第4話 日支夫、素敵な仲間と出会う
ジジイに引っ張られ、日支夫と糀次は王宮内を歩いていた。
豪奢な廊下から中庭を抜ける。季節は冬で、寒風が突発的に三人を襲ってくる。寒いというより、痛いとさえ思った。
「どこ行くんだよクソジジイ」
「うるさいねえ。まずはそのクソジジイって言うのやめてもらおうかい。オイラには“諸見里”さんっていう素敵な名前があるんだからよお」
「僕は室糀次と申します。よろしくお願いします」
「おう。お前さんはずいぶん可愛い奴じゃねえか。よろしくな。んで糀次よ、このクソうるせえのはどちらさんだい?」
「俺は佐藤日支夫だ。日支夫さんって呼べ」
「あーそうかい」
糀次との明らかな扱いの差に、日支夫はムッとした。
「ところで僕たちは、どこに向かってるんですか?」
「俺たちの戦場さ」
「え。僕たちも戦うんですか?」
「ははは。比喩を信じるなんて、糀次もまだまだ勉強が足らねーなあ。まあ平たく言えば、オイラたちの仕事場さ」
「だったら最初からそう言えっつの」
日支夫が悪態をついたので、諸見里は日支夫を掴む力を強めた。日支夫は苦しがった。
「漬物の製造所ってことですよね? この近くにあるんですか?」
「あたぼうよ! 漬物工房はこの国の重要機関だからな。城内にあるぜ」
「なんちゅうところで漬物作ってんだよ」
また日支夫が悪態をつくと、諸見里は今度は高笑いした。
「それはお前さん、オイラたちには信じられないくらいの根性を見せてるってもんよ!」
「意味わかんねー」
「まあ見ればバカのお前さんでもわかるやい。ほら着いたぞ。ここが俺らの戦場だ!」
王宮の外れにやってきた三人の前には、立派な蔵があった。日本の昔話に出てくるような、白漆喰仕上げの土蔵だ。中世ヨーロッパを思わせる世界に、一際異質な存在感を放っている。
「なんでここだけ江戸時代なんだよ!」
「ははは、驚いたか。タクアンの効果を最大限に高めるために、この蔵の中は日本を再現してんだぜ」
「意味わかんねえ! 中身まで江戸時代になってんのかよ」
「そうじゃねえよ。温度や気候、湿度とか、そういったもんがそっくり全部再現されてるんだ」
「蔵型の温室ってことですかね」
「やっぱ糀次は理解が早いねえ!」
「やっぱり 意味わかんねえ!」
「はー。お前さんは本当に馬鹿だよ。馬鹿はつべこべ言わず、さっさと入んな!」
「どわっ!」
諸見里がドアを開けて、日支夫を押し込んだ。
中に倒れ込むように入室する日支夫。顔を上げるなり叫んだ。
「なんじゃこりゃ!」
蔵の中は諸見里の言うとおりだった。室内はむっと暑く、少しジメジメしている。外のカラッとした空気とは全く違うのを肌で感じた。例えるなら、こたつの中で空気が蒸されたような、あんな感じだ。謁見の間も快適な室温だったが、どちらかと言えばエアコンで温めたような感じだった。
だが気候だけなら、日支夫は驚かなかっただろう。日支夫が最も驚いたのは、蔵の中を埋め尽くす無数の漬物樽だった。
「くさっ!」
日支夫は鼻をつまんだ。
蔵の中は熱気以上に、ぬか床の匂いが充満していた。嗅ぎ慣れない匂いかつ、叫んだ拍子に思いっきり空気を吸い込んでしまったため、日支夫は強い吐き気を覚えた。
「うわー、ずいぶんたくさんあるんですね」
一方、糀次は楽しそうにはしゃいでいる。
「お前、この匂い平気なのかよ?」
「僕は割と好きですよ。漬物とかよく食べますし」
「俺、漬物ダメなんだよ。どうも匂いが受け付けなくてさ」
「なんだとゴラァ!」
諸見里が日支夫の胸ぐらを掴んだ。
「世の中には、漬物が食いたくても食えねえやつがごまんといるんだよ。それなのにお前さんは、なんて贅沢なんだ!」
「漬物なんて、そんな大層な食い物じゃねえだろ!」
「もういっぺん言ってみやがれ、クソガキが!」
「もうおよしよ」
突如女性の声がして、二人は怒鳴り合うのをやめた。
見ると二人のそばに、活発そうなおばちゃんが立っていた。
「モロちゃん、その子が今日召喚されたって子だろ。今時の子は漬物食べないって言うし 、仕方ないんだよ。わかっておやりよ」
「でもよう。こいつ自分が何言ってるか、絶対にわかってないんだぜ。お前さんがどれだけ恵まれた立場なのかってことをよお」
「まあ、それもおいおいわかってくるでしょ。今はいいじゃないの。見守ってあげましょうよ」
おばちゃんがそう言うと、諸見里は素直に頷いた。二人の間で、話がついたようだ。
「ごめんね、びっくりしたでしょ。この人、漬物作りには本当に真剣なのよ」
笑顔を向けるおばちゃんに、日支夫が何かを呟いた。
「……じゃん」
「ん? 何?」
「ババアじゃん!」
「何だってえ!」
「いや、普通こういう異世界転生ものってさ、美少女がわんさか出てくるんじゃねえの? で、主人公がチート能力を持ってて、女子にモテまくってウハウハになるのがセオリーなんじゃねえの? それなのに何だよ、この状況! 異世界で初めて会う女がババアだなんて、クソシナリオじゃねえか! ここは美少女とキャッキャウフフする展開だろうが! 俺は認めねーぞ!」
「失礼だね! 私はまだ四十八だよ!」
「立派なババアじゃねえか! まごうことなきババアじゃねえか!」
「そんなこと言って、世の女性を敵に回したね!」
「お前の老け具合のこと話してんのに、勝手に主語をデカくしてんじゃねえよ! お前がババアなんだよ、お・ま・え・が!」
「ムキーッ! モロちゃん、やっぱりこの子はダメだわ!」
おばちゃんは諸見里以上に切れていた。もう切れすぎて、自分でも何が何だかわからなくなっているような状態だ。さすがの諸見里も、ちょっと引いている。
「あの、連れがすみません」
糀次が深々と頭を下げた。
「ちょいと、あんたが謝ることじゃないでしょ」
「いえ。日支夫さんは絶対に謝りませんから、代わりに僕が謝ります。だからどうか許してください。それで、色々と教えてもらえませんか?」
「いいから、頭をお上げよ」
そう言われて、糀次は顔を上げた。その時糀次が見せた、子犬のようなプリティフェイス!
弱々しげなイケメンの上目遣いを直視して、おばちゃんはハヒュゥンと情けない声を出した。
「なんだいこの子、とっても可愛いじゃない!」
「そうだろう!」
諸見里が頷いた。
「坊や、名前は? ずいぶん若いけど、何年生?」
「室糀次と申します。高校二年生です」
「あらあら。私は民子よ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「あらもう、糀次君は随分いい子だねえ。どこぞのバカと違って」
「どこぞのバカって誰だよ」
日支夫は頬を膨らませた。
「この勇者制度って、返品できないのかしら?」
「おいこらババア」
「さっき、できないって王様が言ってましたよ」と糀次。
「おいこらクソガキ!」
「まあ、これでみんなの仲もいい感じに深まったな」と諸見里。
「どこがだよ!」
「そんじゃ最後は、我らが重鎮おっかさんを紹介するわ」
そういって、諸見里は工房の二階に案内した。