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1話・目隠れ少女と強面の青年

挿絵(By みてみん)



 教室の一番後ろ、廊下側の席に座る少女。


 彼女は眼鏡をかけた顔のほとんどを長く伸ばした前髪で覆い隠していた。制服の上からダボッとしたオーバーサイズのカーディガンを羽織り、スカート丈は膝下、脚は黒いタイツに覆われている。クラスメイトは顔の下半分や手指以外に彼女の肌を見たことがない。


 話し掛けても、ボソボソとした小さな声で返すだけ。自主的な発言は一切ない。クラスメイトから敬遠され、特に親しい友人もなく、彼女……塚地 凛(つかじ りん)は極力目立たぬように地味に毎日を過ごしていた。


 友人と呼べる者が校内に存在しない彼女だが、スマートフォンは所持している。休み時間に画面を覗くとメッセージアプリに通知が届いていた。アイコンをタップして内容を確認する。


『本日2件』


 短いメッセージに了承のスタンプを返し、凛はすぐにスマホを上着のポケットにしまい直した。






 日が落ちかけた黄昏時。

 乱立するビルの群れに遮られた夕焼けは影を更に暗く見せている。街灯や店先の明かりが照らす道を凛は一人で歩いていた。駅前通りには学習塾が幾つかあり、夜十時頃までなら制服姿の学生がウロついていても特に目立たない。


 だが、凛は学習塾に向かっているわけではなく、小さな雑居ビルへと吸い込まれるように入っていった。一階は喫茶店、二階はアジアン雑貨店、三階は貸事務所となっている。細く狭い階段を上り、凛は三階にある事務所の扉にポケットから取り出した鍵を差し込んで開けた。


 部屋のど真ん中に鎮座する応接用のソファーに学生カバンを放り投げ、ロッカーから着替えを取り出して奥の洗面所に直行する。分厚いレンズの黒縁眼鏡を外して置き、鏡を見ながら櫛で分け目を変えて左目だけをあらわにする。そして制服を脱ぎ、私服へと着替え始めた。


「ん? もう来てんのか」


 荒っぽい扉の開閉音の後、事務所のほうから男の呟きが聞こえた。ソファーに置かれたカバンを見て、凛が先に到着していることに気付いたらしい。ドサッと重い音がする。きっと声の主が空いているソファーに座ったのだろう。


 タイツを脱いでハイソックスに履き替える。ミニスカートを履き、ホルターネックのキャミソールの上から襟ぐりの広いカットソーを着た。もう一度鏡を見ながら左側の横髪だけ耳にかけ、先ほどまで掛けていたものとは違う赤いフレームの眼鏡を服の胸元に引っ掛ける。野暮ったい制服姿から露出の多い私服姿へと変身し、凛は事務所スペースに戻ろうとして振り返った。


「うわ」

「よぉ」


 洗面所の入り口の壁にもたれるようにして青年が立っていた。ちょうど鏡に映り込まない位置だったため気付けなかったのだろう。昼間まったく喋っておらず、咄嗟に出た声はかすれており、凛は何度か咳払いをした。


 赤茶に染められた短い髪、切れ長の眼。

 細身だががっしりとした体格の二十代前半の青年だ。Tシャツにハーフパンツ、足元はサンダルというラフな出立ちである。


「いつからそこにいたの、(あらし)

「さっき。トイレに行きたくて」


 トイレは洗面所の奥にある。

 嵐と呼ばれた青年は気まずそうに頭を掻いた。抗議の意を込めて至近距離から睨みつけるが、身長差があるため上を向かねばならず、凛はすぐに顔をそらした。


「堂々と覗かないでよ」

「誰が覗くか」

「ホントに?」

「見ねえよ、そんな貧乳」

「見てるじゃん」


 下着姿を見られたのは間違いない。若干の恥ずかしさを覚えた凛は溜め息をつきながら洗面所から出た。


 ソファーに座り、カバンから教科書とノートを取り出してテーブルに広げる。今日は帰宅時間が遅くなるため、先に宿題を終わらせておかねばならない。トイレから戻った嵐は向かいのソファーに腰を下ろし、興味なさげに教科書に視線を向けてからスマホを取り出して弄り始めた。


「十八時と十九時に一件ずつ」

「そ。今回はどっち?」

「わからん。たぶん俺寄りかな」

「ふうん」


 凛は視線だけを向かいの壁に向けた。年代物の壁掛け時計がカチコチと時を刻んでいる。最初の約束までまだ時間があることを確認し、再び宿題に取り掛かった。


 事務所の広さは八畳ほど。向かい合わせに置かれた大きな合皮のソファーとテーブルだけで部屋のほとんどのスペースを占めている。洗面所とトイレ、給湯室があるだけの簡素な空間。


 ここは二人の城であり、仕事場である。


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