プロローグ ポンコツ妻は予知夢を見る
よろしくお願いします!
「ユニカ、すまない。神の前で、皆の前でキミと添い遂げると誓ったのに、その約束を果たせなくなった……どうか離婚して欲しい」
「どうして……別邸で大人しく待っていれば迎えに来てくれると言っていたのに……それにわたし達には……」
「何も言わないでくれ。これはどうしようもない事なんだ。これが一番、互いの為に良い選択なんだ……」
ウソ。
ウソよ。
何が互いの為に良い選択よ……
それはあなたの、セドリック様とディアナ様にとって良い選択でしょう……?
だってわたしは知っているもの。
あなたの心にはわたしではなく、ディアナ様がいるという事を。
わたしが居なくなったあの屋敷で、二人で仲睦まじく暮らしている事を。
わたしのお腹にはあなたの赤ちゃんがいるのに、
その事さえ告げさせてはくれないの?
セドリック様のバカ。
バカ、バカ、バカ、バカ
「バカっ!!」
ユニカは自分の大きな寝言で目が覚めた。
一緒のベッドで眠る夫を起こしてしまったのではないかと焦って隣を見ると、そこに夫の姿はなかった。
――そうだった、地方に巡察に行かれているのだったわ……。
ユニカは体を起こし、夢の中の出来事を反芻する。
「……また同じ予知夢を見てしまった……」
予知夢は普通の夢と違ってセピアカラーに包まれているからすぐにわかるのだ。
予知夢を見るようになってから幾度となく繰り返し見た夢。
それがこの頃、更に頻繁に見るようになった。
きっともうすぐ大司教が神託を受けたとされる『聖なる乙女』が選定されるのだろう。
そうすればユニカはこの屋敷から追い出されるのだ。
あまりもう時が無いのかもしれない。
「どうせ予知夢を見せるなら、日付け入りで見せてほしいわ」
ユニカは枕元に置いてある水を口に含んだ。
魔術の掛かった水差しに入れられているために、水はよく冷えていて喉ごしがいい。
ユニカは空になったグラスを眺めながらひとり言ちた。
「……そろそろ動き出した方がいいわね」
なんの因果かせっかく予知夢が見られる体質なのだ。
これを活用しないでどうする。
朝になったら専属侍女のルナとクロエに相談しよう。
――これから忙しくなるから、しっかり寝て体力を維持しないとね。
ユニカはそう思いながら再び枕に頭を付け、瞼を閉じた。
元フィルブレイク辺境伯令嬢、
ユニカ=ロレイン(19)は18歳の時に幼い頃に婚約を結んだロレイン公爵セドリック(23)と結婚した。
17歳になったと同時に何故か突然予知夢を見るようになったユニカは、どうせ上手くいかないこの結婚をなんとか回避しようと頑張ってみたが、結果は変わらなかった。
それだけでなく父親の前髪の生え際が加速後退する予知夢も見ていたので、それもなんとか阻止してあげたいと尽力してみたが、奮闘虚しくその結果も変わらなかった。
その他、辺境騎士団の正騎士ジャンが賭け事で大損する予知夢やランドリーメイドのラーヤが指を脱臼する予知夢も見たので、そうならないように助言したにも関わらず、やはりそれらの結果も変わらなかった。
そしてユニカは悟る。
予知夢で見た出来事はどう足掻いても変えられないのだと。
それにまつわる些細な事は変えられる。
でも大きな本筋は絶対に変えられないのだ。
でもその中でユニカは思った。
大切なのはその後をどうするか、起きてしまった事とどう向き合っていくかという事だと。
だから例え、
セドリックとの結婚生活が一年しか続かなくても、
セドリックが『聖なる乙女』の庇護者となり、いずれ彼女と恋仲になるとしても、
自分がセドリックの子を身籠りながらもそれを知らせる事もなく離婚されてしまう事も、
全て……全てユニカは受け入れる事にしたのだ。
だってどうせ変えられないのだから。
幼い頃から一途にセドリックだけを想い続けたユニカにとって、辛く悲しい現実だが定められている事ならばどうしようもない。
――でもだからといって、全てを諦めてしまうつもりはないけど。
セドリックに離婚されても、自分にはその後の人生が続いてゆくのだ。
そして子どもの人生に対して、母親として責任がある。
セドリックとの別れは悲しいが、最愛の我が子に出会わせて貰える過程だと思えば乗り越えられる。
――自分で立つと書いて自立と読むのよ!
(当たり前)
立派に自立して、突きつけられた離婚届に胸を張ってツラツラ~とサイン出来る自分になってみせる!
「絶対幸せになってやるんだから~!」
ユニカは決意を新たに、荒波打ち付ける岸壁から太陽に向かって吠えた。
………という、今度は普通の夢を見た。