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第14話 日支夫、初漬物が完成する

 日支夫の誘拐事件から早数ヶ月。

 寒風が止み、春の息吹を感じる頃、日支夫と糀次の初タクアンが完成した。


 奉納の式典も近いため、他のタクアンも含め、納品前の試食会を行うことになった。

 これはあくまで身内の試食会なのだが、なぜか御石係の神官もやってきた。


「お久しぶりです」

 蔵に入るなり、神官は深々と頭を下げた。


「あ、民子の旦那じゃん」

「日支夫様、何度も申しておりますが、私の名前はセドリックです」

「へえ、覚えておくわ」

「日支夫さん、それ聞くの五回目ですよ」


 糀次がたしなめるも、セドリックは力なく笑っていた。


「なんで民子の旦那がいるんだ?」

「私が呼んだからに決まってるでしょ」


 セドリックに続いて、民子が入室した。

 出産が近いため、最近の民子は入院している。今日は試食会のため、わざわざ一時退院してきたのだ。


 大きなお腹を揺らしてフウフウ荒い息をたてる民子。

 その姿を見て、セドリックは慌てて民子の肩を抱いた。


「今日は妻の介助で来ました。お邪魔させていただきますが、よろしくお願いいたします」

「ババ……民子、病院にいなくていいのか?」


 日支夫は気を遣って尋ねた。


「こんな大事な時に立ち会わないでどうするってのよ。それに漬物を食べた方が体調良くなるのよね」

「そんな効果まであるのかよ、漬物って!」


 そうこう言っているうちに、諸見里がタクアンを切り分けて持ってきた。

 一同はコタツに入り、皿に並んだタクアンを品評していく。



 その道云十年の諸見里と民子が指導しただけあり、二人の初タクアンは、それなりに立派に見えた。市販品に見劣りしない、美味しそうな出来だ。糀次のは、いささか色が薄い気がする。


 しかしタクアンは食べてこそだ。女神が気に入るかどうかは、味にかかっている。



 まずは日支夫が作ったものから。一同がタクアンに箸を伸ばす。


「おい、何やってんだ。お前も食べるんだよ」


 箸を持たない日支夫を見て、諸見里が叱った。


「どうしても食べなきゃダメ? 俺、漬物嫌いなんだけど」

「まだそんな甘えたこと言ってんのか! 自分が作ったもんは、責任持って食え!」


 諸見里のヒートアップが止まらないので、主人公は渋々タクアンの端を齧った。


「マズイ!」

 日支夫が叫んだ。そもそも日支夫はタクアンが嫌いなので、誰作を食べても「マズイ!」という感想になるわけだが。


 しかしタクアンが好きな他のメンバーも、日支夫のタクアンを食べて首を傾げている。


「なんか……微妙ですね」と糀次。


「一口で身体の重さが嘘みたいに消えたけど、ひどい味ね」と民子。


()()は凄いですよ、()()は」とセドリック。


「食べる生ゴミだな」

 諸見里の一言で、日支夫はキレた。


「うるせー! だったら食うな!」


 激昂する日支夫を、セドリックがなだめた。

「女神に奉納できなくても、ホスピスなら喜んで受け入れてくれるはずです。ぜひ寄付しませんか?」


「よっぽど死にかけた奴じゃないと食えねえって言いたいんだろ! 馬鹿にすんな!」

「ちょっと、うちのダーリンに暴言吐くな!」

「ババアがダーリンとかキメェんだよ!」

「私のプリンセスにヒドイこと言わないでください!」


 セドリックの姫発言に、日支夫は瞬時にゾワッとした。

「キモきもキモきもー!」


「うるせー!」

 諸見里も加わり、その場はさながら地獄絵図の様相だ。


「皆さん大人なのに、元気ですね」

 糀次は一人のんびりとお茶をすすって、口直しをした。


    ×    ×    × 


 しばらくして、騒ぎ疲れた一同は大人しくなった。

 場が落ち着いたので、次は糀次の試食を行う。


 糀次のタクアンは、日支夫のよりは匂いが控えめで色も薄い。漬け具合は浅いが、味は良かった。


「食べ頃は来週くらいか?」と諸見里。


「ご飯と一緒に食べるなら、これぐらいの方が食べやすいんじゃないかしら」と民子。


「初めてでこれだけ上手に作れるなんて、糀次さんは筋がいいんですね」とセドリック。


「ま、糀次だしな!」


 そういって、諸見里・民子・セドリックの三人は笑い合っていた。



 日支夫だけがぶすくれた顔で、タクアンを睨んでいる。


 味や匂いが薄い分、タクアン嫌いからしたら食べやすい程度にしか日支夫には思えない。しかしタクアン好きからすれば、それほどまでに良品なのだろうか?

 日支夫としては、自分のと明確な差があるようには思えなかった。


(ていうか、回復薬なんだから、味より効果の方が重要なんじゃねーの?)


 自分の方がはるかに優れているのに、みんな糀次ばかり褒める。日支夫は釈然としなかった。


「まあ、神殿に備えるのは去年漬けたタクアンだから、ぶっちゃけお前たちのはいらないんだけどな」


 諸見里はあっけらかんと笑った。

 あまりの能天気さに、日支夫はブチ切れた。


「じゃあ何で作らせたんだよ!」

「うるせー! 一度作ってみなきゃ次作れないだろうが!」

「だったら先に言えよ!」

「いや、諸見里さんが最初に言ってましたよ」


 糀次がフォローするも、二人の耳には届いていない。


「だいたいてめえは教えるのが下手なんだよ! 百年くらい出直して来い!」

「うるせークソガキが! お前こそ二百年出直して来い!」

「何をー!」


 もう二人は殴る一歩手前まで激高している。


「お二人とも落ち着いて」

 見かねたセドリックが二人の間に入った。


「ちゃんと日支夫さんと糀次さんのタクアンもお供えしますから」

「そういう問題じゃねー!」


 日支夫が拳を繰り出し、諸見里も負けじと拳を繰り出す。

 両者のクロスカウンターが、キレイにセドリックの頬に決まった。


「へぶぅっ」


 その場で崩れ落ちるセドリック。


「ダーリン!」

 絶叫する民子。ショックのあまり倒れてしまった。そのまま緊急搬送され、現場はてんやわんや。


 新人二人の初漬物お披露目日は、まったくひどい一日になってしまった。

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