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最終話・凛と嵐【一旦完結】


 立ち去る嘉島を出入り口で見送ってから、凛は事務所内に戻ろうとした。すると、入れ替わりで誰かが雑居ビルの階段を駆け上がってくる。ドタバタと荒々しく響く靴音はよく知っている相手のものだ。


「あれっ、社長は?」


 嵐が出入り口から事務所内を覗き見る。


「ついさっき帰ったとこ」

「そうか」


 凛の横をすり抜けて室内へと入り、いつもの定位置にドカッと腰を下ろす。まだ機嫌が悪いのか、嵐の眉間には深いシワが刻まれていた。隣に座り、凛は嵐を見る。先ほどまでつけていた伊達眼鏡は外した。嵐の心は裸眼でも読めないからだ。


「悪かったな、社長と二人にしちまって」

「今さらでしょ。嘉島さんなら慣れてるし」


 二人にとって、嘉島は後見人のような立場といえる。居場所を与え、時には依頼という名の存在理由を与えてくれる。良いかどうかの判別はつかないが、理解者であることに間違いはない。


「戻ってくるの早かったね。どこ行ってたの」

階下(した)のユレンのとこ。あれ以来一度も顔合わしてなかったから礼言ってきた」

「あ、あたしも後で寄る!」


 さっきまでの気まずい空気を拭い去るように、努めて普段通りの会話を心掛ける。でも、やはりいつものようにはいかなかった。少しの沈黙の後、嵐はソファーの背もたれから身体を起こした。


「なあ、凛。オマエは少しずつだが人と接することに慣れてきた。最初の頃に比べたら度胸もついたし、今ならその辺の奴にビクビクすることもねえ」

「う、うん」

「警察に協力するってことは、朽尾みてーな凶悪な殺人鬼の心を読まされるってことだ。別にそんなことしなくてもいいだろ」


 彼は嘉島の意見に反対のようだ。警察と関わるとなれば、今までのようにひっそりと活動できなくなる。家族に知られて要らぬ心配をかければ、また母親が暴走するかもしれない。凛だってそんな未来は望んではいない。わかっているはずなのに、なぜ。


「なにが言いたいの」


 改めて問うと、嵐は何度も何度も口を開いては閉じを繰り返し、やがて搾り出すように言葉を吐き出した。


「俺だけじゃ朽尾は倒せなかった。ユレンの奴がいなけりゃ危なかった。俺が怪我するのは構わねえけど、一緒にいたのにオマエを守れなかったことだけが、悔しい。危ない目に遭わせちまったし」

「嵐」

「だから、他の、もっと強い誰かと組みたいならそれでもいい。こんなのやめたっていい。俺は、凛に傷付いてほしくねえ」


 いつになく神妙な嵐の言葉を、凛は手刀を喰らわせることで遮った。急に脳天を殴打された嵐が困惑した顔を向け、そのままの体勢で固まる。


「バカ嵐」


 いつもの平坦な顔ではない。凛は笑みを浮かべていた。色んな感情が混ざった、複雑な表情だ。


「あたしは自分で決めてここにいるの。アンタが勝手に決めないで」

「お、おう」


 嵐は何故か急激に体温が上昇したように感じ、慌てて顔をそらして掌で覆い隠した。そして、真っ赤に染まった耳から何かを取り外してテーブルの上に放り投げる。朽尾と対決した時に使ったマイク付きイヤホンだ。


「実は、さっき社長との話を聴いちまって」

「え」


 片割れの通信機は嘉島が持っており、ずっと凛との会話を嵐に聴かせていた。そう白状され、凛は自分が何を口走ったか記憶を辿った。




『あたしは嵐以外とは組みません』


『他の人なんて考えられない』




 思い出して、凛の顔が真っ赤に染まる。あんな恥ずかしい言葉、本人が聞いていると知っていたら絶対に口に出さなかっただろう。羞恥と照れと気恥ずかしさに襲われ、凛は慌てて弁解する。


「あっ違う! いや、違わないけど!」

「分かってるよ。相棒として、だろ?」

「そっ、そう! 当たり前じゃない!」


 ひとしきりアタフタした後、なんだか滑稽に思えた。どちらからともなくプッと噴き出す。少しの間笑ってから、凛が改めて口を開いた。


「さっきの話だけど、嵐が一緒なら何でもやるよ。心が読める能力なんて嫌いだったけど、誰かを助けられるんだって最近やっと実感できた。嵐のおかげで、あたしは自分のことが少しだけ好きになれたの」

「俺も同じだ。幽霊が視えるだけの能力なんざ邪魔なだけだと思ってた。でも、オマエと組んでからは違う。オマエとは、なんかこう、見えねえ何かに引き合わされたような……」


 そこまで言って、嵐は黙り込む。自分が途轍もなく恥ずかしいセリフを口走った気がしたからだ。


「あー、悪い。忘れてくれ」


 嵐は羞恥で赤くなった顔を腕で覆い隠している。凛は気付かれないよう手を伸ばし、嵐に服越しに触れようとした。今なら動揺で霊的なガードが弱くなっている。細かな思考までは読み取れないかもしれないが、嵐の心を読むまたと無い機会だと思った。


 あと少し、というところで手を引っ込める。


 照れて途中でやめてしまったけれど、彼は言葉で伝えようとしてくれた。何より態度で示してくれる。わざわざ心を読む必要なんかない。ないはずなのに、なぜか嵐の気持ちが知りたくなった。仕事や必要に駆られた時以外で他者の心を読みたいと思ったのは初めてで、凛は大いに困惑した。


「ねえ嵐」

「なんだよ」


 呼びかければ、不機嫌そうな声が返ってくる。赤みが引かない頬を誤魔化すため、嵐はソファーの肘置きにもたれかかって明後日のほうに顔を向けていた。そんな彼に少しだけ気まずい気持ちになる。でも事実を伝えなければ、と凛は決意した。


「イヤホン、電源ついてるよ」


 テーブルの上にはついさっき嵐が放り投げたマイク付きイヤホンが転がっている。対となるイヤホンは嘉島が持っていった。数十メートル離れていても会話ができる小型の通信機だ。


 赤かった嵐の顔がみるみる青くなっていく。


「だ、大丈夫だよ。嘉島さんはもう耳から外してるだろうし、電源切ってるかも」


 凛が必死にフォローするが、嵐はすぐさまイヤホンを耳に装着した。すると、かすかに呻き声が聞こえてくる。嘉島が声を押し殺して笑っているのだ。


「社長、盗み聴きなんて趣味悪いっすよ!」

『オマエだってオレと凛ちゃんの話を聞いてたじゃねーか。お互い様だろ』

「ふざけんな!」


 通信機越しに言い争う姿に、凛は肩をすくめた。同時に、もし隠しカメラが設置されていたら先ほどの自分の行動も見られるかもしれない、と恐ろしくなる。


「嵐、家探ししよっか」

「だな。他にもあるかもしれねえ」

『ま、待て! なんも仕掛けてねーよ!』

「この反応、あやしいな」


 言い争う声が事務所内に響き渡った。






『凛と嵐』 完

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