201号室、男の娘シシー
今回、作中にBLを連想するワードが出てきます。
苦手な方はご注意下さい。
夢を見た。
悲しいお別れをしたくなくて、なんとか回避しようとしたけど結局ダメで迎えてしまった結婚式の日の夢だ。
予知夢で一度経験しているセドリック様との結婚式。
せめてもの抵抗で、予知夢の中で着ていたウェディングドレスとは違うデザインにした。
大聖堂でお父様に伴われてセドリック様の元へと歩いて行く時、何故か彼がわたしを眩しそうに、そして懐かしむように見ているような気がした。
お父様の手からわたしを受け取った時、彼はこう言った。
「そのドレス、本当によく似合ってる。綺麗だ……とても綺麗だよユニカ……」
セドリック様の目にうっすらと涙が浮かんでいるのを見て、何故かたまらない気持ちになった。
そしてこう思ったの。
彼の目にわたしが映っている間は、わたしも逃げずに側に居ようと。
予知夢で見た未来が変えられないのと同じように、
セドリック様を想う気持ちも変えられない。
ならば、それならば、
例え期限付きでもこの人の側に居たい。
そして父親の居ない子になるのだとしても、お腹の子をこの眩しい世界に迎え入れてあげたいと。
そう改めて気付かされたあの日。
やはりわたしにはどうする事も出来ずお別れしてしまったけれど、セドリック様の隣で過ごした日々はかけがえのない思い出となった。
彼は今、どうしているのだろう。
あの美しい青い瞳にディアナ様を映しているのだろうか。
彼の瞳にはもう、わたしは映る事はない。
そう、ないのだ。
自ら流した涙の温かさで、ユニカは目を覚ました。
「夢を見て泣くなんて、子どもみたいね」
そう呟いて、ユニカは自身の下腹部に手を当てた。
ここに、いる。
そう確信出来る。
まだ次の月のモノの予定まで数日あるし、とくに体の変化はない。
それでもユニカにはわかった。
セドリックと夫婦だった証が、確かにここに在ると。
ユニカはゆっくり起き上がり、ベッドから出てカーテンを開けた。
カーテンに遮られていた優しい朝の陽光が部屋の中へと入り込む。
それと同時にノックの音が聞こえた。
「はいどうぞ」
ユニカが答えるとクロエがドアを開けて入って来た。
既に起きているユニカを見てこう言う。
「アラお珍しい。ご自分で起きられるなんて」
「だって今朝から畑に出たいんだもの」
「野菜の苗が届いてましたものね」
「早く植えてあげたくてウズウズしちゃう」
久々の土いじりに、はやる気持ちが抑えられないユニカ。
身支度を整え、朝食を食べてから早速裏庭の畑に向かった。
妊娠をしているはずなのでゆっくりとした動作で苗を畑へ植えてゆく。
力仕事は全て下男のロビンがしてくれるので、
ユニカは苗を植え付けてゆくのみである。
それでもやっぱり土に触れると心が落ち着く。
ついでにロビンが立ててくれた支柱に蔓を誘導する細いロープを結いでいる時に、ふいに声をかけられた。
「ねえ、もしかしてキミがアパートのオーナーさん?」
少年のような声がして、
ユニカは後ろを振り返る。
するとそこには一人の娘が立っていた。
年の頃は20代に入ったばかりか。
長い黒髪をポニーテールに結い、瞳の色と同じブルーのワンピースが印象的な、とても美しい娘だった。
でも確かにかけられた声は少年ぽかったような気が……。
ユニカはハッとしてその娘に言った。
「もしかして201号室の方?」
「そう!ボク、そこに住んでんの」
やはりそうだ。
ルナから聞いていた男の娘の店子。
ユニカは手袋を外して、手を差し出した。
「はじめまして。ユニークアパートメントオーナーのユニカです。どうぞよろしくね」
