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4話・事故物件

 

 里枝が帰った後、十九時に約束していた依頼人が事務所を訪れた。


「あ、安藤武蔵(あんどう むさし)と言います。大学一年です」


 やや(なま)りのある小さな声で依頼人は名乗った。

 勇ましい名前の割に気弱そうな雰囲気である。


 長めの黒髪と猫背、おどおどした態度が相まって、彼を余計に陰気に見せている。変装前の自分に似ているかもしれない、と凛は内心思った。

 向かいのソファーに座るように促しても、彼はビクビクと身体を震わせているだけ。視線が嵐に向いていることに気付き、妙に納得した。


 嵐は背が高く、そこそこ筋肉質でいかつい。短く刈られた髪は赤く染められ、彼の鋭い双眸の間には深いシワが刻まれている。顔立ちは整っているのだが基本的に仏頂面で態度が大きいため、相手に畏怖しか与えないのだ。


 再度促し、安藤がやっとソファーに腰を下ろしたところで凛が自己紹介をしてから話を切り出した。


「何にお困りか聞いてもいいですか」

「あ、あの、ええと」


 よほどの人見知りなのか、安藤はもじもじしながら口篭っている。ハッキリしない態度に苛ついたのか、嵐が組んでいた足を解き、テーブルの上に乱暴に投げ出した。


「さっさと言え!」

「ヒィッ!」


 哀れな安藤は、半泣き状態で相談内容について話す羽目になった。


「僕、駅裏の住宅街に住んでいるんですが」

「あの辺ってアパートありましたっけ」


 最寄駅の裏手にあるのは古くからある閑静な住宅街で、大学生が借りられるような安アパートはない。疑問に思った凛が問うと、予想外の答えが返ってきた。


「アパートじゃなくて、平屋の一軒家で」

「ご実家ですか」

「いえ、賃貸です」


 彼は住宅街の中にある一軒家を借りて住んでいるという。しかも、家賃は二万とかなり安い。


「もしかして、事故物件?」

「そうなんです~!」


 言い当てられた安藤はついに泣き出した。


「コイツ、嘉島(かしま)社長からの紹介」

「なるほど」


 めんどくさそうに嵐が補足する。

 嘉島とは不動産屋の社長の名前で、この事務所のオーナーである。つまり、安藤が借りている一戸建ては嘉島が貸し出している物件なのだ。店子(たなこ)に泣きつかれて凛たちを紹介したのだろう。不動産絡みの依頼は実は珍しくない。


「安心してください、安藤さん」

「えっ」


 めそめそ泣いていた安藤がハッと顔を上げた。

 向かいに座る少女は自信に満ちた表情で真っ直ぐこちらを見つめている。幾つか年下であろう彼女が何故かものすごく頼もしく思えて、すがりつきたくなった。


 しかし。


この事務所(ウチ)も事故物件ですから」

「ヒェッ……!」


 安藤は子ども向けアメリカン・アニメーションのようにソファーから飛び上がり、床に転げ落ちた。あまりの取り乱し様に嵐が思わずプッと吹き出す。ずっと仏頂面だった嵐の表情が崩れたことで少しだけ気が楽になったのだろう。ソファーに座り直してから、安藤はようやく詳細を語り始めた。


「僕、いわゆる補欠合格ってやつで、普通の人より遅くに大学に受かったんです。それで新生活の準備を始めるのが遅れてしまって」


 県外からこの駅の近くにある大学を受験したが一歩及ばず、後日合格者が辞退して空いたワクに繰り上がっての合格となった。すぐに学生向けアパートを探したが時すでに遅し。条件の良い物件は軒並み借りられた後だった。貧乏学生には予算以上の家賃は払えない。入学までに住居が決まらねば大学には通えない。そこで不動産屋の嘉島から紹介された物件が『住宅街に建つ平屋の一軒家』だったという。


「事故物件ってことは事前に聞いてました。去年住んでいたおじいさんが庭で首を吊って自殺したって。庭でのことだし、おばけなんかいるわけないって思ってたし、背に腹はかえられないから契約したんですけど」


 そこまで言ってから、安藤は自分の耳を両手で塞いだ。


「夜中、たまに呻き声が聞こえてくるんです。……おじいさんが首を吊ったっていう庭のほうから」


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