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第3話 日支夫、<漬けの才>を見せつける

「こちらが<漬けの才>を計る御石でございます」


 若い神官が持っている石を見た瞬間、日支夫が叫んだ。

「漬物石じゃねーか!」


 そう、御石は何の変哲もない、普通の漬物石なのである。ただそれが異世界に来たことで、特殊な力を持つようになったのだ。


「御石に触れていただき、<漬けの才>を計ります。ささ、どうぞ」

「なんだよソレ。意味わかんねー」

「なんだかゲームみたいで楽しいですね」


 不審がる日支夫をさておいて、糀次が進んで御石に触れた。するとステータスバーが出て、六十七点と表示された。


「おお! さすが勇者様。五十点越えは歴代でも数人しかおりませんぞ!」

 一同は湧いていたが、糀次はガッカリしていた。


「九十点以下なんて、人生初です」

「嫌味な奴だぜ!」

 日支夫は吐き捨てた。


「ささ、日支夫様もぜひ」


 日支夫がしぶしぶ御石に触れると、一〇八点と表示された。

 その数値を見た途端、場がどよめいた。


「百点越えだ!」

「初めて見た!」


 周囲の騒ぎように、日支夫は「俺すげーじゃん!」と改めて自信を持った。

「煩悩の数と同じですね」

 そう糀次が言ったので、日支夫の一気にテンションは少し下がった。



「御二方。いきなりのことで戸惑うと思いますが、どうかどうか、我々のために大根を漬けてください!」


 王が深々と頭を下げた。それに習うように、家臣一同も頭を下げた。

 その場の全員から頭を下げられて、日支夫はなんだか居心地が悪くなった。最初は敬意を受けるのが心地よかったが、理解の範疇を越える展開で怖気づいてしまったのだ。


「待ってくれよ。なんで異世界まで来て、タクアンなんて作んなきゃいけないんだよ。ほら、お前もなんか言ってやれって」


 日支夫に促された糀次は、うーんと唸った。


「僕、普通に漬物って美味しいと思うんですけど、やっぱり才能ある人が作った漬物って、神様から見ても美味しいんですかね?」

「論点そこじゃねえだろ!」

「そういえば、僕たちが召喚されたってことは、僕たちの前にも勇者がいたんですよね。前の方々ってどうされたんですか? 現代に帰ったんですかね?」

「あーそうだ! それも気になる。理想のタクアンを作ったら、俺達って帰れるんだよな?」

「いいえ。この国に骨を埋めていただきます、ハイ」


 大臣の答えに、日支夫は地団駄を踏んだ。


「言い方こわっ! ふざけた話なのに、なんで肝心なところだけシビアなんだよ!」

「それに漬物道は長く険しい道のりのため、皆様極める前に寿命をお迎えしているわけでございます、ハイ」

「なんだよ“漬物道”って。また謎ワードが爆誕したよ」

「じゃあこの国には、勇者の墓がたくさんあるんですね。墓標になんて書かれるんでしょう?」


 糀次がそう言うと、日支夫は面倒くさそうに舌打ちした。


「今その話は関係ないだろ」

「勇者として死んだのか、漬物道について書かれてるのか、気になりませんか?」

「どうでもいいわ!」


「おお、墓といえば思い出しました、ハイ。我々は漬物作りの円滑な継承のため、勇者様がご存命中に次の方をご召喚しております、ハイ。今は先代勇者様と、先々代勇者様がおられます、ハイ」

「不謹慎だなおい。でもそんなにたくさん勇者がいるなら、ますます俺たち要らないじゃん」

「そういうわけにはいかないのです、ハイ。現在先々代勇者様がご病気で伏せており、いつ急逝されてもおかしくないのです、ハイ」

「え、死にそうだってことか?」

「そうです、ハイ。今は先代勇者様が現役ですから、何とかなりますが、お二方には迅速に技術を習得いただきたいのです、ハイ。是非我々に力をお貸しください、ハイ。我が国で漬物道を極めていただけませんでしょうか、ハイ」

「だから何なんだよ、漬物道って」



 しかしこれはなかなかに困った事態である。日支夫は考え込んでしまった。


 別に元の世界に戻りたいわけではない。かと言って、異世界で漬物を作るというのもなんか違う気がする。戻る手立てがない以上、ここで漬物を作るしかないのだが、かと言って従うのもどうだろうか。もう一人の勇者・糀次もいることだし、自分だけ逃げるという手もあるのではないか?


