げよ」


 そう言われて、糀次は顔を上げた。その時糀次が見せた、子犬のようなプリティフェイス!

 弱々しげなイケメンの上目遣いを直視して、おばちゃんはハヒュゥンと情けない声を出した。


「なんだいこの子、とっても可愛いじゃない!」

「そうだろう!」

 諸見里が頷いた。


「坊や、名前は? ずいぶん若いけど、何年生?」

「室糀次と申します。高校二年生です」

「あらあら。私は民子よ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「あらもう、糀次君は随分いい子だねえ。どこぞのバカと違って」

「どこぞのバカって誰だよ」

 日支夫は頬を膨らませた。


「この勇者制度って、返品できないのかしら?」

「おいこらババア」

「さっき、できないって王様が言ってましたよ」と糀次。

「おいこらクソガキ!」

「まあ、これでみんなの仲もいい感じに深まったな」と諸見里。

「どこがだよ!」

「そんじゃ最後は、我らが重鎮おっかさんを紹介するわ」


 そういって、諸見里は工房の二階に案内した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