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35話・腐れ縁


 毛利(もうり)武親(たけちか)は正義感の塊のような男である。故に、実家がヤクザで素行の悪い嘉島(かしま)真二郎(しんじろう)とは同じ高校に通いながらも接点がなく、言葉を交わすこともなかった。


「嘉島、今日は手荷物検査だ」

「マジで? やべ。タバコどうすっかなあ」

「そんなにヤニ臭かったら吸っていると馬鹿でも気付く。検査の時だけやり過ごしたところで意味はない」

「えっ、オレそんなにくさい?」

「ひどいにおいだ。健康にも悪い。これを機にスッパリ禁煙しろ」

「オマエはオレの母ちゃんかよ」


 不干渉が崩れたきっかけは些細な出来事。意外とノリが合う奴だと判明してからは時々話す仲になった。


 意外にも、嘉島は毎日きちんと登校して授業もサボらず受けている。出席率は良いが真面目とは言い難い上に成績もイマイチだったため、教師陣からは嫌われていた。他の生徒は自分がやった悪事が発覚しそうになると口を揃えて「嘉島がやった」と嘘の証言をし、教師も疑うことなく信じた。アイツならやりかねないという偏見があるからだ。そして、身に覚えのない罪で注意されても肝心の嘉島が否定せず受け流しており、毛利は常々歯痒く思っていた。


 違和感は進路希望を提出する時期に決定的となる。


「毛利、付き合う友人は選べ。ヤクザ者と繋がりがあると知れたら将来に傷が付くぞ」


 進路指導の担当教諭から忠告された毛利は、何故だか無性に腹立たしい気持ちになった。


 毛利自身は実直かつ清廉潔白な人間で、警察官になると幼い頃から決めていた。蔓延る悪を根絶し、弱き者を守り、導く存在になりたい、と。


 しかし、現実は理想とは程遠い。

 大人は上辺や肩書きしか見ず、教師ですら生徒を選り好みして態度を変える。嘉島は学校で悪さをしたことはない。生まれ育った家がたまたまヤクザだったというだけ。警察官になれば、嘉島を差別した教師たちや嘉島に罪をなすりつけた生徒たちみたいな人間を守らねばならないのだ。毛利は消化しきれない気持ちでいっぱいだった。


「嘉島、いま帰りか。駅まで一緒に行こう」


 帰り際に下駄箱前で嘉島を見掛け、毛利から声を掛けた。だが、嘉島は曖昧な表情で笑みをこぼすだけ。靴を履き替え、一緒に歩きながら、嘉島はようやく口を開いた。


「オマエ、もうオレと話さないほうがいいよ」

「どういう意味だ」

「言われただろ? 先公に」

「俺がいつ誰と話そうが、誰にも文句を言う権利はない」


 ムキになって言い返せば、嘉島は肩をすくめて足を止めた。毛利は数秒遅れて立ち止まり、振り返る。

 日が沈みかけた時間帯。校舎に遮られた夕焼けが校庭のあちらこちらを赤く染めていた。薄暗いせいで、毛利からは嘉島の表情はよく見えない。


「オマエは警察官になるんだろ? だったら、裏稼業の人間なんかと(つる)んじゃ駄目だ」

「嘉島はヤクザじゃないだろ?」

「まだ、な。なにも後ろめたいことがなくても、世間様はそうは見ねえ。オマエにとっては『百害あって一利なし』だ」


 ふと、毛利は自分が今立っている場所が校門から一歩出たところだと気が付いた。嘉島はまだ学校の敷地内にいる。


「学生のうちはまだいい。たまたま同じ学年の同じクラスになっただけ。でも、学校の外はだめだ。外では一切関わっちゃいけない」

「連絡先を教えてくれない理由は、それか」


 話すようになって以来、毛利は何度か連絡先の交換を申し出たが毎回断られていた。

 もしかしたら教師が嘉島に対して注意したのかもしれない、と毛利は疑っていた。今のやり取りを聞いた限りでは、おそらく他者と一定以上関わろうとしなかったのは嘉島の意志で、教師は嘉島から頼まれて毛利に忠告したのではないかと思い至った。


「卒業したら家業を継ぐのか」

「ちょっと考え中」


 苦笑いで返しつつ、嘉島は言葉を続ける。


「ヤクザって社会不適合者の最終受け入れ先みたいなトコあんだよな。無くせば良いって話でもないし、そもそもタテにもヨコにも繋がりがあって色々難しーんだわ」

「……」

「どのみち、オレひとりでどうこう出来る話じゃないしな」


 いつもは飄々とした嘉島が、だんだんと肩を落として背中を丸めていく。上向きだった顔が俯いて地面だけを見つめる前に、毛利は一歩進み出て彼の腕を掴んだ。毛利の足は右だけ学校の敷地に踏み込み、左は校外に置かれている。そのまま腕を引っ張り、学校の敷地から嘉島を連れ出した。