201号室の店子がユニカの手を握り返した。
そして互いに握手を交わす。
「ボクはシシー。GGL作家をやってるんだ♪」
「わぁ作家さんなのね!凄いわ!」
作家と聞き、ユニカは感嘆の声をあげる。
でもその後に、
──GGL作家って何かしら?と疑問符が浮かぶ。
「ユニカちゃんのワンピース、カワイイね!ねぇどこで買ったの?」
実家から持って嫁いだ作業用の着古したワンピースなのにシシーは興味を示したようだ。
「これ?これは実家がある田舎で買った既製品よ?」
「ボク、空色が好きなんだよね~。そういえばユニカちゃんの瞳の色もキレイな空色だよね~!プラチナブロンドの髪と相まってすっごくステキ!!ボクはカラスみたいな髪の毛だから羨ましいよ~」
どうやらシシーはお喋り好きなようだ。
とりとめもないお喋りが、領地にいた頃の友人を思い出させる。
「カラスの羽根色は美しいわ。黒髪はなんだかエキゾチックな感じでわたしは好きよ?」
「ありがと。ユニカちゃんって、イイ子ね」
「ふふ」
シシーは男の娘だとルナから聞いていたが、
これはもう女性と言って良いのではないだろうか?
華奢な手足。
黒くけぶる長いまつ毛に縁取られたパッチリとした瞳。
色白で、声は確かに声変わりが始まった頃のような少年ぽさがあるけど、これはもうどこからどう見ても女性そのものであった。
──もしかしてわたしより色気があるんじゃないかしら?
ユニカがシシーより女性らしい部位を探して挙げるとすれば、童顔とは不釣り合いなふくよかな胸くらいだろうか。
「シシーって可愛いわ。まるで砂糖菓子みたい」
ユニカが純粋な気持ちを口にすると、シシーは顔を真っ赤に染め上げて言った。
「ヤダ!ユニカちゃんってばすんごい殺し文句!!でも嬉しいありがと!!」
そしてユニカの手を取りブンブンと上下に振る。
ユニカはカックンカックンとなりながらも内心、
──でも力はやっぱり男の子ね、
相当強いわ。と思った。
昼食時に畑でシシーに会った事をルナとクロエに告げると、ルナがニッコリと微笑みながら言う。
「まるで女の子だったでしょう?お聞きになりました?シシーさんは有名なGGL作家なんですよ!」
丁度ユニカが気になっていたワードが出て、
それは何かとルナに尋ねたら、拳を握り締めながルナが熱く語ってくれた。
「GGLとはですね!爺✖️爺ラブの略で、その名の通り渋いイケてるお爺様(攻め)とカワイイ純朴なお爺様(受け)が主役の、人生の終焉を前にして熱く燃え上がる恋のお話を描いたものなのですっ!!関節が軋むような、腰痛が悪化するような、入れ歯が飛んでいくような熱くて激しい情交の描写がたまらないと、今巷で大人気のジャンルなんですよっ!あ!ちなみにワタシもモチロンGGL本、薄いのから分厚いのまで多数持ってます!!よろしければお貸ししましょうかっ!?」
鼻息荒く一気に捲し立てるルナに驚きつつも、ユニカはそんなジャンルの物語もあるのだと、初めて民の暮らしの奥深さを知った。
その後の補足としてルナが教えてくれたのだが、シシーは地方の男爵家の次男坊だったのだが、家出して王都に出て来たらしい。
持ち前の感受性と自己表現の豊かさを武器にGGLを書いてみたところ空前の大ヒットとなり、押しも押されもせぬ売れっ子作家になったとの事だ。
それにしても……
──お爺様とお爺様が……?
ちょっとドキドキするわね、後でルナにシシーの本を借りて読んでみよう。
と、意外と新しいモノ好きのユニカはそう思った。
ユニカさん、新たな扉を開ける時が来たのか……?
シシーの出世作のタイトルは、
『終の住処、グループホームの中心で愛を叫ぶ』
だそうな……☆