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ポンコツ妻、屋敷を出る

『聖なる乙女』は、数十年から百年に一度

国教会の大司教が神託を受け、その神託の条件に当て嵌まった未婚の治癒魔術を扱える娘を国中から探し出す事により見つかる。


その条件は神託によって変わり、一律ではない為に公表されておらず国教会の秘匿とされているが、

歴代の『聖なる乙女』達の容貌から鑑みて出生年月日、瞳の色、アザやホクロなど身体的特徴などではないかと推測されている。


そして一番の特徴が、

『聖なる力』と称される“高い治癒能力”を持って生まれるという事である。

高い魔力を持つ者ならば治癒魔術を扱える者が多いので、それ自体は稀有な能力でもなんでもない。

しかし問題はその治癒能力の高さである。

通常の治癒魔術は傷病部位に再生能力を高める魔術を施して効率よく治療をする。


その能力が非常に特化し、術式を用いなくても純度の高い再生魔力を無尽蔵に排出出来る者、それがこの国の教会が定める『聖なる乙女』の絶対的条件だ。


某国では『癒しの乙女』と呼び、この国のように特別な存在として重用しているらしい。


その某国の『癒しの乙女』の任期は処女であるならば無期限だそうだが、この国の『聖なる乙女』は25歳までと定められている。

それは何故なのか……25歳までがギリギリ乙女と呼べるからなのか、稀有な能力の血筋を後世に一人でも多く残すために子を産む事を望まれるからなのか。


多分、両方なのだろう。


その『聖なる乙女』の啓示が神託として百年ぶりに神より賜った、というのだ。



そしてその神託の乙女が地方の田舎の治療院で見つかったという話題はあっという間に国中に広まった。


新聞なども連日一面にその内容の記事が載り、国民の関心の高さが窺える。


そりゃどんな怪我や病もたちまち治癒してしまう聖女(乙女)様の出現だ。

皆が期待し、喜ばない筈はない。


だがその聖女(乙女)に夫を奪われるユニカにとっては素直に喜べる事ではない。


事情を打ち明けた専属侍女のルナに至っては

『聖なる乙女』関連の記事は丸ごとスルーして、

新聞の片隅に載っている【とある大貴族が地方劇団を丸ごと買収した】といった記事をワザと声高らかに読み上げたりした。


それに釣られてユニカも、


――地方劇団を丸ごと買収?丸ごとってどのくらいの規模なのかしら?団員だけ?それとも裏方も舞台装置や道具、そして劇場も丸ごと?


