20話・深夜のSOS
依頼者とのやり取りは基本嵐が窓口となる。連絡手段はメールやメッセージアプリを利用し、緊急時のみ電話でも応対可としている。
相談を受けた日の夜、吾妻から連絡が入った。
時刻は二十二時過ぎ。たいした解決法を提示できなかったこともあり、もしやクレームではないかとつい身構える。嵐は憂鬱な気持ちでスマホのロック画面上の通知をクリックし、メッセージを表示した。
『さっき告白されそうになりました!』
『どうしよう。どうしたらいいですか?』
平時ならば単なるモテ自慢かと思われる内容だが、今の吾妻にとって最も避けたい事態が訪れたことを意味する。なぜなら、この一ヶ月の間に彼に告白した女性は三人連続して死亡しているからだ。吾妻は相手の身を案じ、慌てた様子で縋ってきた。
嵐は丁寧な言葉を心掛けて返信する。
『落ち着いてください。まず、どういった状況でしたか。相手は知っている方ですか?』
吾妻のボディバッグには盗聴器が仕掛けられている。カフェでのバイト中はともかく、更衣室やバックヤード、行き帰りに声を掛けられたら仕掛けた犯人に聞かれる可能性がある。吾妻が電話ではなくメッセージアプリで連絡を利用して報告してくれて正直安堵していた。
『告白されたのはバイト上がりに駅ビルの裏口から出た直後です。相手の名前はわかりません。たまに来てくれるお客さんで、どうやら出待ちしてたみたいで』
『本人も名乗っていないんですね?』
『はい。なにか言い掛けてたけど、告白だと分かった瞬間に走って逃げました』
これには嵐は胸を撫で下ろした。
手掛かりがほとんどない状態で、現状まだ何も着手できていない。相談を受けた以上、調査を始める前に新たな被害者を出したくなかった。
『何か言われる前に逃げ、かつ相手の名前も分からない状況ならば大丈夫だと思います』
少なくとも吾妻本人が名前を知らない程度の相手ならば、たとえ死亡したとしてもその事実を知ることはない。特定できない相手には犯人だって手を出せないはずだ。
その上で、嵐は更なる注意事項を吾妻に伝えた。
『今後しばらく他者とのやりとりはメールやメッセージアプリでお願いします。特に、個人の名前や所属などは口に出さないようにご注意ください』
盗聴器を仕掛けた犯人=殺人犯と仮定した場合の判断である。これまでは告白してきた女性だけが被害に遭っていたが、友人知人にも見境なく襲ってくる可能性もある。いっそ盗聴器の件を吾妻に伝えたほうが話が早いかもしれないと思い始めた。
『あと、ここ一ヵ月の中で吾妻さんが定期的に訪れている場所を教えてください』
吾妻からの返事を見て、嵐は自分の推測があながち間違いではないと確信を得た。
数時間後、今度は着信があった。
自宅で就寝していた嵐は眠い目をこすりながらスマホの画面を確認する。連絡してきた相手は吾妻ではなく安藤だった。基本的に顧客とのやり取りはメッセージアプリかメールで行う決まりだが、緊急時のみ電話も許可している。
『また呻き声が聞こえましたァ!』
夜中になんだよ、と嵐は舌打ちした。
庭木の幽霊は悪いものではないと伝えてあるが、呻き声の正体はまだ判明していない。気のせいだと笑い飛ばしたいが、今まさに呻き声が聞こえている真っ最中らしい。安藤が怖がって騒いでいるせいで、電話越しでは何もわからない。
「めんどくせえけど仕方ねえな」
嵐は『今から行く』と返してから着替え、原付バイクに跨って安藤宅へと向かった。見た目は強面のチンピラだが、頼りにされると手を差し伸べてしまう慈悲深い性格をしている。
深夜の住宅街を走り抜け、連絡してからわずか十五分で嵐は安藤宅に到着した。玄関の引き戸を叩くと怯えた家主がすぐに出迎える。
「呻き声は?」
「五分くらい前に聞こえなくなりました」
「ホントに聞こえたのか? 風の音じゃねーの?」
「今夜は全然風がないじゃないですかぁ!」
確かに道中ほとんど風を感じなかったと思い出し、風の音説は除外となった。
「んじゃ帰る」
「わああ! 待ってくださいよぉお!」
踵を返す嵐に、安藤が縋りついて引き止めた。
深夜一時過ぎ。
騒がれれば近所迷惑になると思い、嵐は仕方なく家の中に入った。恐怖で小刻みに震える安藤に対する同情もある。呻き声の正体が気になったこともある。
なにより、庭木の幽霊に伝えたいことがあった。