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16話・そういう流れ

 

 黒いもやを全て消し去り、嵐は大きな溜め息を吐き出した。手は痺れ、小刻みに震えている。一年かけて作り出された母親の執着は強力で、消すためにかなりの力を必要とした。簡単に片付けたように見せたのは嵐の見栄である。


「順也を救っていただき、本当にありがとうございました」


 智代子は凛と嵐に深々と頭を下げた。彼女の傍らには順也くんの霊が立っている。これから共に自宅へと帰るのだ。


「また改めて御礼に参ります」

「いえっ、大丈夫ですから!」

「そう仰らず。私の気が済みません」

「はあ」


 今回の件に対する謝礼は既に里枝から貰っている。この場で感謝の意を伝えられただけで凛たちは満足しているのだから、わざわざ御礼のためだけに足を運ばせるのは気が引けた。


「叔母さんは来週の準備で忙しいでしょ? アタシが代わりに御礼しに行くからさ」

「そう? じゃあお願いしようかしら」


 里枝が智代子を言いくるめてくれたことで仰々しい御礼訪問の予定がなくなり、二人は安堵した。


「来週なにかあるんですか」

「ええ。順也の一周忌法要なんです」


 一周忌とは、亡くなった日から数えて満一年目に行われる仏式の法要である。


 嵐は妙に納得した。

 このタイミングで自分たちの元に依頼が舞い込んだのは、順也くんを成仏させるための流れに組み込まれていたからだと理解した。一年という大きな節目を機に迷える哀れな魂を正しい道へと導け、と。そして、我が子を亡くした哀れな母親が完全に正気を失う前に救いだせ、と。

 里枝との縁もこのために出来たと考えるべきだろう。


 これから智代子は順也くんの霊を自宅に連れ帰り、天に送り出す支度をせねばならない。無理やり現世に引き留める恐ろしさを彼女は思い知った。もう二度と同じ過ちは繰り返さない。一周忌は良い機会だ。親族から祈られて、迷うことなく天国へと旅立てるはずだ。


「あ、そうそう。なる(はや)で空いてる日ある? 紹介したい人がいるんだけどぉ」

「だいたい大丈夫ですよ」

「ホント? 今日でもいい?」


 依頼関連の連絡担当は嵐だが、里枝は凛に話を持ち掛けた。嵐はすぐ悪態をつくから敬遠されており、本人も重々承知していた。


「たまには嵐くんじゃなくて凛ちゃんともやり取りしたいな~。そろそろ連絡先交換しようよ~」

「え、でも」


 ちらりと嵐に視線を向けながら、凛は本気で狼狽えた。

 嫌だからではない。実生活では友だちはおらず、家族以外と交流した経験がほとんどないからだ。里枝との会話が成り立つのは彼女の明るさと積極さのおかげ。加えて、彼女は伊達眼鏡なしでも話せる裏表のない人間である。凛は常に引っ張られているだけなのだ。


 嫌われたらどうしよう。イライラさせたらどうしよう。いつまでもウジウジしていたら嫌気が刺すに違いない。だって、今まであたしに向き合ってくれる人なんていなかった。お母さんですら普通の枠にあたしを押し込めたがっている。それはきっとあたしが扱いづらいからだ、と凛は思い悩んだ。


「里枝さん、あたしなんかと関わっても楽しくないよ。友だちいないし、話題もないし、きっとつまらないと思う」


 後ろ向きな言葉に一瞬キョトンとした後、里枝は真っ向から否定した。


「アタシが凛ちゃんと仲良くなりたいの! 友だちいないならアタシで練習したらいいよ。やり取りが面倒くさかったら既読スルーしてオッケーだし、話したかったら夜中に電話してきてもいいよ」

「でも」


 まだ遠慮する凛に、里枝はカバンから小さな袋を取り出して渡した。中を見るように促され、戸惑いながら袋を開封する。


「これは……」

「えへへ、アタシのマスコットとおそろい!」


 中身は里枝がカバンに付けているものと色違いのマスコットだった。


「アタシのお気に入りを凛ちゃんにもあげたいな〜って思って追加で買ったんだ。良かったら受け取って。ね?」


 一緒にいない時も思い出してくれたということだ。ここまで言われれば断りきれない。凛は顔を真っ赤にしてマスコットを抱きしめた。背後では嵐が小さく舌打ちをしている。


 その場で里枝と連絡先を交換し、友だち付き合いの練習を兼ねて交流することにした。家族と嵐以外の連絡先が追加されたスマホのアドレス帳を眺めながら、凛は「ふわあ」と気の抜けたような溜め息をつく。


「じゃ、後で連絡するね〜!」


 里枝と智代子は共に歩いて帰っていった。並んだ二人の間には生前と同じように順也くんの姿がある。もうどこにも傷はない。痛みと苦しみから解放された彼は去り際に振り返り、小さな手を大きく振った。嵐は手を振り返すが、見えていない凛はただ不思議そうにその様子を眺めるだけだった。


「ねえ嵐」

「うん?」


 もらったばかりのマスコットを顔の前に掲げながら、凛は嵐に話しかけた。


「もしかしたら、あたし達もっと人の役に立てるかもしれないね」

「どうだろうな」


 心が読める凛の力と、霊が視える嵐の力。

 二つを合わせれば第三者にも霊の姿を見せ、更に霊の声を聞かせることもできる。今までは、嵐ですら霊の声は聞こえなかったのだ。可能性はかなり広がったと言える。


「ま、今日のところはうまくいったな」

「うん!」


 里枝と智代子の姿が見えなくなるまで見送ってから、凛たちも事務所に帰った。


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