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9話・雁字搦めの魂

 

 死んだ順也くんの魂が事故現場に縛られていると嵐は視た。しかも、原因は母親である智代子の念だと言う。


「人は死んだらあの世に旅立つ。死に方によって掛かる時間には差があるが、送り出す儀式……通夜や葬式、四十九日を()て成仏するための準備に入る。だが、こんだけ雁字搦(がんじがら)めになってたら無理だ」

「そんな」


 先日会った時、智代子に触れて心の内を読んだ。

 彼女は突然愛する我が子を亡くした。一年近く経った今も悲しみは少しも癒えておらず、幻聴を聞くほどだった。彼女が順也くんの成仏を阻んでいるなんて、凛には信じられなかった。


「オバサンに悪意があるわけじゃねえ。ただ、毎日毎日事故現場(ここ)で無念の気持ちをぶつけた結果、囚われちまったんだろうな」


 嵐の目には、黒いもやに絡め取られて身動きが取れない哀れな少年の姿が視えている。黒いもやの正体は母親の悲しみと恨みが入り混じった負の感情だ。恐らく事故後、智代子が初めてこの場所を訪れた時からずっと縛られたままなのだろう。幾ら弔いのための儀式を行なっても、この場に縛られたままでは順也くんには届かない。


「嵐、なんとかしてあげて」

「俺もどうにかしてやりたいが」


 凛に頼まれ、嵐は唸った。


「念を散らすだけなら簡単だ。でも、浄化が進む前にまた無念の気持ちをここで吐き出されたら同じことの繰り返しになっちまう。オバサンに理解させて、きちんと息子の魂を送り出す覚悟を決めてもらわねえとダメだ」

「今の状態を説明するの?」

「ああ」


 自分のせいで我が子が成仏できないなんて言われたら智代子はショックを受けるのではないか。自責の念に駆られてしまうのではないかと凛は案じた。


 凛の懸念をよそに、嵐は里枝に智代子を連れて現場に来るようにとメールを送った。予定を合わせ、改めて話をせねばならない。


 依頼者とのやり取りは主に嵐が行っている。凛は平日昼間は学校があるため、こまめに返信ができないからだ。嵐は時間の融通がきくので迅速に対応できる。意外なことに、この強面の青年は文字でのやり取りは丁寧なのだ。乱暴な話し言葉とは違い、メールの文面ではきちんと敬語を使っている。


「明日の午後ここに集まることに決まった」

「うん、わかった」


 今日はとりあえず帰ることにした。

 原付バイクに乗ろうとしたところで一台の自転車が通り掛かり、目の前で止まる。


「嵐さん、凛さん!」

「なんだオマエか」

「こんにちは、安藤さん」


 先日依頼にきた大学生の安藤だ。自転車のカゴにはビニール袋が載っている。向こうの大型スーパーで買い物してきたのだろう。


「なんでこんなとこにいるんだよ」

「うちの近くに安いスーパーがないからですよ」


 安藤が借りている平屋の一軒家があるのは駅裏に広がる閑静な住宅街。駅ビルの地下にもスーパーがあるが高級志向のため貧乏学生には手が出せず、わざわざ離れた場所にある大型スーパーに足を運んでいるのだという。


「大きな道を通ると遠いけど、抜け道を使えばそんなに時間が掛からないんです。近所の人が教えてくれました」


 そう言って、安藤は道の向こうに見える駅ビル群を指差した。この道をまっすぐ進めば駅周辺に辿り着く。なるほど、確かに近道だと二人は納得した。


「安藤さん、お悩みは解決したんですか」


 凛が問うと、安藤は笑顔を消して背中を丸めた。


「聞いてくださいよ凛さん! この前、嵐さんがウチまで来てくれたんですけど、結局除霊しない上に泊まってくれなかったんですよぉ!」

「え、泊ま……?」


 いつのまにそんな仲になったのかと訝しげな視線を向ければ、嵐は「ちげぇわ!」と悪態をついた。


「じいさんの霊は悪いモンじゃねえって言っただろ。無理に祓う必要はねえの! で、あれから何かあったか?」

「いえ、今のところ呻き声は聞こえないです」

「じゃあ問題ねーじゃねえか」

「でも、いつまた聞こえるか」


 気弱なはずの安藤だが、うじうじしながらも簡単には引き下がる様子はない。そうこうしているうちに何台か車が通過し、歩道とはいえ一箇所に留まり続けているのも迷惑だからと場所を移すことにした。


「じゃあ、ウチに来てくださいよ。そんで、もう一回()てください!」


 嵐は面倒くさそうだったが、凛はまだ現場を見ていないので興味があった。嵐が何も対処していないのならば、幽霊がいたとしても無害に違いないからだ。ちょうど帰る方向も同じだからと三人で安藤の自宅に向かうことにした。


「そういえば、お二人はここで何を?」


 再度自転車に跨がりながら、今さらのように安藤が尋ねてきた。ここは大きな通りから一本入ったところにある、なんの変哲もない細い道である。彼が疑問に思うのは当然だ。質問してから、安藤の目が近くの電信柱の根元に置かれた花束を捉えた。


「実はここ死亡事故現場なんです」


 安藤の悲鳴と自転車が倒れる音が辺りに響いた。


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