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第11話 日支夫、魔王軍に勧誘される

 怪鳥に肩を掴まれて空を飛ぶこと数時間。すっかり夜になって月が煌々と輝き出した頃、日支夫は魔王城にたどり着いた。月光を浴びて峡谷にたたずむ城の姿は、立派であると同時に禍々しく見えた。


 怪鳥は一番目立つバルコニーに降り立つと、日支夫を開放した。

 爪は刺さってなくても、強く掴まれたために肩が痛む。怪我がないか確認していると、ふと視線を感じた。


「うわ!」


 いつの間にか、日支夫はモンスターたちに囲まれていた。

 オークにリザードマン、悪魔や魔人。どれもゲームやアニメで知った顔ばかりだ。彼らは豪奢な衣装を身にまとい、鋭い気配をビンビン発している。城にいるだけあって、幹部やエリート連中なのだと察せられた。


 そして中心に、とりわけ豪華な男性がいる。いで立ちからしても、いかにも魔王といった感じだ。


「お前が<漬の才>一〇八の勇者か」


 一歩進み出て、魔王が尋ねた。

 否定してもロクなことがないと思ったので、日支夫は素直に頷いた。


「ようこそ我が城へ。まずは歓迎の宴を用意した。勇者殿は夕食はお済みかな」

「いえ、腹ペコでござります」


 魔王のご機嫌を損なったら怖いので、日支夫はなるべく丁寧に答えた。


「それでは食事がてら話をしよう。どうぞこちらへ」


 そう言って、魔王は日支夫に背を向けて室内に戻った。背後を取られているというのに、まったく警戒した様子がない。幹部たちも室内に引き上げるし、日支夫はあっけにとられてしまった。


(なんつーか拍子抜けだな。魔王はやっぱ偉そうだけど、なんか結構腰が低い感じだったし)


 立ち尽くす日支夫に、牛の角が生えた美少女メイドが声をかけた。


「さあ、勇者様、こちらへ」


 お辞儀した時に、豊満な谷間が見えた。ホルスタイン柄の髪色からして、牛系の悪魔なのだろう。日支夫は色んなことがどうでもよくなった。


(これだよコレコレー! やっぱ異世界の美少女はこうでなきゃ!)

 にやけるのを抑えつつ、日支夫は堂々と入室した。



 バルコニーのすぐ奥は大広間で、中央に巨大な長テーブルがデンと鎮座していた。テーブルの上にはテーブルセットが整っており、一同が席に着くと食事が次々と運ばれてきた。

 その光景はアニメで見る「いかにもな貴族の晩餐会!」といった趣で、日支夫は終始感動しっぱなしだった。


 もちろん味も美味である。運ばれてくるのは洋食のフルコース。

 普段王宮では日本食ばかりだったから、日支夫から見ればむしろ「これこそ異世界での食事!」という感じで、ようやく異世界に来た実感が湧いてきた。


 しばらくして、魔王軍幹部たちと日支夫のメニューが違うことに気づいた。


「あの、俺の料理だけ特別な気がするんですが」


 メイドに尋ねたつもりが、向かいに座る魔王が答えた。


「ああ。魔族の食事は、人間の毒になる。だからシェフに見よう見まねで作らせた。お気に召さないだろうか?」

「いえ、むしろ王宮より立派です!」


 それは本当だった。むしろ今までどれだけ粗食を強いられていたのかと、怒りを覚えるほどだった。



 日支夫が満腹になってフォークを置くと、魔王が身を乗り出して話しかけてきた。


「本日は強引な招待であったことを許してほしい。 ああでもしなければ、我らが勇者に面会する機会などないからな」


 魔王から見ても王宮の結界は厄介らしく、魔王軍幹部といえど容易に侵入できないらしい。勇者は普段王宮から出ることがないため、接触する機会は大根堀りくらいらしいのだ。


(だから毎年、収穫時期を狙ってくるのか)

