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32話・黒い塊

 

 朽尾は長針の入れ物である筒を握ったまま動かない。筒は金属製だが長さも強度も無く、武器や防具には向かないように思えた。恐れていた針はもう無い。さっさとブン殴って気絶させて縛り上げれば事件は解決する。


 それなのに、嵐は朽尾に近付きたくなかった。


「やべ、鳥肌が治らねえ」


 気温は急激に下がったように感じる。

 空気が震え、周辺の街灯が不規則に明滅し始めた。


「えっ、なになに?」


 吾妻の後ろで里枝が不安そうな声を上げる。


 高架歩道を挟んだ向こう側、駅前通りに変化はない。街灯の不具合が起きているのはこの場所、駅ビルの裏だけ。霊感がない者にも分かる明らかな異常事態だ。


『嵐、下がって!』


 そんな異常事態に気を取られたせいで凛の注意喚起が一瞬遅れた。数メートルの距離を何かが飛ぶ、いや、駆け抜けたと言うべきか。離れた場所にいる凛からは、朽尾がまるで銃を撃ったかのように見えた。


「ぐあっ!」


 ものすごい勢いで放たれた小さな黒い塊は嵐の太腿に当たり、跳ね返って朽尾の元に戻る。飛び道具では有り得ない動きだ。嵐のハーフパンツが裂け、わずかに血がにじんだ。


『あ、嵐、大丈夫?』

「傷は浅い。心配すんな」


 動揺する凛を安心させるように平然を装って答えながら、嵐は冷や汗をかいた。黒い塊は朽尾が持つ金属製の筒から飛び出した。予備動作どころか朽尾自身は指一本動かしていない。射出のタイミングがわからなければ回避行動が取れない。霊能力の応用でダメージは多少軽減されている。だが、戦闘が長引いて体力が尽きてしまえば、霊的なガードを突破されて致命傷を負いかねない。


 一方、凛も焦っていた。

 どうしよう、どうすればいい。心を読んで行動さえ把握できれば容易く制圧できると思い込んでいた過去の自分を殴りたい。焦燥感を抑えながら凛は必死に頭を働かせた。


 朽尾の目的は里枝の殺害。

 理由は、吾妻が里枝に想いを寄せているから。その邪魔をしたから嵐が攻撃されている。得体の知れない攻撃方法を使う相手と戦うには分が悪い。


 せめて他に気を引ければ。

 少しでも隙ができれば。


 そこまで考えて、凛は顔を上げた。悩むより行動に移した方が早い。なにより、騒ぎを聞きつけた通行人が足を止めて始めている。大事になる前に事態を収束させなくてはならない。


「なに、なんの騒ぎ?」

「誰か駅員さん呼んでこいよ」

「呼ぶなら警察じゃない?」


 遠巻きに騒めく野次馬たちを気にかけることもなく、朽尾は立ち尽くしたまま呪詛の言葉をブツブツと呟き続けている。


()(ミチ)邪魔(ジャマ)スル(テキ)()テ。(ホロ)ボセ。(アシ)()ライ、(ウデ)()ライ、(クビ)()ライ、(アタマ)()ライ、(ホネ)ノヒトカケラモ(ノコ)サヌヨウ……」

()ってぇ!」


 朽尾の言葉通り金属製の筒から放たれたモノは次に嵐の腕を狙ってきたが、間一髪で避けた。目にも留まらぬ速さのため、放たれてから避けていたのでは間に合わない。常に逃げ続ける他に回避する手段はない。一定以上の距離を取らねばならず、故に反撃できずにいた。嵐の攻撃方法は殴るか蹴るかの二択しかない。飛び道具を持った相手に対しては無力だ。


(アシ)()ライ、(ウデ)()ライ、……」


 低い声で紡がれる呪詛が辺りに響く。

 明滅を繰り返す街灯が不気味さを増す。

 夜の冷えた空気が更に冷たくなってゆく。


 黒い塊は嵐の脚だけでなく腕にも当たり、服の袖をざっくりと切り裂いた。幸い厚手の上着だったため、皮膚はかすり傷程度で済んでいる。防戦一方に追い込まれ、じわじわと体力を削られている現状に嵐は歯噛みした。

 いっそ後先考えずに突っ込んでやろうかとも考えたが、もし自分が倒れたら次に狙われるのは間違いなく里枝だ。無謀な真似はできない。


 今のうちにサッサと逃げてくれ、と嵐が視線を後ろに向けた時、予想外の人物がそこにいた。


「凛! おまえ、なんで下に……」


 吾妻と里枝のそばには、先ほどまで高架歩道にいたはずの凛が立っていた。驚いた嵐が声を上げると、凛はやや緊張した笑みを浮かべてから吾妻へと向き直った。


「あ、吾妻さん、好きです! お付き合いしてくださいッ!」


 突然の告白に、その場にいた全員が固まった。


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