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41話・譲れないこと


 安藤宅に吾妻と里枝を残して事務所に戻ると、嘉島の姿があった。どこから持ち込んだのか小さな脚立の上に立ち、壁掛け時計に何かを仕込もうとしている真っ最中だった。


「油断も隙もねえな。今度は監視カメラっすか」

「ああっ、それ高いんだから手荒に扱うなよ!」


 すぐさま嵐が小さな機械を奪い、嘉島が取り返そうとする。また始まったと思いながら、凛は彼らのやり取りを冷ややかな目で見守った。


「で、今日はなんのご用事ですか」


 監視カメラを没収されて落胆する嘉島に凛が問う。

 彼が事務所を訪れるのは家賃の集金時か嵐が呼びつけた時、または依頼を持ち込む時である。嘉島はタバコの煙を溜め息のように吐き出してから、向かいに座る若い二人を見据えた。いつもの飄々とした顔付きではない。


「朽尾の件だ」


 雰囲気に飲まれ、二人は姿勢を正した。


「ユレンに調べてもらったんだがな、朽尾が使役していたのは『管狐(クダギツネ)』っていう使い魔みたいなモンなんだと。依代(ヨリシロ)になっていた筒は取り上げたし、朽尾自身はたまたま素質があっただけで正規の修行をしたわけではないそうだ」


 恐らく朽尾には術者の家系の血が混ざっていたのだろう。歪んだ欲望が秘めた能力を開花させ、間違った使いかたをしてしまった。


 凛の能力は異能を持つ者には基本的に効かない。それは能力者が精神的なガードを常時展開しているからだ。なんらかのきっかけで異能に目覚めた朽尾はその点まだ未熟だったため、凛は彼の心を読むことができた。


「しっかし、よりにもよってウチが貸してたコンテナで管狐を飼っていやがったんだよ。まあ生きてるキツネじゃねえから毛や糞で汚れるわけじゃねえんだが良い気はしねえな」


 過去にたくさんの人の命を奪っている。そこが現場ではないにしろ、実行犯である管狐が住んでいたコンテナもある意味事故物件と言えるかもしれない。


「実は日本中で半端な異能者による犯罪が急増していてな。どうもいわく付きの道具を朽尾みたいな素質のある奴に与えている組織があるらしい」

「まさか、何者かが意図的に異能者を作り出してるってことですか?」

「朽尾の取り調べが進めば詳しく分かるかも知れん。ユレンが言うには、後継者がいなくなって引き継がれなかった呪術系のアイテムを集めている組織があるんだと。趣味のコレクションにしては雑多過ぎるし、闇市に出回るアイテムを買い集めるために莫大な資金を投じているから個人ではないだろうという話だ」

「つまり、また似たような事件が起きるかもしれねえ、ってことか」


 ちなみに、ユレンはオカルトマニアを(こじ)らせた中国人である。蒐集(しゅうしゅう)した呪符や呪具を使って様々な事態に対処できるが本人に特殊な能力はない。彼の片眼鏡はこの世ならざる存在を視るための道具。彼が経営するアジアン雑貨店『魔术(モォシゥ)』の売り物の中には得体の知れないモノが混ざっていることもある。


「でな、この前の事件がキッカケでオマエらの存在が警察に知れた。もともと付き合いのある刑事にだけは話してたんだが、朽尾の件で情報の出どころを探られちまってな。シラを切り通せなくなった」


 警察と聞き、二人は身体を強張らせた。

 悪いことをしているわけではないが、積極的に関わりたくはない機関である。わかりやすい反応に苦笑をこぼしつつ、嘉島は更に話を続けた。


「オマエらの個人情報はバラしてねえから安心しろ。だが、近いうちに警察から捜査協力を頼まれるかもしれん」

「俺らの能力で得た情報は法治国家じゃ証拠にならねえとか言ってたくせに」


 眉間にしわを寄せた嵐が喰ってかかるが、嘉島は軽く片眉を上げて話を続けた。


「実際その通りだろ。でも、よく考えてみろ。証拠不十分だからって凶悪な犯罪者を野放しにできるか? 正規の情報源だけで全ての犯罪に対処できるか? どんな手段を用いようと被害者を一人でも減らしたい、犯罪者を捕まえたいと願うのは当然だ」


 そう言われてしまえば安易に反論はできない。だが、嵐は更に口を開いた。テーブルに身を乗り出して嘉島を睨み付ける。


「俺らだって、いつまでもこんなこと続けていられるわけじゃねえんだよ!」


 勢いよく立ち上がって扉に歩いていく嵐の背を、凛が慌てて追いかける。


「え、嵐。どこ行くの」

「悪い、アタマ冷やしてくる」


 嵐は事務所を飛び出していき、後に残された凛と嘉島は目を丸くして顔を見合わせた。嵐の態度にも驚いたが、何より凛は嘉島と突然二人きりにされて困惑している。


「堂峰もまだまだ青いなァ。そうは思わねえか? 凛ちゃん」


 同意を求められ、否定も肯定もできず俯く。

 嘉島の心を読む度胸や覚悟は凛にはない。今は不動産屋をしているが、嘉島の前職はヤクザだ。もしかしたら自分たちを利用して良からぬことをさせようとしているのではないかと疑う気持ちもわずかにあった。


「あの、警察に協力って……」

「具体的な話にゃなってねえよ。まず事件ありきだからな。やるとすりゃあ普通の捜査じゃどうにもならなくなった時に頼られる、みたいな感じになるんじゃねえかな」

「はあ」


 どういう形であれ、協力するようになれば警察の人間とも関わることになる。好奇の目に晒され、時には能力だけでなく人格を否定されるかもしれない。不安がふくらみ、唇を噛む。


「ぶっちゃけ、捜査なら堂峰より凛ちゃんのほうが適任だぜ? なにしろ黙秘されても対象者の心を暴けるんだからな。引く手数多(あまた)だ」

「……」


 能力を信頼されて重用されたとしても犯罪者の心ばかりを読まされる。しかも、普通の捜査では捕まえられないような凶悪な犯罪者を。そんな未来を想像して憂鬱になり、凛は黙り込んだ。


「いっそ堂峰以外と組むか? ユレンはどうだ。アイツ凛ちゃんのこと気に入ってるからな。もっと明るく社交的な奴か、同性のほうがやりやすいか? オレぁ裏稼業やってた関係で、そっち方面にも多少の伝手(つて)があるんだよ」


 だが、この言葉には黙っていられなかった。


「あたしは嵐以外とは組みません。他の人なんて考えられない。嵐が辞めるって言うなら辞めるし、やるって言うならやります!」


 静かに、しかし力強く断言する。嘉島は(くわ)えていたタバコを落としかけ、慌てて手でキャッチして空き缶で揉み消した。


「わかったよ。ま、急ぐ話でもねえからな。二人でじっくり考えてくれや」


 言うだけ言って、嘉島は帰っていった。


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