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30話・ツーマンセル

 

 駅ビルの裏手で襲撃された吾妻と里枝。

 犯人はタトゥースタジオの店主、朽尾。


 彼は吾妻に想いを寄せており、吾妻に近付く女性たちを人知れず始末してきた。これまで誰にも見咎められずに犯行を繰り返してきたが、今回ついに人前での凶行に及んだ。吾妻が里枝に好意を抱いていると偶然知ったからである。


「無事か、吾妻、クソアマ!」

「う、うん、大丈夫」


 間一髪のところで助けに入った嵐は自分の背に吾妻と里枝を庇い、真正面から朽尾と対峙した。


「嵐さん、どうしてここに」

「話は後だ。下がってろ!」

「はいっ」


 指示に従い、吾妻は里枝の手を引いて距離を取る。その様子を睨みつけながら、朽尾は憎々しげにギリギリと歯を噛み鳴らした。


「誰か知りませんが邪魔が入りましたね」

「これ以上はやらせねえぜ」


 不敵に笑いながら、嵐は目の前の男を見据えた。

 監視カメラの映像で見たが、実際に朽尾本人を見たのは今が初めてだ。彫り師という特殊な仕事をしているせいなのか元来の性格なのかは不明だか、慇懃無礼な態度がやけに鼻についた。

 それだけではない。直接対面したからこそわかる違和感のがあった。朽尾を取り巻く空気が普通とは違う。肌が粟立つような、妙に不安を掻き立てるなにかを感じた。


「関係ない人はしゃしゃり出ないでください」

「関係あるんだよ。依頼されたからな」


 依頼と聞いて、朽尾が片眉を上げた。


「ああ、伊鶴くんが頼った相談屋のかたですか。その声には聞き覚えがあります」

「ハッ、やっぱ聞いてたか」


 吾妻が依頼のために訪れた際、盗聴機が仕掛けられていることに嵐は気付いた。貸事務所とタトゥースタジオは二区画離れた距離にある。わざわざ移動しなくても音声を傍受できたのだろう。


「私と彼の仲を邪魔する輩は全員殺します」

「やってみろ!」


 上着の合わせに両手を突っ込み、再び指の間に長針を挟んで構える。それを見て、嵐はあからさまに嫌な顔をした。


「ナイフとかならともかく、なんで針なんか持ってんだよ! 刺さったら危ねえだろ!」

「ただの仕事道具ですよ」

「知るか! 男なら拳でやれや!」


 朽尾の武器はタトゥーニードル。刺青(いれずみ)用の使い捨ての道具で、本来はタトゥー用のニードルバーに固定して使う。殺傷力は低いが針先は非常に細く、刺されば当然痛い。ピアスどころか注射針すら怖い嵐からすると恐ろしい凶器である。


「こ、ころ、殺す、殺し、殺してやる」


 低い声で呟きながら、朽尾が地面を蹴って駆け出した。真っ直ぐ嵐に向かってくるかと思いきや、急に足を止めて方向を転換する。そこから長針を投げようとしたが、嵐は慌てずに手首を蹴り飛ばして妨害した。


「くっ……!」


 すぐさま仕切り直し、朽尾はフェイントのような動きをして注意をそらし、隙をついてガード突破を試みる。しかし、再び嵐が防いだ。まるで朽尾が次に何をするか分かっているかのような、迷いのない対処だ。


「クソッ、なぜ私の行動が分かる!」

「なぜって? 俺には専属の案内役(ナビ)がいるからな」


 焦る朽尾に対し、嵐は得意げに自分のこめかみを指差した。彼の右耳にはマイク付きのイヤホンが装着されている。そのイヤホンから聞こえてくるのは頼りになる相棒の声だ。


『バカ嵐っ! 無駄話してないでさっさとやっつけてよ!』

「そうしたいのはヤマヤマだけど、アイツ針持ってんだぜ~?」

『一本二本刺さったくらいじゃ死なないから』

「バッ……! オマエ、自分は安全なトコにいるからって好き放題言うな!」


 声の主は凛だ。

 彼女は離れた場所……駅前の大通りを跨ぐように作られた高架型の歩道の上から現場を俯瞰している。裸眼で朽尾の心を読み、次に何をするか嵐に伝えているのだ。


『また動く。左は(おとり)。右側に回り込んで』

「りょーかいッ」


 凛の言葉に従い、左の針に気を取られたふりをして、嵐は右側を駆け抜けようとする朽尾の横っ面に蹴りを入れた。


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