などとどうでも良い事に思考を巡らせていた。


だってそうでもしなければどうしても気持ちが沈んでしまうから。


『聖なる乙女』が見つかり、王家の名の下に聖女(乙女)が国教会に召されてから、セドリックはほとんど帰宅しなくなった。


聖女(乙女)の身辺を整える事と、神礼(しんれい)儀式の準備の為の諸々を国王陛下から一任されているらしい。


それは国教会がセドリックを聖女(乙女)の庇護者に認定したという事と同義である。


その役目の為に忙殺されていると、ロレイン公爵家の家令であるククレは言っていたが、それだけが帰らない理由ではないとユニカは予知夢にて知っている。


既にセドリックはディアナと出会ったのだろう。


どんな出会いだったのか。


運命的な出会いだったのか。


目と目が合った瞬間に薔薇の花びらが舞うような……。


――わたしとセドリック様が出会った時、わたしは庭で転んで落ち葉だらけだったわ……


ユニカはつい俯きそうになる自身の頭をぐぎぎと上げて、ルナとクロエに尋ねた。


「例の計画は順調かしら?」


するとルナがこれに対して答えてくれた。


「もちろんです。家も購入済みですし、改装や掃除、家財道具の搬入など既に終えております。もういつでも引っ越せますよ」


「ありがとう、さすがはルナとクロエね。仕事が早いわ。でもどんな家かはまだ教えてくれないの?」


「それは行ってからのお楽しみです。とっても()()()家ですから、きっと奥様もお気に召しますよ」


「じゃあ楽しみにしているわ」


「そうなさってください」


どうやらユニカの方の準備は整ったようだ。


これでいつセドリックに公爵邸を出るように言われても大丈夫だ。


ユニカは来るべき日に備えて覚悟を決めた。



そしてその日はとうとうやって来る。


1週間ぶりに帰宅した夫セドリックから話があると言われたのは、久しぶりに夕食を共にした後だった。


セドリックの書斎に移り、二人だけで話をする。


書斎にあるソファーに座り、表情が固いセドリックがユニカの対面に座る。


この状況はまさに予知夢で見たそのままであった。


――そしてセドリック様はこう言うのよ。


「この屋敷から出て、しばらく別邸に移って欲しい」


――ほらね。


ユニカは表情を変えずに淡々と答えた。


「わかりました」


予知夢でのユニカはこの時、訳を尋ねてから側を離れたくないと散々駄々を捏ねた。


でもそんな事をしても無駄だと、何も変わらないと知っているユニカはそれはしなかった。


すぐに承諾したユニカにセドリックが怪訝な顔をする。


「……訳を聞かないのか?」


ユニカはニッコリと微笑んで答える。


「聞いたところでわたしには何も出来ませんもの。セドリック様の仰せのままにいたしますわ」


「そ、そうか……ごめんなユニカ。必ず迎えに行くから、それまで大人しく待っていて欲しい」


ユニカの発する言葉は予知夢とは違うものだが、

セドリックが言う言葉はだいたい変わらなかった。


――ほら、結局何も変わらない。


変えられるのは本筋に関係ない自分の行動のみ。


セドリックと神に選ばれたディアナの運命という本筋(・・)から弾き飛ばされた自分の人生のみだ。


でもきっと、それで充分だと思うべきなのだろう。

それさえままならなければ、この先どうすればいいのか困り果ててしまう。


ユニカは肩の力を抜いてセドリックに告げた。


「すぐにでも移りますわ。なのでわたしの事はどうかお気になさらず……お話はそれだけですか?」


「あ、あぁ……」


あまりにもユニカが淡々とするものだからセドリックの方が調子が狂うのだろうか。

どうも歯切れが悪い。

いつもの彼らしからぬ感じだ。


「では屋敷を出る用意がありますのでこれで失礼します。セドリック様もお忙しい事とは思いますが、どうかお身体には気を付けて。ご自愛くださいませね」


ユニカはカーテシーをした。


夫婦間でそれはおかしいと思うが、もうこの時点から夫婦ではないと認識しておく方がいいだろう。


相手は公爵、そして王弟だ。

無礼があってはならない。


敢えて毅然とした態度を取る事でユニカは自分を律した。


そうしなければ胸が押し潰されそうに辛くて、

泣いてしまいそうだから。


本当はもうここで今までの礼を言い、

さっさと離婚届にサインしてしまいたいところだが、さすがにそれは不自然だろう。

予知夢で見たその時までそれはお預けだ。


これ以上セドリックの顔を見ていると、

“毅然とした夫人”のメッキが早くも剥がれそうだ。

ユニカはさっさとセドリックの書斎を出た。


部屋の前ではクロエが待機していてくれた。

彼女の顔を見た途端に情けない顔になってしまう。


「クロエぇぇ……」


「……ユニカ様……」


ユニカのその表情で中でどんな話がされたのか察したのだろう、予知夢の内容を知っているクロエはユニカの手を取った。


「泣かないで辛抱されたのでしょう?よく頑張られましたね、お部屋に帰ったら温かいココアを作って差し上げます」


ユニカが落ち込む時は、いつだってクロエはココアを作ってくれた。

温かくて甘くてちょっぴりほろ苦い。


昔から何も変わらない温もりだ。


ユニカは情けない顔のまま思わず微笑んだ。


「オレンジリキュールを入れてね」


「ふふ、かしこまりました」


クロエが優しい笑みを浮かべ、ユニカの手を握ったまま部屋へと向かい歩き出した。


だけどその時、ふいにセドリックの書斎の扉が開く。


「ユニカ……!」


中から焦った様子のセドリックが出て来た。


「……セドリック様?」


ユニカがきょとんとしてセドリックを見ると、

彼は何か逡巡したような様子を見せ、それから告げた。


「……今は、何を言っても仕方ないだろうけど、俺を信じて待っていて欲しい……」


「……え?」


信じる?何を?


その言葉の真意がわからずユニカはセドリックの顔を見つめる。


その時、表現し難い空気が流れるその間に割り込むように家令のククレの声がした。


「旦那様」


「……どうした」


セドリックは一瞬迷いながらもユニカから視線を外し、ククレに向き直った。


ククレは小声でセドリックに耳打ちをしている。


何か大切な報告でもしているのだろう。


ユニカは軽く一礼をして、今度こそセドリックの前を辞した。


ククレの話を聞きながらも、セドリックがユニカの背中をじっと見つめていたなどとはユニカは知る由もない。




屋敷の者に行き先が別邸ではないと知られないように、クロエとルナと持てるだけの荷物を持って、その日の内にこっそりと公爵邸を後にした。


嫁入り道具も、セドリックから贈られた品々も全て残したまま。


忽然と姿を消すように、

ユニカはロレイン公爵家から出て行った。


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