 考えるほどに、日支夫の思考には邪悪さが増していった。



「お前はどうするよ」


 決めあぐねた日支夫は、糀次に尋ねた。

 糀次は言葉を選んで、こう答えた。


「僕はいいですよ」

「はあ? お前正気かよ!」

「だって漬物なんて、元の世界にいたら絶対作らないですし。そういう体験って、案外楽しいんじゃないですかね」


 なるほど。元の世界にいたら絶対やらないという意味では、確かに異世界ならではの行為とも言える。「なんか違うだろう」と思いながらも、日支夫は感心した。


 だが感心したのは、日支夫だけではない。王は涙を流して喜び、家臣たちは暖かい拍手を送った。



「いやあ、そう言っていただけますと、我々としても大変助かります。勇者様、どうかどうかよろしくお願いいたします」

「待って待って待って! 俺はやるって言ったわけじゃないぞ!」


 日支夫が必死に抵抗していると、突如バーンと扉が開いた。


「話はまとまったようだな!」


 ねじりハチマキをしたジジイが、ズカズカと入ってくる。先ほどまでの厳粛な場が台無しだ。だが、誰もそれを止めようとしない。


「おいおいおい、変な男が乱入してきたけどいいのか?」

 日支夫が訴えても、誰も相手にしてくれない。それどころか深く頭を下げている。



 ジジイは入ってくるなり、日支夫を目がけて向かってきた。


(あ、これヤバイ奴だ)

 逃げた方がいいかと思った時に、日支夫は腕をむんずと掴まれた。


「大将。こいつが噂の新入りかい」

「そうである」


 王が答えた。


「なんでい。今度はずいぶん生意気そうなやつと、お上品なやつじゃねえかい。ま、しごきがいがあるってもんよ」


 ジジイは楽しそうに笑った。


「いい加減に離せ! 誰だよ、あんたは」

「嫌だねぇ。目上の人にそんな口を聞いちゃって。こんな初歩から育てなきゃいけないもんかねえ」

「こちらの方はどなたですか?」


 糀次が訪ねると、大臣が答えた。


「先に話した、先々代勇者様でございます、ハイ」 

「は? このジジイが?」


 日支夫が叫ぶと、ジジイは日支夫の頭をスパーンと叩いた。


「誰がジジイだ、このクソガキ!」

「うるせー! 俺は認めないね、こんなクソが勇者だなんて。絶対嘘だ。お前ら、俺を騙してるんだろ!」


 日支夫がヒステリックにわめくと、ジジイは心底うるさそうに首を横に振った。そして 、ふと御石を見つけた。


「よっしゃ、これでも見やがれ」


 ステータス表示が出て、五十四と表示された。

 表示が出たため、ジジイが勇者であることは揺るぎない事実となった。


「これでわかったか、クソバカが!」

「いや、俺こいつと一緒に働くの無理なんだけど! 生理的に無理なんだけど!」

「ああ、そうかい。オイラも御免だね。だけど四の五の言ってらんねえんだわ。ほら、ついてこいや」


 ジジイは日支夫の首根っこを掴んだ。日支夫は当然振り払おうとしたが、丸太のような腕はまったく動かない。老人ながらすごい力だった。


「いや、だから俺はやらないって!」


 ジジイに引きずられ、日支夫はどこかに連れて行かれる。

 糀次はどうするか迷っていたが、王たちに一礼すると二人についていった。


「キリキリ働けよ、若いの! <漬けの才>を発揮してもらうぜ!」

「だから何なんだよ、<漬けの才>って!」


 残された部屋には、日支夫の絶叫だけが響いていた。


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