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38話・秘められた想い


「先日はありがとうございました」


 日曜の午後、事務所に訪れた吾妻は菓子折りの紙袋を差し出しながら頭を下げた。里枝も一緒だ。二人を招き入れ、向かいのソファーに座らせる。


 ひとしきり感謝の言葉を受け入れた後、嵐は吾妻の右腕に軽く触れた。刺青(いれずみ)にまとわりついていた黒いもや……朽尾の執着を取り払うためだ。


「刺青どうすんだ。まだ途中なんだろ?」

「正直どうしようか悩んでます。筋彫りが終わった段階で、色入れがまだなんですよね」


 吾妻は袖をめくって刺青を見せた。赤みと腫れは引き、綺麗な黒い模様がくっきりと残っている。朽尾が逮捕されたため施術途中の刺青は放置せざるを得なくなったが、本来であればそろそろ色入れの工程に入る予定だった。


「その図案、オマエが指定したのか」

「いえ、朽尾さんが選んでくれました」


 カッコいいタトゥーを入れることが目的で、特にこだわりはなかったらしい。幾つか提示された中で朽尾が勧めてきたのがこの図案だった。


 何かを言いかけて、嵐は口ごもった。真実を伝えようかどうか迷っているのだ。だが、黙って放置したら良くない結果を招きかねない。少し考えてから、再度口を開く。


「実は、その刺青には何らかの印が刻まれている。元の蓮座(れんざ)の模様に紛れさせているから分かりにくいんだが」

「呪いとかですか」

「たぶん。朽尾に惹かれるようになるとか、居場所が分かるようになるとかそういう(たぐい)のモンだと思う」


 最初に顔合わせした時、嵐は密かに刺青の写真を撮っていた。違和感を覚えて写真を調べているうちにこの事実に気が付いた。


 指摘され、吾妻は慌てて自分の右腕を見た。蓮の華の輪郭に重なっているため、元からそういったデザインだと思い込んでいたらしい。


「未完成だから大した効力はないだろうが、刺青ごと消すか線を足して意味を失わせたほうがいい」

「そうですか……」


 吾妻は暗い表情でうつむいた。彼の知る朽尾は親切な男だったのだろう。事実、襲撃された時も最初は全く警戒せずに笑顔で話し掛けたくらいだ。知り合って僅か一ヶ月ほどの彫り師と客という間柄だったが、朽尾が吾妻に優しく接していたことだけは事実。


「あの」


 青褪める吾妻に凛が声をかけた。


「蓮座ってすごく縁起が良いそうです。だから、きっと図案自体は吾妻さんのためを思って選んだんだと思います」


 凛は朽尾に触れて心を読んだ。吾妻に対する想いだけは本物だと知っている。歪みまくっていたし、理解して受け入れるべきとは思わないが、朽尾の気持ちだけは伝えておきたかった。


「そう、ですよね。オレのために」


 刺青に触れながら、吾妻は俯いた。


「どっちにしろ新しいタトゥー屋を見つけなきゃな。良い彫り師紹介してやろうか」

「やめなよ嵐。どうせ嘉島さん絡みでしょ」

「ヤクザ相手に商売してた奴なら腕も確かだろ」

「そうかもしんないけどさ」


 ヤクザとかいう不穏なワードが聞こえた時点で吾妻は怯えたが放置するわけにもいかず、紹介を頼むことにした。


「ええと、それで、オレ考えたんですけど、もう少し目立たないようになりたいと思って」


 今回の事件の発端は、吾妻がモテ過ぎたことが原因だ。朽尾も、たまたまタトゥースタジオの客として訪れた吾妻の魅力に参って犯行に及んでしまった。もともと女性から頻繁に告白されており、今後もトラブルに発展する可能性がある。


「オレ、本当はセンス悪いし趣味も地味なんです。いま着てる服や髪型はぜんぶ姉に決められてて」


 どうやら吾妻は姉から着せ替え人形にされているらしい。刺青を入れると決めたことも、姉に対するささやかな反抗だったのかもしれない。


「不特定多数にモテたいとは思いませんし、この機会に地味になりたくて」


 なんと贅沢な悩みだと、居合わせた誰もが思ったが口には出さなかった。


 嵐は顔の造形は悪くないが非常にガラが悪く、水商売をしているような女性しか寄ってこない。凛は普段他人を視界に入れないように顔を隠しており、モテるモテない以前の問題である。里枝は化粧で顔立ちのコンプレックスをカバーするなどして努力している。


 しかし、吾妻は自分のせいで三人(彼が知らないだけでもう一人)の女性が犠牲になってしまったと落ち込んでいる。第二、第三の朽尾を生み出さないために彼なりに考えているのだ。


「わざわざ地味にねえ……」


 呆れ顔で嵐は向かいのソファーに座る吾妻を見た。今日はノーブランドの無地のTシャツとジーンズという初期アバターのような出立ちにも関わらず、どこの雑誌モデルかといった佇まいである。


「アイツなら適任かもしれねえな」

「アイツって?」


 キョトンとする吾妻に、嵐はニッと悪そうな笑みで返した。



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