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22話・深夜のレンタル倉庫

 

 老人の霊によれば、呻き声の発生元は安藤が借りている平屋の裏にあるレンタル倉庫だという。風ではない。悪霊の気配もない。声の主はおそらく生身の人間である。それだけならまだ良い。別の依頼との妙な符号を見つけた嵐は頭を悩ませた。偶然と言い切れないほど一致しているのだ。


 錦田智代子(にしきだ ちよこ)は里枝が、安藤武蔵(あんどう むさし)は不動産屋の嘉島(かしま)が紹介してきた依頼人だ。同じ市内とはいえ、別々の依頼が実は関連があるなんて初めてのことだった。更に新たな依頼人の吾妻伊鶴(あづま いづる)の件まで関わりがあるとすれば少々出来過ぎではないか。

 依頼人同士には面識がないだろうに不思議なこともあるものだ、と嵐は溜め息をつく。


 何はともあれ、今はもう呻き声は止んでいる。廊下に出て玄関に向かう嵐の足に安藤が慌てて縋りついた。


「ままま待ってくださいぃ! 呻き声の不審者がまだその辺にいるかもしれないんですよ?」

「目の前に出てきたら張っ倒すだけだろ。むしろ探す手間が省ける」

「嵐さんの心配なんてしてません。僕が怖いんですっ!」


 非常に失礼な言い草である。

 泣きながら引き止められ、嵐は大きく息を吐き出した。幽霊より生身の不審者のほうが実害があるのは確かだが、それにしても怖がり過ぎだ。事故物件で一人暮らしをすると決めた時点である程度の覚悟はしていただろうに、と嵐は心底あきれた。


「俺ァ早く帰って寝直してえんだよ」

「じゃあ今日こそ泊まっていってください!」

「ハァ? 余分な布団ねえだろ」

「ぼ、僕の布団で一緒に」

「ぜってえヤだ」


 友人のいない孤独な一人暮らしの大学生、それが安藤だ。当然来客用の布団など所持していない。だからといって、男ふたりで一つの布団で寝るなど有り得ない。普段は怖がって近付いてこない癖にこういう時ばかり頼りやがって、という気持ちもある。


 ふと、気になっていたことを思い出した。


「なあ、オマエはなんでそんなに気が弱えんだよ。上背(うわぜい)もあるし、大学行ってんなら頭も悪かねえだろ。酷いいじめにでもあったのか」


 嵐に問われ、安藤はぽかんと口を開いた。

 それから顎に手を当て、うーんと唸り始める。


「なんででしょう。べつに、特になにか切っ掛けがあったわけじゃないんです。小さい頃から喋ったり人前に立つのが苦手で。周りをイライラさせたことならたくさんありますけど、それを理由に意地悪されたことなんてないですよ」


 運が悪ければいじめの対象になったかもしれないが、幸い周りの環境が良かったようだ。確かに、死ぬほど気が弱いだけで歪んだり捻くれてはいない。ということは、この性格は生まれもってのものなのだろう。

 その返答に安心して、嵐は彼に向き直る。


「今から一緒に裏のレンタル倉庫を見に行くか? 誰も居ないって確認すりゃあ安心できるだろ」

「ムリですぅううう!!」

「んじゃ帰る。またな」


 適当になだめて拘束から抜け出し、玄関で靴を履く。そうしている間も背後からうらめしそうに啜り泣く声が聞こえてくる。どちらかといえば庭木の幽霊よりコイツのほうが厄介だ、と嵐は何度目かの溜め息をこれ見よがしに吐き出した。


 向かう先は自宅ではなく裏手にあるレンタル倉庫。二軒ぶんほどの空き地に大小のコンテナが複数置かれている。敷地内には幾つか照明がついているが、控えめ過ぎて薄暗い。原付バイクに跨ったまま辺りを見回した。深夜だからか人の気配はない。


「やっぱ嘉島さんとこが管理してる物件か」


 入り口付近に置かれた一際大きなコンテナの側面に『嘉島不動産』の文字を見つけ、嵐は乾いた笑いをこぼした。嘉島が管理しているのならば監視カメラの記録を見せてもらおうかと考えたが、パッと見でカメラらしきものは見当たらなかった。何者かが勝手に敷地内に侵入していたとしても、監視カメラが設置されていないとすれば調べようがない。


「どうしたもんかなァ」


 あくびを噛み殺しつつ、今度こそ自宅に向けて原付バイクを走らせる。安藤から何度かメールや着信があったが、通知を切って無視して寝た。


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