第2話 日支夫、異世界の世知辛さを知る
決め顔のまま、日支夫は固まった。何度も王の言葉を反芻して、ようやくこれだけ口にした。
「……は? 大根?」
日支夫の勇者然とした態度は、ここで崩れた。
「さよう。タクアンというものを作っていただきたいのだが、お二人はご存知であるか?」
「いや、知ってるけどさ。アレだろ、あの黄色い漬物のタクアン」
「漬物以外に、タクアンがあるのであろうか?」
王は不思議そうに尋ねた。
「いやいやいや。タクアンが漬物だっていうのは、俺だってよくわかる。きっとアンタも俺も、同じ物を連想してる。そうじゃなくて、漬物のタクアンが、なんで今ここで出てくるんだって話だよ。勇者がタクアンを漬けるって、どんな事態だよ?」
日支夫の戸惑いぶりを見て、王は思い出したようにハッとした。
「誠に申し訳ない。お二人を召喚した経緯をまだ説明しておりませんでしたな」
王は手を叩いた。すると大臣は一歩前に出て、深く頭を下げた。
「ハイ。僭越ながら、私めからご説明させていただきます、ハイ」
「頼むぞオイ」日支夫は腕組みした。
「まずですね、この世界には魔族が存在しております、ハイ。勇者様方には馴染みがないでしょうがですね、魔族は非常に厄介でしてね、ハイ。人間とは不仲なのであります、ハイ。
元々は不干渉なのですが、それがいつだったでしょうか、ハイ。いつぞやの魔王が世界の覇権を狙い、人間界に侵攻してきたのであります、ハイ。
勇者様方の世界の物語では、魔族と人間がかなりいい勝負をするようですが、私どもの世界では魔族が圧倒的に強くてですね、ハイ。とても太刀打ちできないのです、ハイ。
軍を派遣してもまったく歯が立ちませんで、私どもはただ虐殺されるだけだったのですね、ハイ」
「なんか……思った以上にヤベー話じゃん」
青くなった日支夫が呟いた。
「しかしですね、ハイ。このままではいけないと当時の人々が女神にお祈りしましてね、ハイ。魔の手からか弱き我々をお救いいただけるようお願いしたのであります、ハイ。
その時に捧げた供物を女神がお気に召しましてですね、ハイ。人間は魔族から守ってもらえるようになったのであります、ハイ」
「まさかその供物ってのが、タクアンなのか?」
「ハイです、勇者様。さすがお話が早いです、ハイ」
「そうか……」
日支夫は腕組みしたまま、目をつむって少し黙った。その様子があまりにも威厳があったので、誰もが日支夫の次の言葉を待った。
「普通に作ればいいじゃん! 勇者いらないだろ!」
思わず突っ込む日支夫。
糀次は確かにと頷いているが、大臣はじめその場にいる全員は顔をしかめていた。
「実は、我々には作れないのであります、ハイ」
大臣が悲しそうに答えた。
「作れないってどういうことだよ。材料がないとか、そういうことだったら俺たちにだって作れねーぞ」
「いえ、材料は万事揃っております、ハイ」
「じゃあ作り方がわからないとか?」
「いいえ。それもしっかり記録が残されておりますので、ハイ」
「だったら何も問題ないじゃん!」
「いえ、我々には<漬けの才>がないのでございます、ハイ」
「は? 漬物に才能なんているのかよ」
「それについては、私から説明させていただきましょう」
神官長が重々しく語り出した。
「そもそも最初にタクアンを作ったのは、初代勇者様でございます。当時魔王軍の侵攻で食料不足に陥った我々に、漬物という御業を与えてくださったのです。我々は当時の勇者様から直接漬物作りのご指導をいただいたのですが、どうしてもあの味と効能が出せません」
「タクアンの効能って何だよ」
「ああ、それもご存じないのですよね。失礼いたしました。こちらの世界でタクアンは、奇跡の妙薬として崇められています。回復魔法では癒せない傷を癒したり、寿命を延ばす効果があるのですよ」
「それってどれくらいスゴイんだ?」
「かつて神事で使ったエリクサーやソーマが、ただの水に思えるレベルです」
「おいおいおいおい、どっちも伝説級の霊薬じゃねーか。タクアンのくせに、なんてことになってんだよ!」
「しかしこれほどの効果が出せるのは、<漬けの才>を持つ勇者様が作ったものだけなのです」
「なるほどな。理解できないが、なんとなくわかった気がする」
日支夫は何度も深く頷いた。
「それって結局わかってなくないですか?」
糀次が突っ込んだ。
「うるせえ、小僧」
日支夫は糀次のほっぺを突いた。
そんなやりとりを見ても神官長はちっとも揺るがず、話を続けた。
「なぜ我々の作ったタクアンに効能がないのか、女神様から信託を受けたことがありました。すると我々には<漬けの才>がないとの結果が出たのです。長年調べた結果、どうやら異世界の方のみが、<漬けの才>を持っていると判明しました」
「なんだよ<漬けの才>って。そんな才能、聞いたことないけどな。お前あるか?」
日支夫が糀次に尋ねた。
「僕も知らないけど、世の中にはあるんじゃないですか? 現にこの世界にはあるみたいですし」
「全くその通りでございます。我々には初代勇者の召喚時、共に召喚した“御石”があるのですが、その御石により<漬けの才>の度合いを測ることができます。我々には全く反応しないのですが、 異世界の方々は、いつも高い数値を叩き出しております。そもそも召喚された勇者様たちは、女神様が特に<漬けの才>があると見込んだ方ばかりです。ですから御二方は今生きる人々の中で、最も<漬けの才>に恵まれた方々だとお見受けしております」
「なんかだかなぁ。褒められてるのに、ちっとも嬉しくねーな」
日支夫が唸っていると、神官長の後ろに控えていた若い神官が、石を抱えて進み出た。
「これから御二方には、<漬けの才>を計測していただきます」