33話・小芝居
「吾妻さん好きです! お付き合いしてくださいッ!」
朽尾から襲撃を受けている真っ最中、凛は吾妻の手を握って大きな声で告白をした。野次馬もいる場所での公開告白。顔は羞恥で真っ赤になっており、手も足も震えている。
なにやってんだアイツは、と呆然とする嵐の近くでバキッと鈍い音が聞こえた。どうやら朽尾が手に力を入れ過ぎて金属製の筒を凹ませてしまったらしい。冷静さを欠いたからか放たれた黒い塊の勢いが弱まり、楽に避けられるようになった。
凛は吾妻に何やら耳打ちをした。
顔を耳元に寄せ、周りに聞こえないように。
そして──
「ありがとう凛さん。嬉しいよ」
凛の告白に対し、吾妻は笑顔で応えた。表情は引き攣っているし、セリフはやや棒読み状態だが、凛の手を握り返すことで好意的な態度を示している。
「……あの女も伊鶴くんを誑かすのか」
一連のやり取りに朽尾がキレた。彼の目は既に嵐を見ておらず、凛と吾妻に釘付けとなっている。限界まで見開かれた眼球は血走り、二人を睨みつけていた。
「自由ヲ奪エ。意志ヲ奪エ。希望ヲ奪イ、絶望ノ淵ヘト追イ込メ。魂ヲモ喰ライ尽クセ」
先ほどより強い呪詛の言葉が紡がれると共に、黒い塊がどんどん大きく速くなっていく。
「うわ、あぶなっ」
嵐に向けて攻撃を繰り返していた黒い塊が、今度は凛に向かって放たれた。勢いはあるが、術者の朽尾が冷静さを欠いているおかげで狙いが定まっていない。凛は吾妻や里枝の側から走って離れ、紙一重で躱した。
朽尾の気は完全に逸れている。
凛が身を呈して作ってくれた隙だ。
嵐は好機を逃すことなく飛び掛かった。
「どりゃあ!」
背中を蹴られた朽尾は金属製の筒を取り落とした。カランカランと乾いた音を立てて転がる筒を慌てて拾おうとする手をスニーカーで踏みつけ、地面に縫い付ける。
「おまえ、よくも……ッ!」
憤怒の形相で睨め付ける朽尾にもう抗う術はない。この筒さえ取り上げれば無力化できる、と嵐は考えた。
そう思い込んでしまった。
地面に落ちた二つの筒がぶるりと震え、次の瞬間中から黒い塊が飛び出す。超至近距離かつ無警戒だった嵐は攻撃をまともに受ける羽目になった。
「っ、なんだと?」
「私の手から離せば無害だとでも思いましたか」
「くっ……!」
「ふふ、私が触れていなくてもこの子たちは命令を聞いてくれます。賢いから、ちゃあんと私が主だと理解しているんですよ」
右手の甲を踏み付けられたまま、朽尾は愉快そうに口元を歪めた。切れ長の目は弧を描き、痛みと驚きに顔をしかめる嵐を嘲笑う。そうこうしている間にも、黒い塊は金属製の筒から飛び出して攻撃し、再び戻るという動きを繰り返していた。
「おまえを殺したら、次はあの女どもを殺してやります。伊鶴くんに色目を使い、気を引く邪魔な存在はみぃんな始末するんです。そうすれば、いずれ彼の目も醒めることでしょう」
「てめえ、フザけんな!」
延々と垂れ流される自分勝手な言い分に、嵐の堪忍袋の緒が切れた。朽尾の右手を踏ん付けていた足を退け、無防備な胴を蹴り上げようとした。が、黒い塊が次から次に飛び掛かってきて動きを阻む。
「痛いでしょう。苦しいでしょう。死ねば苦痛を感じなくなりますよ。でも、おまえは楽には殺さない。時間をかけて苦しめて、私の邪魔をしたことを後悔させてやります」
執拗に脚を狙われ、ついに嵐は地面に膝をついた。ハーフパンツは滲み出た血でべっとりと濡れ、布地が肌に張り付いている。ひとつひとつの傷は浅いが数が多い。嵐は唇を噛んで痛みを堪えた。
「朽尾文悟ぉ!」
一方的に嵐を痛めつけられる様を見て凛もキレた。
声を張り上げ、朽尾の名前を叫ぶ。
「吾妻さんはアンタなんかに渡さないんだから!」
「そうそう、渡さないんだから〜!」
振り返った朽尾の目に映ったのは、吾妻の左右から抱きついている凛と里枝の姿だった。中心に立つ吾妻は照れと緊張で身体を硬くしながら、行き場のない手を宙に彷徨わせている。
「こ、こ、この女ども……ッ」
嫉妬と怒りに満ちた低い声が響く。
再び朽尾の意識が凛たちのほうに完全に向いた。嵐を攻撃していた黒い塊は一旦筒に戻った後、凛と里枝目掛けて勢い良く放たれる。
しかし、黒い塊が彼女たちに当たることはなかった。