 日支夫は今になって、魔王軍が襲ってくる謎が解けた。


「王宮よりいい扱いだし、俺は別に大歓迎なんですがね。よくわかんないけど、書状とか出せば勇者に会えたんじゃないですか?」

「いや、それは無理であろう」

「そもそも、なんで俺を連れてきたんですか? なんか理由があるんですか?」


 まどろっこしいのは嫌いなので、日支夫は単刀直入に尋ねた。

 すると魔王はにやりと笑った。


「なに、造作もない。そなたには漬物を作ってほしいのだ」

「また漬物かよ!」


 日支夫は思わず叫んだ。


「この世界の住人は、どれだけ漬物が好きなんだよ! 魔王も漬物食べたいのよ!」

「女神に食わせるような餌と一緒にするな。そなたには、もっと特別な漬物を作ってもらいたいのだ」


 魔王が望むほどに“特別な漬物”とは何か。日支夫は純粋に気になった。


「いったいどんな漬物をご所望なんですか?」

「我々が所望するのは、腐敗漬けだ」

「すんません、聞いたことないんですが」

「だろうな。人間から見れば、腐って捨てるような失敗作だ」

「そんなの食べて、大丈夫なんですか?」

「先にも言うたが、人間と魔族では体の作りが違うのだ。そなたたちにとっての毒が我々にとっての薬で、我々の手の薬がそなたたちの毒となる。それだけだ」

「なるほど。わかりやすい説明ですね」

「異世界の民にはわからないであろうが、漬物自体の効果は魔族にとっても効果絶大だ。 だが我々にとっての漬物は、諸刃の剣。人間にとっての回復薬である漬物を食らえば、我々が即座に命を落とす劇薬となる。一方で、そなたたちにとっての毒である腐敗漬けは、我々にとって極上の回復薬となるのだ。そんな妙薬を人間ばかりが独占するのは不公平であろう? だからそなたには、我々に協力してほしいのだ」

「なるほど。つまりは腐るように、わざと失敗させればいいんだな」


 日支夫はなんだか楽しくなってきた。人は誰しも、普段から「しっかりしろ」と言われ、失敗するなと強要される。

 だが魔王たちは、あえて失敗せよというのだ。やっちゃダメということをやってもいいということなら、嫌いな漬物作りが多少面白く感じられる。

 積極的に失敗できる機会なんて二度とないだろう。


「わかりました、喜んで作りますぜ」

 日支夫は二つ返事で魔王の頼みを快諾した。


「それは心強い。必要なものは、そこにいるメイドに申し付けよ。そなた付きとして好きに使ってくれて構わない。今日は疲れただろうから、まずはゆっくり休まれよ。部屋を用意してある」


 そう言って、先ほどの牛角の美少女メイドが日支夫の前に進み出た。


「ミアと申します。勇者様、よろしくお願いいたします」

「うむ。俺のことは日支夫様と呼んでくれ」

「承知いたしました。日支夫様」


(やっぱ異世界といったらこうだよ! やっと俺にもハーレム展開キター!)


 日支夫は顔に力を入れて、にやけるのを全力で抑えた。しかしやっぱり美少女メイドに奉公されるのが嬉しくて、魔王城にいる間はずっとニヤニヤしていた。



 ミアが案内してくれた部屋は、まるで国王の居室のように立派だった。天蓋付きのベッドはこっ恥ずかしいが、ゴシック調の室内はセンスがよくて上品だ。まるで自分が貴族になった気分になるだけでなく、賓客として歓迎されている心遣いがひしひしと伝わってきた。

 室内は常に香が焚かれていい匂いがしたし、リネンは清潔で手触りがいい。ベッドはフカフカで、こんなにゴージャスな気分で眠るのは生涯初だった。

 しかもベルを鳴らせばミアがすっ飛んでくるし、寝る前にハーブティーを持ってきてくれる。魔族にとっては毒だが、うまく煎じたことで人間が飲めるようになっている特別仕様のお茶だ。


 そんな細かい点まで心遣いが行き届いていて、日支夫の中で魔族への好感度が爆上がりした。


(これだよこれ! 王様たちも、俺のことをこれだけもてなすべきなんだよ、本当は!)

 誘拐されたにもかかわらず、日支夫は王宮よりも満たされた日々を過ごすのだった。

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