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39話・嵐の目的


 四人はそのまま連れ立って移動した。行き先は駅裏の住宅街にある安藤宅だ。


「あなたたち、確か武蔵くんのお友だちね」


 家の前で近所の老婆から声を掛けられた。以前訪ねた時に嵐たちと顔を合わせており、覚えてくれていたらしい。


「いらっしゃい嵐さ……ヒッ、増えてる!」


 コミュ強二人組が老婆と話し込んでいる間に家主の安藤が玄関の引き戸を開けた。嵐と凛だけでなく見知らぬ男女まで家の前にいることに気付き、彼はビクッと肩を揺らした。


「武蔵くん、これお友だちと一緒にどうぞ」

「いつもすみません、いただきます」


 老婆から和菓子のパックを受け取りながら、安藤はペコペコと頭を下げてお礼の言葉を繰り返している。その様子を見た吾妻が「なるほど」と感心したように呟いた。


「この和菓子ね、野井さんが好きだったのよ」

「そうだったんですか」

「だから、みんなで仲良く食べてね。おうちでにぎやかにしていたら、野井さんもきっと喜ぶでしょうから」


 生前の野井は近所の人たちと良好な関係を築いていたようだ。後の住人となった安藤を気に掛ける理由のひとつだろう。


「ええと、嵐さん、凛さん。このお二人は?」

「男のほうはオマエの弟子」

「は???」


 意味が分からず混乱する安藤を退け、嵐は勝手知ったる何とやらで家の中に上がり込み、他の三人もそれに倣った。


 奥の居間のカーテンは開け放たれ、日曜の午後のあたたかな日差しが差し込んでいる。真ん中に置かれたちゃぶ台を囲んで座る四人にお茶を出しながら、安藤はようやく事の次第を理解した。


「つまり吾妻さんは『地味になりたい』と」

「そゆこと。地味が服着て歩いてるみてーなオマエなら何か参考になるだろうと思ってな」

「嵐さん、僕をそんな風に見てたんです……?」


 和菓子をちゃぶ台の真ん中に置いてから腰を下ろすと、安藤の正面に座る爽やか好青年はキラキラとした眼差しを向けていた。


「改めまして、吾妻伊鶴と申します。オレ、モテ過ぎて困ってるんです。地味になるために力を貸してください」

「くうぅ、なんて贅沢な悩み……!」


 安藤がギリリと奥歯を噛み締める。


「ねえ、安藤くんって大学生なんでしょ? 吾妻くんと同じ大学なんじゃないの」


 里枝の問いに、二人ははたと顔を合わせた。


「オレ、那加谷(なかや)大の社会学部二年」

「あ、僕も同じ学部です。一年ですけど」

「後輩だったんですね、よろしく安藤くん!」

「は、はいぃ」


 こうして安藤は大学での知り合いと地味さを伝承する弟子を同時に得ることとなった。ちなみに、里枝は市内の福祉専門学校に通っている。


 和気あいあいと盛り上がる三人を居間に置き去りにして、嵐は凛を伴って庭へと出た。


「凛、手ェ貸せ」

「うん」


 促され、凛はおずおずと手を差し出した。思いのほか強く握られ、戸惑う。事件の夜以来、直接会ったのは今日が初めて。わずか数日離れていただけなのに、なんとなく彼との間に壁ができたような気持ちがあった。


「このおじいさんと話したいの?」

「ああ」


 手を繋いだ瞬間から、凛にも老人の霊の姿がはっきりと見えている。庭木の下で生前と変わらぬ姿で立ち尽くしている。明るい時間帯ということもあり、恐ろしさはまったく感じなかった。老人の霊が平坦ながらも穏やかな表情をしているからかもしれない。


「じいさん、昨日あの子どもは無事成仏(あが)った。安心していい」

『そうですか。ありがとうございます』


 まず順也の件を報告すると、老人の霊が僅かに目を細め、小さく頭を下げる。わざわざ直接報告しに来たのか、と凛は感心した。


「アンタのおかげで呻き声の件も解決した」

『あなたがたのおかげです』


 呻き声の発生元がレンタル倉庫であると老人の霊から教えてもらったという。そこから嘉島に監視カメラ映像を提供してもらい、朽尾が関わっていると裏付けた。事件解決の陰の立役者と言える。


 しかし、嵐の本題は別にあった。


「アンタ、まだ何か隠してるだろ」

『……』


 老人の霊の表情がサッと変わる。気分を害しているわけではなく、困っているように見えた。


「ねえ、嵐。無理に話を聞き出さなくても」

「ダメだ。後悔や無念が残ってると成仏できねえ。長いこと現世に留まれば悪いものに変わっちまう。俺はじいさんを悪霊にしたくねえんだ」


 見兼ねた凛が声を掛けるが、嵐は引き下がらない。しばらく睨み合いを続けていたが、老人の霊の瞳に悲しい色を見つけ、凛はふと何かを思い出した。


「野井さん、あなたは何故自ら命を絶ったんですか。示談も済んで、賠償金もきっちり支払い終えたはずなのに」

『……』


 以前感じた疑問をそのままぶつけるが、老人の霊は答えない。固く口を引き結び、話すものかという強い意志を感じた。だが、抱えた秘密がある限り、彼はこの場に残り続けることになるのではないか。誰からも気付かれず、または一方的に怖がられ、何十年、何百年も立ち尽くすことになりはしないか。嵐が危惧しているように、悪いものに変質してしまわないか。


 意を決し、凛は一歩進み出た。嵐と手を繋いだまま、右手で老人の霊にそっと触れる。


 直接彼の心を読むために。




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