17話・新たな依頼人
日曜の夕方、一人の青年が事務所を訪れた。
長身痩躯、目鼻立ちがくっきりとした爽やかな好青年である。ずいぶんとモテそうな人が来たなと思いながら、凛は彼をソファーへと案内した。
「吾妻伊鶴です。紹介してくれた里枝さんとはバイト仲間で。あっ、駅ビルの中にあるカフェなんですけど来たことあります?」
「いや、多分利用したことはないかと」
「そうですか。ちょうど割引券持ってるんで良かったら使ってください。昨日から季節限定フラペチーノが出たんですけど、なかなか評判が良いので是非」
そう言いながら、斜め掛けにしたボディバッグから何枚かの券を差し出してくる。コイツは依頼に来たのか、カフェの営業に来たのか、と二人は顔を引きつらせた。
初めての場所や強面の嵐に臆する様子はない。何より相手の目を見て笑顔で話ができている。吾妻という青年は里枝と同じ、いわゆる『コミュ強』かつ『陽キャ』であると二人は確信した。駅ビルにカフェがあると知ってはいるが、凛と嵐は足を踏み入れたことがない。キラキラした場所は日陰に生きる者にとって非常に縁遠いのだと、この青年には分かるまい。
「では、お悩みを聞かせてください」
依頼内容に話題が変わった途端、先ほどまでの笑顔が嘘のように表情が暗く落ち込んだ。その変化を見ただけで本気で悩んでいると分かる。
「ええと、実は、オレの周りで不審死が相次いでいるんです。この一ヶ月の間に三人も」
四月に入ってから知人が立て続けに亡くなった、と吾妻は言う。たまたま不幸が重なったのではない。一見バラバラに思える不審死には一つだけ共通点があった。
「三人ともオレに告白してきた女性なんです」
死んだ女性たちはみな吾妻に好意を寄せて直接想いを告げ、その後数時間から数日以内に不可解な死を遂げた。もちろん警察が捜査をしているが、それぞれ別の事件扱い。吾妻だけが三人の死に自身が関わっているのではないかと考えている。
「考え過ぎかもしれないんですけど、もしまた同じような事件が起きたらと思うと、こ、怖くて」
告白してきた女性が次から次へと死んでいくのだ。吾妻からすれば気が気ではない。このままでは誰とも交際できないし、相手に好意を抱かせる行為も避けねばならない。カフェのバイトは接客から裏方に回り、大学でも遊びの誘いを断って大人しくしているという。
果たしてそんな偶然があるのだろうか、と凛は隣に座る嵐を見た。もし吾妻がタチの悪い悪霊に取り憑かれていた場合、近付く者に危害を加える可能性は有り得る。だが、嵐は首を横に振った。今回は霊が原因ではないようだ。
話を聞きながら、凛はさりげなく伊達眼鏡を外して吾妻の心の表層を読んで情報を得た。彼の言う通り、三人の女性は告白後の数時間から数日以内に命を落としている。市内で頻発する女性死亡事件について母親が話していた気がする、と凛は思い出していた。
「大学同期の山本さん、バイト仲間の白井さん、常連客の寺田さん。それぞれ亡くなった日も場所もバラバラですね。でも、不幸な事故が重なったというには確かに連続し過ぎのような気もします」
凛の言葉に、吾妻は膝の上に置いた拳をギュッと握りしめた。事前に里枝から凛の能力について聞いていたのだろう。まだ伝えていない内容をすらすらと話されても、全く疑問に思っていない様子だった。
「それで、オレ、もしかして呪われてるんじゃないかと思って」
吾妻は俯き、しゅんと肩を落としている。自分のせいで女性が三人犠牲になったかもしれない、と精神的に追い詰められているのだ。
「安心しろ。オマエは呪われてねえ」
「えっ」
嵐の言葉に、吾妻は勢いよく顔を上げた。
「単なる偶然とは言えねえが、原因は他にあるはずだ」
力強く言い切られ、吾妻の目から涙がこぼれ落ちた。この快活で人当たりの良さそうな青年は、自分に縁のある人が次々と不幸に見舞われて責任を感じていたようだ。キッパリ否定してもらえてよほど嬉しかったのか、ハンカチでは追いつかないほど涙を流している。
「ひでえツラだ。そこの奥に洗面所がある。顔洗ってサッパリしてこい」
「あ、ありがとうございます」
嵐が促すと、吾妻は恥ずかしそうに愛想笑いを浮かべながら洗面所へと向かった。珍しい気遣いをするものだと感心していたら、嵐が凛の耳元に顔を寄せ、小さな声でささやく。
「アイツの右腕に黒いもやが絡みついてる。たぶん誰かの執着だ。さりげなく触って何があるか探ってくれ。口には出すな」
「う、うん」
直接質問すれば済むのに何故まわりくどい方法を取るのだろうと疑問に思いつつ、凛は新しいタオルを持って洗面所へと向かった。
「このタオル使ってください」
「あ、どうも。助かります!」
顔を洗う吾妻の背後に立ち、凛がタオルを差し出した。振り返った吾妻は上着を脱いで半袖のTシャツ姿になっていた。右の上腕に何かが見える。狭い洗面所内。渡す際に手と手が触れても不自然ではない。嵐の指示に従い、それには言及せずにタオルを渡す振りをしてさりげなく触れた。
「ありがとう、サッパリしました!」
「それなら良かったです」
吾妻は上着を小脇に抱えたまま応接スペースに戻ってきた。人前で泣いたことを恥じていたが、一度情けない姿をさらして開き直ったようだ。その後はハキハキとした態度で聞かれた内容に答えていった。
ひとしきり話を聞いた後「あなたが悪いことをしたわけではない。気にしないように」と慰めると、吾妻は安心したようにお礼を言い、カフェのバイトに向かった。