足りないもの
「大司教様っ!!見つけた!見つけましたよ!!」
国教会内にある大司教ロドリゲスの部屋に、聖なる乙女ことディアナが飛び込んで来た。
「何事だ騒々しい!」
礼儀も何もないディアナの行動にロドリゲスの眉間にかつてないほどのシワが寄る。
「やりましたよ!王家の至宝っ!ついに見つけました…「ばっ…馬鹿者っ!!何を訳の分からん事を言っておるのだ!!」
部屋の中には他に司祭らがいるというのに得意気に大きな声で告げるディアナの言葉をロドリゲスは慌てて遮った。
「ちょっとこっちに来いっ!!」
とそう言ってディアナを別室へと連れて行く。
部屋を移るとディアナは再び鼻息荒くロドリゲスに告げた。
「褒めてください大司教様っ!大司教様がお探しの王家の至宝を、ロレイン公爵家の宝物庫で見つけたんですっ!」
「やはり陛下ではなく公爵が所持していたか。かなり昔に先代の大司教から至宝をセドリック殿下が受け継いだと聞いたのだ。その情報に間違いは無かったようだ。それで?どうやって宝物庫に入ったんだ?」
「うふふふ、それはですねぇ。ロレイン公爵家の従僕を色仕掛けでたらし込んだら、内緒で中に入れてくれたんです!」
仮にも聖女という肩書きを持つ者が色仕掛けとは……
ロドリゲスは頭を抱えたくなったが、この際もう放っておく事にした。
至宝さえ手に入ればこんなバカ女など打ち捨ててやる、そう考えたのだ。
「それで?盗み出す事は可能か?」
「ハイ、レプリカさえ作って貰えるなら。至宝はバッチリ記憶して来ましたから魔力念写で出力して、それのレプリカを作って下さい!そうすればまたその従僕を利用してホンモノとすり替えちゃいますっ♪」
いとも簡単そうに言うディアナに、ロドリゲスは確認した。
「……至宝と呼ばれる宝物の管理だ。防御魔法が幾重にも掛けられている筈だが……?」
「だから従僕を誘惑したんじゃないですかぁぁ。その従僕は解除魔法の鍵を管理しているんです。見るだけ、といえば協力してくれると思います。その従僕はワタシに夢中ですからね♡気付かれないようにすり替えれば上手く持ち出せると思います」
「……全く……浅慮な阿呆だからこそ成せる技もあるという事か……」
ロドリゲスはしばし思案した。
金だけ出して、レプリカの複製の至宝の持ち出しもディアナ一人にやらせれば、もし事が露見した後もディアナに全ての罪を擦りつけられるではないかと。
必然的に危ない橋を渡る事になるのだが、その橋をロドリゲス自身が渡る必要は無いのだ。
踊らされたバカな女に全部、その橋の行き来をさせれば良い。
失敗したら切り捨てるだけだ。
ロドリゲスはニヤリと含み笑いを浮かべながらディアナに告げた。
「よかろう。必要な資金は出す。もし上手く成功すれば、望みをなんでも叶えてやるぞ」
その言葉を聞き、ディアナはピョンと飛び跳ねた。
「ホントですか!確かに聞きましたよ!
じゃあ大司教様、ワタシがセドリック様の妻になれるように協力して下さいよ!絶対ですよ!!」
「わかった。約束しよう」
「やったわっ!」
ディアナは両手を上げて喜んだ。
ロドリゲスがそれを尻目にほくそ笑む。
――バカとハサミは使い様か……
ついに。ついに王家の至宝が手に入るのだ。
聞けば至宝は時間を操れるアイテムだという。
国教会の大司教という押しも押されもせぬ肩書きを持ち、その上時間までも意のままに操れれば、国王すら凌ぐ力を手に出来る筈だ。
直ぐ側まで自分の時代が来ている……ロドリゲスにはそう感じていた。
「ふ……ふはははっ、ふはははっ……!」
「うふふふ♡」
暗い室内で、ロドリゲスとディアナの笑い声が共鳴し、不気味に響いていた。
◇◇◇◇◇
「シシー!いえ、シシー先生っ、是非この新刊にサインをお願いします!」
帰宅したシシーを、エントランスで待ち構えていたユニカが捕らえた。
「え?サイン……?」
アパートに入るなり本を差し出されたシシーは驚きを隠せない様子でユニカを見た。
それをルナがわかりやすく補足する。
「先日、奥様はシシー先生の本をお読みになられました。そしてその世界の面白さ、そして奥深さに感銘を受けられたのです!」
「ユニカちゃんがGGLにっ!?」
自分で書いておいてなぜそんなに信じられないものを見るような顔で驚いているのか、ユニカは不思議に思いつつも今日買い求めたばかりの新刊、『キミの入れ歯をはめたい☆』をシシーの前に差し出した。
「凄いわシシー!どうしてこんな面白いものを書けるの?もうわたし、尊敬が止まらないっ……!」
ユニカに羨望の眼差しを向けられ、最初は狼狽えていたシシーも次第に気を良くしたのか、若干得意気になって言った。
「尊敬?そんなにボクのコト好き?」
