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29話・襲来

 

「お疲れ様でした~!」

「店長、お先に失礼しまーす」


 駅ビル内にあるカフェは二十二時で営業時間を終えた。閉店作業も済み、後は制服から着替えて帰宅するのみ。更衣室で身支度を整えた吾妻と里枝は駅ビルの出入り口に向かっていた。


閉店勤務(ラスト)一緒になるの久しぶりですね」

「そうだね~。アタシ滅多に遅い時間にシフト入れないもん」

「今日って確か休みでしたよね?」

「遅番の子が体調不良だからって店長から頼まれちゃってね~」

「ホント優しいですよね」

「アハハ、そんなことないよぉ! きっちり埋め合わせしてもらうつもりだもん。吾妻くんこそ頑張ってるよね。店長がめっちゃ感謝してたよ〜」

「いや、そんな。オレなんか」


 褒められた吾妻が照れ笑いを返す。

 駅ビルから出た後の帰宅ルートは別だ。夜遅い時間に女性を一人で帰して良いものかと吾妻は迷う。そうこうしているうちに、里枝はあっさり「またねー!」とバスターミナルのほうへと歩いていった。


「待ってください、夜道は危ないですから」

「もう少し行けば人通りがあるし平気だよ」

「いや、そういうわけには……」


 せめてバス停まで送ろうと吾妻が追いかけた時、十数メートルほど前方に一人の男が立っていることに気付いた。ゆるく波打つ長めの黒髪、ゴツめのピアスと指輪。二人はこの男を知っている。


「あれ、朽尾(くちお)さん! いま帰りですか。オレたちも帰るとこなんですよ」


 朽尾は駅の近くでタトゥースタジオを開いており、従って駅ビル周辺にいても不自然ではない。だが、ここは駅ビルの裏手。電車やバスを利用する人は滅多に通らない、いわば裏道のような場所だ。

 何故こんなところにと疑問に思いながらも、吾妻は笑顔で話し掛けた。


「朽尾さん?」

「……」


 返事のない朽尾に吾妻が首を傾げる。

 やや厳つい格好をしてはいるが普段の朽尾は愛想が良く、声を掛けられて無視をするような人物ではない。険しい表情で立ち尽くしている姿に、彼の様子がおかしいと吾妻は思い至った。


「……伊鶴(いづる)くんは本当に私の心を乱すのがうまい」

「え?」


 ようやく口を開いた朽尾は、これ見よがしに大きな溜め息を吐き出した。カツ、と革靴を鳴らしながら歩み寄る。圧を感じ、吾妻は思わず一歩下がった。


「本当は分かっているんでしょう。私の気持ちを試すように色んな女に愛想を振り撒き、寄せ付け、見せつけて楽しいですか? 楽しいのでしょうね。だって伊鶴くんはいつも眩しいほどの笑顔を見せているのだから」


 穏やかな口調なのに激しい感情を内に秘めたような声音が夜の澄んだ空気に通る。言葉はきちんと耳に届いたというのに、吾妻も里枝も意味が分からず困惑した。


「ね、ねえ吾妻くん、なんか揉めてんの? あのひと大丈夫かなあ」

「わかりません。でも、いつもと様子が違います。どうしたんでしょう」


 内緒話をするように里枝が吾妻に顔を寄せると、朽尾は怒りの形相で懐から銀色に光る長い針を取り出した。咄嗟に吾妻が里枝の前に立ちはだかる。その様子に、朽尾は奥歯をぎりりと噛んだ。


「こ、ころ、ころして、やる、殺してやる」


 壊れた音声データを再生したかのような地を這う低い声が辺りに響く。さすがに身の危険を覚えた里枝がスマホを取り出した。警察に通報しようと画面を操作するが、投擲された長針によって弾かれ、タイル舗装された地面にスマホが滑ってゆく。


 足元に落ちた長針は十五センチほどの長さで、針軸の頭が丸く曲げられている特殊な形状をしていた。ワンテンポ遅れて吾妻もボディバッグから自分のスマホを取り出すが、これも同じように弾かれてしまう。朽尾は長針を何本も所持しており、片手の指の間に挟むようにして懐から取り出した。


「逃げましょう里枝さん!」

「う、うん!」


 吾妻はまず里枝を先に行かせ、朽尾との間に入った。再び長針が投げられたとしても、直線上に立ち塞がることで里枝を庇うつもりなのだ。怯えながらも勇ましい吾妻の行動を見て朽尾が口の端をにやりと歪めた。手にした長針を何本かまとめ、勢い良く斜め上へと投げる。


「里枝さん、危ないっ!」


 投擲された長針は放物線を描き、間に立つ吾妻を通り越して直接里枝を狙っている。間に合わないと思った瞬間、降り注ぐ長針の前に一人の男が飛び出した。


「どりゃあ!」


 男は近くに設置されていたバリケード看板をブン投げた。飛んできた長針は看板にぶつかり、金属音を響かせながら地面に落ちる。何本かはすり抜け、男の腕や脚をかすめた。


(いって)え! ちょびっと刺さった!」


 間一髪のところで助けに入った男は嵐だった。


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