「ば、バカ。なにやってんだ!」

「馬鹿はどっちだ。たった一歩の距離でグダグダと! どちらかが歩み寄れば簡単に手が届く距離だろうが!」


 傍から見れば、数十センチの違いなど分からない。無いに等しい。頭が悪いなりに線引きをしようとした嘉島の『配慮』を毛利は否定してみせた。


「俺は、オマエと友だちになれて嬉しかった。その気持ちだけは真実だ!」


 真っ正面から臆面もなく告げられた熱い言葉に、さすがの嘉島もしばらく反応できなかった。下校時間を多少過ぎたとはいえ、周りにはチラホラ生徒が歩いているし、学校前の道だって無人ではない。そこそこ存在する目撃者に、嘉島が焦った。すぐさま毛利の手を引っ張って校外へと走り出す。


「学校の外では関わらないんじゃなかったのか」

「アホか! 青春ドラマみたいなセリフを人前で叫びやがって! あの場に平気なツラしていられるかよ!」

「明日は学校中で噂になっているかもな」

「笑い事じゃねえよ!」


 このやり取りの翌日から、嘉島は宣言通り毛利と関わらないようにした。徹底的に避けまくった。高校を卒業した後は音信不通になり、互いがどこでなにをしているのかすら分からなくなっていった。

 数年後に開かれた同窓会で嘉島が家業を継いだと元クラスメイトから聞いただけで、本人とは会えず終いだった。


 ところが、高校卒業から十年後。


「よぉ、久しぶりだな毛利」

「嘉島」


 なんと嘉島から毛利に声を掛けてきた。

 高そうな細身の黒スーツにサングラスという、いかにもインテリヤクザといった出立(いでた)ちに若干引きながらも、毛利は純粋に再会を喜んだ。


「実はウチの組を潰したんだ。解散届を提出して受理された。これでオレも晴れて一般ピープルってワケだ」


 だからこそ嘉島から声を掛けてきたのだ。自身に課した制限を、彼はきちんと守っていた。


「なぜ解散を?」

「それが、若いのがウチの名前使って勝手に商売始めたんだよ。特殊詐欺とかドラッグとか。ウチはそーゆーの御法度(ごはっと)なのにな」


 嘉島の家は古くからのヤクザで、風俗店や飲み屋の用心棒、債権回収代行、庭場内での露店取り仕切りなどの比較的真っ当なシノギが主な収入源になっている。しかし、時代の流れと取り締まり強化のため、昔ほどの稼ぎは望めない。そこで若い組員が稼ぐために安易な方法に手を出してしまった、というわけだ。


「人様を騙したり、身体に害が出るようなモンを広めるなんて許されねえ。お天道様(てんとさま)に顔向けできる立場じゃねえが、最低ラインだけは守るべきだ」

「だから潰したのか」

「親父が死んでから組員のまとまりも無くなってきてたしな。潮時だったんだよ」


 皮肉なことに、嘉島は父親の死後に跡目を継いだからこそ組を解散する権利を得た。


「ヤクザを辞めて、今はなにをしているんだ」

「不動産屋だよ不動産屋。元々幾つか物件持ってたし、似たようなシノギやってたから慣れてんだ」


 それは土地転がしでは、と思いながらも毛利は「そうか」と頷いた。


「ほとんどの奴はよその組に紹介するか、カタギの職に就いたりしたんだが、九九もできないような奴は行き場がないからそのまま世話してんだ」


 学生時代には見られなかった心からの笑顔。近況を話す嘉島の顔は晴れやかだ。


「今なら連絡先を交換してくれるか」

「いいぜ。ホラ」


 懐から携帯電話を取り出しながら尋ねれば、嘉島は上着のポケットから名刺を取り出して毛利に渡した。



(有)嘉島不動産

代表取締役社長 嘉島真二郎



 表には不動産屋の社用電話、裏面には手書きでプライベート用の電話番号とメールアドレスが記されている。最初から毛利に渡すつもりで用意していたのだろう。


「この辺で部屋借りる時はオレに言えよ」

「安くしてくれるのか?」

「お友だち価格で紹介してやるよ」


 十年ぶりとは思えないくらい、嘉島と毛利の会話は自然だった。







 再会以来、二人は時折予定を合わせて飲みに行き、情報交換するようになった。元ヤクザの情報網は侮れない。嘉島は自身の信条を貫くため、毛利は人々の平穏な暮らしを守るために互いを利用して物事に対処している。今回もそうだ。


「とはいえ、二人組の片方は未成年の少女だろう。保護者に無断で夜間に危険な任務に当たらせるなど……」

「じゃあ、オマエが親に話をつけるか? あの子の母親は相当過保護だぞ。相手が警察でも構わず牙を剥くだろうな」

「……市民を敵に回したくない」


 挑発的な嘉島の言葉に、毛利は手を挙げて降参の意を示した。


 物理的にも科学的にも不可解な事件に対応できる人材は警察にも欲しいところだが、組織の一員としての受け入れは難しい。異能は数値化できないからだ。故に、今回のように嘉島の人脈でそちら方面に特化した人材を探し、管理してもらっている状態である。


 (くだん)の少女が高校を卒業してしまえば親の同意は必要なくなる。その時にでも勧誘したら問題ない、という考え方がまさに獲物を狙う詐欺師のようではないかと気付き、毛利は眉をしかめた。


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