側で聞いていたルナがボソリと
「貴方じゃなくてシシー先生の書く本がお好きなんですよー」と横槍を入れるも、興奮したユニカが思わずシシーの手を取った。
「もう好きなんてものじゃないわ!最高よシシー!ルナからシシーはあまりサインの求めに応じないと聞いたんだけど、わたし……どうしても欲しくてっ……お願いよシシー!シシー先生!どうかサインを頂けないかしらっ」
顔を近付けて熱く懇願するユニカと、その白くて柔らかな手に包み込まれた自身の手を交互に見て、シシーは「ふっ……」とこれ以上ない極上の笑顔で答えた。
「仕方ないなぁ……他ならぬユニカちゃんの頼みだもの。サインしない訳にはいかないよね」
「なにドヤっておられるんですか?え?サイン、するんですか?」
ルナが冷静にツッコミを入れるもシシーはそれには見向きもせずにユニカから受け取った本にサラサラ~とサインをした。
「え、何気にしれ~っとサインしましたね、しかもそれ、サインというよりただの署名ですよね?ご本人に確認もせずにいいんですか?」
ルナが更にツッコミを入れるが、シシーはガン無視を決め込んだようだ。
嬉しそうに本を受け取るユニカをうっとりとした顔で見守っている。
「……ハイハイ、もう勝手にしてください。邪魔者は退散しますからね~」
何を言っても無駄だと気付き、ルナはため息を吐きながら奥の部屋へと去って行った。
「ありがとうシシー!」
ユニカは改めて感謝の気持ちをシシーに伝える。
「どういたしまして。ユニカちゃんが喜んでくれるなら幾らでも書いちゃうよ」
「ふふふ。シシーは優しいのね」
「ユニカちゃんにだけね、ユニカちゃん限定」
「っ……!」
その言葉を聞き、急に黙り込んだユニカにシシーは怪訝な顔をした。
「……何?どうしたの?ボク、変な事言った?」
心配そうな顔をするシシーに気付き、ユニカは慌てて笑顔を浮かべて言った。
「ごめんなさい何でもないの、気にしないで」
「何でもないって顔じゃないけど……」
無意識につい言ってしまった言葉だが、ユニカの気が障るような内容だったのだろうか……。
じっと見つめてくるシシーに、ユニカは少し困ったような寂し気な表情を浮かべながら言った。
「ある人にね、よくその言葉を言われていたの。わたしだけだよって、わたし限定だって」
「あ……」
ユニカは誰よりもその人にその言葉を言って貰うのが好きだった。
優しいセドリック。
いつもユニカに甘くてふわふわとした言葉を囁いてくれた。
どうしていつもそんなに穏やかで優しいのかと尋ねたら、決まってこの言葉をくれたのだ。
「ユニカにだけだよ。ユニカ限定だ」
その言葉を聞く度にユニカの心は幸せで満たされた。
ロレイン公爵邸を出てセドリックと別れて暮らしても、クロエやルナやみんなのおかげでユニカは賑やかで楽しい日々を過ごしている。
だけど、どうしても足りないものがあると感じてしまう。
みんなと居ると、楽しくて面白くて幸せなのに、どうしようもない寂しさを感じてしまう時があるのだ。
それはどれだけ愉快な出来事があっても埋められない、満たされない。
ユニカの人生には、どうしてもセドリックが必要なのだ。
例えセドリックはそうでないとしても、ユニカにとってはそうなのだから仕方ない。
俯くユニカの頭をシシーが撫でてくれた。
それがとても心地よくて、ユニカは余計に泣けてくる。
「ありがとう……シシー……」
「ユニカちゃん、その人に会いたい?」
頭を撫で続けるシシーの声が少しだけ震えているような気がした。
「……会いたいわ、会いたい。本当は会いたくてたまらないの……その人に会って、お腹の赤ちゃんの事を伝えたいっ……」
堪らず溢れ出た本音に、ユニカは狼狽えた。
今まで上手く目を逸らせていられたのに、何故シシーにこんな事を言ってしまったのか……。
だけど一度口にした言葉は戻らない。
ユニカは誤魔化すように努めて明るく笑い、シシーに告げた。
「ごめんなさい、変な事を言って。どうか忘れて欲……」
“忘れて欲しい”その言葉を言い終える前にシシーに抱きしめられた。
男の子だけど男の子じゃない男の娘シシー。
ユニカとほとんど身長の変わらないシシーに抱きしめられて、何故かユニカはセドリックに抱きしめられた時の事を思い出した。
「シシー……?」
「ユニカちゃん。もうすぐ、きっともうすぐその人に会えるからねっ……!」
シシーの声が震えている。
「シシー……」
ユニカとシシーは、その後戻って来たルナに
「なんでエントランスで抱き合ってるんですか?」と言われるまで、互いを慰めるように抱きしめ合っていた。
シシー先生は新作をバンバン書いてますが、
この物語は次回最終話です。