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第12話 日支夫、腐敗漬けに挑戦する

 日支夫が魔王城にやってきた翌日。漬物作りの作業部屋には、豊富な食材がずらりと取り揃っていた。きっと人間用の食材を、可能な限り集めたに違いない。魚や肉やら、漬物に使わないような食材まで用意してあった。


 ちなみにこの世界では麦が主食で、米ぬかはおいそれとは手に入らない。王宮では漬物用に、わざわざ米を作っているほどの気合の入れっぷりだ。

 それぐらい米ぬかを用意するのは大変なのに、魔王城ではきちんと用意している。魔王軍の本気が窺えた。


 ここまでされては、日支夫もやらねば男がすたる。気合を入れて、早速調味料を混ぜ始めた。



 魔王は「腐敗漬け」と言うが、正式にはそのような漬物はない。だから何かしら漬物を作って、腐らせればオーケーになる。

 日支夫は城で習ったレシピをもとに、唯一作ったことがあるタクアンを再現した。だが調理時は糀次を真似たり民子が口やかましく言ってきたので、正直ちゃんと分量を覚えていない。


(まあ最悪、味はどうでもいいだろう。腐ったら味なんて関係ないだろうし。回復薬に必要なのは、味ではなく効能だぜ)


 日支夫は深く考えないことにした。


 ちなみに漬物が腐ると、酸味や苦味が出てくる。だからどんなに味付けが良くても、腐れば味が変わってしまうのだ。

 逆に言うと、今ここで適当に味付けしても、そこまで問題ない。だから日支夫は正しいレシピを覚えてなくても、記憶を頼りにどんどん調味料を調合していった。



 ぬか床を作ったら、捨て漬けを作る。本来は腐敗防止のために水分をよく切るのだが、今回は積極的に腐らせたいので、瑞々しい野菜をそのままぶち込んでいく。そして日光がよく当たる窓際に樽を放置した。


(こんなんで本当にいいのか?)


 腐らせないために混ぜるのだが、今回は腐らせたいので混ぜない。

 一週間後に樽を開けたら、日支夫は吐きそうになった。


(マジかよ! バイオテロじゃん!)


 臭いも酷いが、色もヤバい。素手でぬか床を混ぜるのは抵抗があった。


「なんて芳醇な香り! 日支夫様、素晴らしいですわ」


 そばに控えるミアが感激していた。ヨダレを垂らし、恍惚とする表情はめちゃくちゃエロかった。人間にとってはアリエナイが、魔族的にはこれがいいらしい。


 そんなミアにいい所を見せたくて、日支夫は吐き気と鳥肌を我慢しながらぬか床を混ぜた。

 なんともいえない臭いと感触がずっと手に残り、日支夫はミアの乳でも揉んで手の感触をリセットしたいと強く思った。まあ言えなかったので、不快感に耐えるしかなかったが。



 ようやく本格的に漬ける前に、捨て漬けを食べるべきとの声が上がった。

 本来捨て漬けは食べないのだが、ちゃんと作れているか確認するために、下っ端オークが試食することになったのだ。

 ちなみにオーク種族は魔王軍一胃腸が丈夫で、毒物への耐性が最も高い。


 魔王軍幹部たちが固唾をのんで見守る中、毒見役のオークが一口食べた。

「ウッ!」


 よろめいたので、一同は身を乗り出した。


「コシノイタミガ、キエタ!」

 この一言で、誰もが今回の作戦成功を確信した。


「これはいい! 日支夫殿、どんどん作ってくれたまえ!」


 試食した魔王軍幹部たちが口々に大絶賛。魔王もご機嫌なので、日支夫も悪い気がしない。

 だからぬか床を増産し、捨て漬けも量産した。一同は本格的な漬物の完成を心待ちにした。



 捨て漬けも終わり、いよいよ本格的に大根を漬けていく。本来大根は天日干しや下漬けなどの下処理をするのだが、効率よく腐らせるために今回はこの手順をカットする。


 諸見里の講座で「夏場は二、三日でぬか床が腐る」と聞いたので、今回はさらに効率よく腐らせるため、作業部屋に炎属性の魔物を常駐させた。熱中症で倒れそうなほどに熱かったが、ぬか床からは前以上に強い悪臭が漂っている。


 今回、魔王軍幹部で魔獣使い・ヴィンセントに協力してもらった。本作に何度も出てくる怪鳥も、彼の魔獣である。彼の魔獣はよく躾けされていて、特にヘルハウンドのベスが協力的だった。

 ベスは常にぬか床の樽に寄り添い、硫黄臭い息が適度に樽を温めた。ベスのおかげでいい感じに腐敗が進んだ。

 それだけでなく、ベスは日支夫によく懐いた。見た目はドーベルマンに似ていかついのだが、とても友好的でよく日支夫に腹を見せてくれた。撫でさせてもらったりと、日支夫のメンタル的にも大きく貢献してくれた。




 この数週間、日支夫は魔王城に監禁されていた。だが正直、魔王軍の方が待遇も居心地もいい。だから日支夫は魔王軍に対して協力的であった。

 魔王軍への加担なんて、人類への大きな裏切りかもしれない。しかし女神が漬物を受け取ってきっちりと人類を守るのなら、日支夫個人がどれだけ魔王軍に加勢しても、人類全体に危機は訪れないだろう。他の勇者を信頼しているからこそできる裏切り行為でもあった。


 だが日支夫は一つだけ誤解していた。それは<漬けの才>を、美味しい漬物が作れる才能程度に思っていたことだ。

 これ自体は間違っていないが、<漬けの才>には複数の能力がある。その一つに、<漬けの才>を持つ者の手には、善玉菌を活性化させる力がある。数が増えるだけでなく、菌自体や性質が強くなっていく。だから放置ベースの腐敗漬けを作っても、ある程度は善玉菌が育っていたのだ。



 もちろん日支夫はそんなことを知らない。だから見た感じ“理想の腐敗漬け”が完成した時、魔族を殺せる程度に強力な善玉菌が生存していたことは、もちろん知らなかった。


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