21話・偶然の一致
深夜に呼び出された嵐は安藤宅へとやってきた。
前の家主である野井重蔵は車で死亡事故を起こした後、事後処理を全て終えてから自ら命を絶った。罪の重さに堪え兼ねた末の自殺だと誰もが思ったことだろう。
だが、嵐は何故か腑に落ちなかった。老人が死を選んだ理由はそれだけではないと第六感が訴えている。
「また庭から聞こえてきたのか」
「は、はい」
とりあえず、今は呻き声の正体を突き止めるほうが先である。
居間のちゃぶ台の上にはノートPCやレポート用紙、参考書が散乱していた。どうやらレポート作成に勤しんでいたらしい。
怖い怖いと言いながら何故夜中に起きているのかと尋ねたところ、大学が終わった後はバイトをしているという。そういえばコイツは貧乏学生だったと思い出し、嵐は納得した。安藤は好きで夜中に起きているわけではなく、他に自由な時間がないのだ。
「やっぱり、おじいさんの幽霊が無念を訴えているんじゃ……」
「それはねえと思うが」
安藤は未だに庭木で首を括った老人が呻き声を上げていると思っており、窓辺には近付こうとしない。嵐が重いカーテンを引いて掃き出し窓を開け放っても、ちゃぶ台の向こうで震えているだけ。
前回来た時のように玄関から履き物を持ってこさせ、嵐は庭に降りた。風のない穏やかな夜だ。空気は澄んでいる。建物の間を抜ける風の音を聞き間違えたという線は消えた。
伸びた雑草をかきわけながら数歩進み、庭木の前で立ち尽くしている老人の霊と向き合う。首の縄を消して以来、老人の霊は顔を上げている。現世に残り続けるほどの無念を抱えているとは思えない平坦な表情をしていた。
「事故で死んだ子ども、もうすぐ成仏るよ」
小声で報告すると、老人の顔が僅かにほころんだ。だが、それ以上の変化はない。まだ心残りがあるのか、何かを隠しているように見える。ここに凛がいれば老人の霊と直接言葉が交わせたのに、と嵐は歯痒さを感じた。
「アンタはずっとここにいるんだろ。なら、呻き声がどこから聞こえてきたか知ってるんじゃないか。教えてくれ」
ダメ元で尋ねてみれば、老人の霊はそろりと横に顔を向けた。視線の先には隣の敷地との境であるブロック塀が建っている。
そして、そのブロック塀のむこうには……。
「呻き声の発生元はレンタル倉庫だ」
「えっ? 嵐さん、なんでそう思うんですか」
「じいさんの霊に聞いた」
「ヒェッ」
居間に戻り、窓を閉めてから報告すると、安藤は更に顔色を悪くして震え上がった。
「おじいさんの幽霊に聞いたってどうやって? ていうか、呻き声は別の幽霊の仕業ってことですか?」
「バカ、前にも言っただろ。悪霊の気配はねえ。つまり、呻き声は生きてる人間が出した声ってことだ」
「そっかぁ、良かったぁ〜!」
一度は嵐の返答に安堵したものの、数秒後に再び青くなる。
「いやいやいや、良くないですよ! 余計に悪くないですか? すぐ近くに『定期的に呻き声を上げる人』がいるってことですよね?」
安藤の主張はもっともである。
幽霊ならば精神的な恐怖だけだが、相手が生身の人間ならば話は変わってくる。深夜の住宅街で奇声を上げる人間がすぐそばにいた、ということだ。下手をすれば直接危害を加えられる可能性だってある。
「生きてる人間なら殴れば終わりじゃん」
「僕にそんな真似できると思います?」
「ビビり過ぎだろ」
ひ弱で臆病な安藤にとっては幽霊も不審者も等しく恐怖の対象。そもそも依頼の内容は『除霊』ではなく『呻き声をなんとかしてほしい』だ。解決しなければ、また夜中に電話で叩き起こされてしまう。
「うん?」
ふと、先ほどの言葉が引っ掛かった。
「さっき『定期的に』って言ったか。呻き声がいつ聞こえたか覚えてるのか?」
「覚えてますよ。メモしてますから」
安藤が差し出したレポート用紙には四つの日付と時間が書かれていた。
四月三日(月)、午前一時半頃。
四月十日(月)、午前零時半分頃。
四月十七日(月)、午前一時半頃。
四月二十四日(月)、午前一時頃。
一番下は先ほど書き足された今日の日付である。嵐は上記三つの日付を最近どこかで見た気がした。記憶を手繰り、思い出して首を傾げる。
「……どういうことだ?」
それはもう一人の依頼者、吾妻伊鶴に告白した三人の女性が死んだ日付と同じだった。




